第9話「プロ棋士という生き物」
24日に千駄ヶ谷の将棋会館で行われた第●●期竜王ランキング戦6組1回戦にて、白鳥雪姫四段が小西川龍太四段を相手に230手にて勝利し、プロ初対局を白星で飾った。この日14歳の誕生日を迎えた白鳥四段は、これにより14歳0ヶ月でのプロ最年少勝利記録も樹立した。
対局は午前10時にスタート。白鳥四段の先手で始まった対局は角換わりで進んだが、14時37分に千日手が成立。先手と後手を入れ替えて15時7分にスタートした指し直し局は、小西川四段の三間飛車に対し白鳥四段は穴熊囲いで迎え撃つ形となった。途中、小西川四段が優勢となる場面があるも白鳥四段が粘り強い指し回しを見せて逆転、230手にもなる長期戦の末に小西川四段の投了により決着となった。終局時刻は23時31分。
以下、終局直後のインタビュー。
――まずはプロ初対局を勝利した率直な感想を。
白鳥「指し直し局は序盤で躓いてしまって、自分としてはかなり苦しい将棋となってしまいました。最後まで分からないまま指して、何とか勝ちに繋げることができたかな、という感じです」
――最初の対局は千日手という結果だったが、そのときは何を思ったのか。
白鳥「(49手目の)桂馬を上げたことで、結果的に千日手となってしまったのかなと思います。でも消費時間は(小西川四段と)同じくらいだったので、そこはあまり気になりませんでした」
――途中、小西川四段がかなり優勢となる場面もあったが、対局中にそういった感覚はあったのか。
白鳥「ほとんど最後の方まで相手(小西川四段)が優勢だったとは思っていましたが、具体的にどれほど形勢が傾いていたのかは分かりませんでした。自分としては、とにかく指し続けるしかないといった思いで戦っていました」
――今回の対局にあたって、相手の小西川四段についてどう思っていたか。また実際に戦って、どのような印象を抱いたか。
白鳥「対局の前に過去の棋譜を見させてもらって、居飛車のイメージが強くありました。なので指し直し局で三間飛車をしてきたのは驚きました」
――プロ初対局ということで、何か特別に準備してきたことはあるか。また実際に対局し、想像と違っていたことはあったか。
白鳥「特別に準備……そうですね、普段より多めに飲み物は用意していたんですが、対局が進んで体が熱くなると思っていたより喉が渇いて足りなくなりそうだったので、次からはもう少し飲み物の量を増やそうと思います」
――夕食休憩の際、白鳥四段はうな重を注文していたが、対局が長引くことを予感したうえでの選択だったのか。
白鳥「えっと……、そういう意味合いもあるにはありましたけど、どちらかというと、昼食のときに別の棋士の方が食べていたのを見て美味しそうだったので……(笑)」
――今日は白鳥四段の誕生日だが、誕生日にプロ初対局を迎え、勝利したことについて何か特別な想いはあるか。
白鳥「えっ? 誕生日? あっ、すっかり忘れてました。自分も家族も、今日の対局の方に意識が向いていたので」
――最初の対局は千日手、指し直し局では2時間近くも1分将棋が続く長丁場となった。プロ初対局でここまで波乱の展開となったことについてどう思うか。
白鳥「プロの世界で勝つことの厳しさを実感した対局でした。自分の力不足が招いたところも多くあると思うので、そこは反省して次に繋げていきたいと思います」
――今回は竜王戦の予選だが、来月以降も様々なタイトル戦の予選に出場する。タイトル獲得を目標にしているとは思うが、具体的な時期を設定していたりはするのか。
白鳥「いえ、まずは少しでも実力をつけていくことが大事だと思っています。タイトルについては、その結果付いてくるものだと思っています」
――最後に、今後の抱負などがあれば教えてほしい。
白鳥「将棋を観てくださる方々を少しでも楽しませられるような将棋を指せるよう、頑張っていこうと思います」
* * *
【将棋界の至宝】白鳥雪姫応援スレPart15【プロデビュー】
1:名無しの将棋指し
このスレは女性初のプロ棋士であり5人目の中学生プロ棋士でもある将棋界の逸材、白鳥雪姫(しらとりゆき)四段の応援スレです。
未来の名人候補である白鳥四段を、節度を守って楽しく応援しましょう。荒らしに反応する人も荒らしです。
次のスレ立ては>>950を取った人にお願いします。
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386:名無しの将棋指し
いやー、凄い見応えある将棋だった
387:名無しの将棋指し
小西川もなぁ、惜しいところまで行ったと思ったんだけど
388:名無しの将棋指し
最初の対局が千日手になったときはどうなるかと思ったが
とりあえず同期の黒羽と同じ白星発進になったか
389:名無しの将棋指し
劣勢になってからの粘りは流石だったな
若手だから体力あるとはいえ
390:名無しの将棋指し
そりゃ体力は充分にあっただろ
何てったって、夕飯にうな重(松)だもんなwww
391:名無しの将棋指し
うな重は流石に贅沢過ぎるだろ
まだ中学生だぞ
392:名無しの将棋指し
>>391
別に自腹なんだから良いだろ
今日の対局料だけでも充分お釣りが来るわ
393:名無しの将棋指し
黒羽くんが食べてるのを見て食べたくなったのかな?
いっぱい食べる君が好き
394:名無しの将棋指し
うな重は別にどうでもいいけど、俺はこんな遅くまで指してたのが気になったわ
中学生でこんな時間まで働いてて良いの?
395:名無しの将棋指し
>>394
棋士は個人事業主扱いだから大丈夫だったはず
とはいえさすがにここまで遅くなると帰り道は気を付けてほしい
特に白鳥は女の子だし、その辺特にね
396:名無しの将棋指し
俺は今日の将棋を観て逆にがっかりしたわ
フリークラス相手にあんな苦戦するとか期待外れも良いとこだろ
やっぱ女には棋士の世界は厳しかったな
397:名無しの将棋指し
>>396
フリクラだとしてもアマチュアから見たら雲の上の存在
鬼の住処と呼ばれる三段リーグを勝ち上がった人間が弱いはずがない
398:名無しの将棋指し
>>396
女にはって……ここまで時代錯誤な奴って今時いるんだな
三段リーグを勝ち抜いて四段になった時点で女も何もねーわ
399:名無しの将棋指し
いや、でも今日の対局を観て不安に思うファンは多いと思うぞ
結果的に勝てたから良かったけど
400:名無しの将棋指し
>>399
そうか? むしろ俺はワクワクしたけどな
デビュー戦でここまでドラマチックな対局もなかなか無いわ
401:名無しの将棋指し
>>400
千日手で指し直し
次の対局では序盤で不利になってから長手数での大逆転
これは持ってますわ
402:名無しの将棋指し
間違いなく今日の対局はずっと語られるだろうな
相手の小西川も一生自慢できるだろ
あの大名人のデビュー戦の相手は俺だったんだぜってな
403:名無しの将棋指し
>>402
それどころか、あと1歩まで追い詰めたもんな
その辺の奴らが相手だったら勝ててただろ
404:名無しの将棋指し
今日みたいな対局ができるんならフリクラ脱出も充分可能だろ
405:名無しの将棋指し
小西川の地元出身の俺、久々に活躍した彼の姿に涙を禁じ得ない
何も無い地元にとって彼は希望の星なんだよ……
応援してる人もいっぱいいるんだから、もう少し頑張ってくれ……
406:名無しの将棋指し
とはいえ今日の対局は白鳥にとって反省点は多いだろうし
師匠からのお叱りはあるかもな
407:名無しの将棋指し
>>406
氷田名人ってあんまり「こうすべき」みたいなのは言ったりしないって
何かのインタビューで言ってた気がする
本人的にはVSの相手みたいな感じで接してるらしい
408:名無しの将棋指し
>>406
お叱りでなくとも、今日の対局に対する氷田名人の感想は知りたい
多分弟子のデビュー戦ということでリアルタイムで観てただろうし
409:名無しの将棋指し
>>408
俺もそれは知りたいけど、名人ってSNSやってないからなぁ
410:名無しの将棋指し
それにしても、今日はとにかく若手の強さが光る1日だったな
白鳥はもちろん同期の黒羽も勝ったし、奨励会員枠の塩見も夕食前の決着で勝利
将棋界の未来は明るいね
411:名無しの将棋指し
もしかしたら俺達は
将棋界の歴史が動く始まりの瞬間に立ち会っているのかもしれない
412:名無しの将棋指し
>>410
その3人が同日に奨励会入りしたという事実
413:名無しの将棋指し
若手からの突き上げが激しくなるのは必至
今がピークの中堅棋士は早くタイトル取らないと一生取れなくなるぞ
414:名無しの将棋指し
>>413
氷田名人(四冠)「俺達が相手だ」
角松竜王(三冠)「掛かってこい」
415:名無しの将棋指し
>>414
おまえらのせいで下がつかえてるんだよなぁ……
416:名無しの将棋指し
>>414
唯一の20代タイトル保持者、青天目叡王のことも思い出してあげてください
417:名無しの将棋指し
>>414
この2人、いつ衰えるんだよ
418:名無しの将棋指し
師匠と弟子のタイトル戦とか今から楽しみで夜も寝られない
419:名無しの将棋指し
>>418
何年寝ないつもりだよ
420:名無しの将棋指し
>>418
気持ちは分かるが、さすがにしばらくは無いだろ
氷田ですら最初のタイトル取ったの19歳だからな
どうせそのうち取るだろの精神で気長に待とうや
* * *
将棋ではプロ同士の公式戦の場合、基本的に対局終了後には“感想戦”というものが行われる。対局中における手の善悪やその局面における最善手などを検討するものであり、その対局を客観的に見直すことで棋力の向上に繋げることを目的としている。
当然今回もそれを行うものと雪姫は思っていたのだが、小西川から対局が長引いて夜遅くの終局となったことを理由に中止を申し出てきた。彼女は別に遅くなっても構わないとは思ったが、その申し出が自分を気遣ってのものであること、そして何より敗者のために行われるとされる感想戦を彼の方から辞退することの重さを考慮した結果、素直にその厚意を受け取ることにした。
「えっと、ちょっと良いかな」
そうして記者が一斉に対局室を出ていき、最後に雪姫もその後に続こうとした矢先、背後から小西川に呼び掛けられたことでその足を止めた。
腕を伸ばせば届く程度の距離にも拘わらず、彼の声はうっかり聞き逃しそうになるほどに小さなものだった。おそらく行動に移すまでの間に様々な迷いや葛藤があったのだろう、と振り返って表情を見るまでもなく分かるほどであり、振り返ってみると実際その通りだった。
そうして数秒ほどの間を空けて、小西川はようやく口を開いた。
「ありがとう。君のおかげで、僕も決心がついたよ」
「――決心?」
首を傾げてオウム返しに尋ねる雪姫に、小西川はハッとした表情を浮かべ「ごめん、言葉が足りなかったね」とはにかむように小さく笑みを零した。
「デビューしてから順位戦にも出られずフリクラで将棋を指してきて、それでも全然結果を残せなくて、最近は将棋を指すことが自分にとって重荷に感じることの方が多くなっていたんだ。いっそ自分から引退を申し出れば少しは格好がつくんじゃないか、なんて思うようにもなってきてね」
「…………」
「そんなときに、君のような誰もが天才と称賛するような若手と対局できる機会を得られた。おそらくこの対局が、自分にとって一番の大舞台だと確信したよ。だから今日のために研究を重ねて、もし君に勝つことができたら、なんて考えて……」
「…………」
ぎこちない笑みを浮かべつつ、それでも雪姫と視線を合わせないよう伏し目がちに言葉を並べるその姿は、まるで教会で神父を相手に懺悔をしているかのようだった。雪姫が言葉を挟まず黙って聞いているのも、そのイメージに拍車を掛けている。
「それでまぁ、結果はこうして負けてしまったわけだけど……」
小西川はそこで言葉を区切り、顔を上げた。
彼の浮かべる笑みは自嘲的ではあるものの、そこに迷いは一切無かった。
「やっぱり僕は、この世界を諦めきれないみたいだ」
「――――へっ?」
ポカンと呆気に取られたような表情と声をあげる雪姫に気づいてないかのように、小西川はそのまま言葉を続ける。
「本当は君に負けたらすっぱり将棋を辞めようと思ってたんだけど、あれだけの対局ができるなら僕もまだまだ捨てたもんじゃないな、って思えてきてね……。我ながら優柔不断だな、とは思うんだけどね」
「……そう、ですか」
絞り出すようにそう返事をした雪姫に、小西川が深々と頭を下げた。
「ごめんね、呼び止めたうえに変なことを話しちゃって。でも君には何というか、聞いてほしいと思ったから……。今日はありがとう、楽しい対局だったよ」
小西川はそう言い残すと早足で歩き出し、雪姫を追い越して対局室を出て行った。彼女はそれを反射的に目で追い、そして彼が姿を消した後も入口の方をジッと見つめていた。
やがて、その入口の方から2人分の足音が聞こえてきた。
「雪姫ちゃん、タクシー来てんで。先に乗ってええって他の人も言うてるさかい、お言葉に甘えたら?」
「……雪姫、どうした? そんな変な顔で固まって」
襖から顔を出してそう呼び掛ける塩見と黒羽に、雪姫はようやくハッと我に返った。わざわざ来てくれた2人に礼を言いつつも、彼女の足は動かない。
2人が揃って怪訝な表情を浮かべていると、雪姫が遠慮気味に話し始めた。
「……さっき、小西川四段と少し話をしたんだけど――」
「どないしたの、雪姫ちゃん? まさか負けた腹いせに難癖つけてきたん? 絶対に許さへん! 僕が言い返してくる!」
「うわぁ、違う違う! そんなんじゃなくて、本当は私に負けたら将棋を辞めようと思ったけど、やっぱり続けることにしたんだって」
「は? そんなの、雪姫には関係無いだろ」
「そや。辞めたきゃ勝手に辞めたらええ。誰かに自分の運命を委ねるなんてプロ失格や」
何とも辛辣な言葉を吐く2人に雪姫は苦笑いを浮かべるが、その笑みが徐々にニマニマと緩んだそれへと変わっていく。
「それでもさ、私は嬉しかったなぁ。そういうこと言ってもらえるの、初めてだったから」
「そりゃまぁ、おまえの場合はどっちかって言うと――ムグッ」
黒羽が何か言いかけ、塩見が横から手を伸ばして口を塞ぐという遣り取りを見せるが、雪姫はそれを気にする様子も無く対局室を出てそのまま廊下を歩いて行った。その軽やかな足音を聞くだけでも、彼女が如何に上機嫌かよく分かる。
やがてその足音が階段を下りていき、黒羽が塩見の手を叩き落したところで、塩見がようやく口を開いた。
「ま、とりあえず3人共、初戦突破おめでとう」
「……おう」
拳を握って労いの言葉を口にする塩見に、黒羽は若干迷う素振りを見せるも最終的に自分も拳を握ってそれに突き合わせた。
* * *
「それじゃ、私はお先に失礼しますね」
「はい、おやすみなさい」
雪姫の対局が終わってから風呂に入り一通り寝支度を調えた玲が、リビングの入口から和室にいる冬路へと呼び掛けた。そうして返ってきた声はどうにも投げやりで機械的な印象を拭えなかったが、玲は機嫌を悪くするどころかクスリと笑みを零して階段を上っていく。
既に日付が変わっているというのに、冬路は胡坐を掻いて将棋盤に向き合い、盤面に並べられた駒を睨みつけるような鋭い目で見つめていた。盤面は先程行われた雪姫と小西川の対局、その中でも小西川優勢から互角へと推移した局面が再現されている。
「――――」
冬路の手が龍へと伸び、3一の金を食らう。実際の対局では採用されなかったその一手を皮切りに、1人2役での攻防が続く。先手の玉は後手の攻撃をスルスルと躱し、他の駒で受け、時折攻撃へと転じながら、最終的には後手側の陣地への入場を果たした。
「ふむ、素直に入玉してしまった方がやりやすいか……」
冬路はそう呟くと、両手を淀みなく動かして盤面の駒を次々と入れ替えていく。そうして別の局面を再現すると再び考え込み、そして“もしも”の世界線を作り出していく。
何度も何度も、将棋盤の向こう側に正座する“もしも”の雪姫を蹂躙していく。
「成程、成程。となると、次は――」
そうして、夜は更けていった。