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白雪に染まる  作者: ゆうと
番外編「初めてのお仕事」
10/14

第1話「初めてのお仕事~移動」

 10月初めの金曜日。

 普段ならとっくに学校に行って授業を受けているであろう時間帯にて、学生服姿の雪姫(ゆき)はスーツケースを片手に自宅の最寄り駅から電車に乗って東京駅へと向かっていた。

 学校をサボって遊びに出掛ける、にしてはその表情にはどことなく緊張感が漂っている。そもそも学校をサボるのであれば、その学校の制服を着るなんてことはまず無いだろう。

 その事からも分かる通り、これは単なる旅行ではない。

 10月を迎えて正式にプロ棋士として将棋連盟に登録された雪姫の、プロ棋士としての最初の仕事がこれから始まるのである。


『次は~、東京~、東京~』


 東京駅への到着を知らせるアナウンスに、雪姫は席から立ち上がって電車を降りた。そのまま慣れないスーツケースを転がしながら多くの人々でごった返す構内を歩いていき、事前に集合場所と知らされていた新幹線の乗換え口へと向かう。

 そうして乗換え口が視界に入ると、壁際に集まる10人以上ものスーツの集団が即座に見つかった。基本的に落ち着いた色合いのスーツに黒髪の出で立ちばかりであるが、そんな集団だからこそ光の具合で銀色にも見える白髪はよく目立っていた。

 とりあえずその白髪を目印に歩きながら、集団全体に向けて声を掛ける。


「おはようございます」

「おぉっ、白鳥くん! 今日から3日間、色々とよろしくなぁ!」


 全員が一斉に彼女へと視線を向けるが、真っ先に、そして最も大きな反応を見せたのが、連盟会長である源九段だった。午前中の眠気など微塵も感じさせない軽やかな足取りで彼女を迎え、快活な笑顔と共に彼女の肩をバンバンと叩く――フリをした。組織のトップに立つ以上、コンプライアンスには気を配る必要があるということだろうか。

 その次に彼女の傍へとやって来たのは、先程も目にした白髪の男性こと雪姫の師匠・氷田冬路(ひだふゆみち)だった。


「おはよう、雪姫くん。昨日はよく眠れた?」

「おはようございます、師匠。少し緊張してますけど、昨日はいつも通り眠れました」

「そっか、それは良かった」


 普段通り何てことない会話を交わす2人だが、そんな会話ですら聞き漏らすまいと耳をそばだてる者がいた。雪姫の視点からだと丁度彼の後ろにいるものだから、嫌でも視界に入って気になってしまう。

 向こうもそれを感じ取ったのか、これ幸いとばかりに雪姫の傍へと近づいてきた。


「やぁ白鳥くん、おはよう。――おっと、もう四段なんだから“先生”と呼ばないとね。というわけで白鳥先生、今日から3日間よろしくね」

「よろしくお願いします、広瀬さん」


 2人の内の1人、白髪交じりの男性記者・広瀬は、雪姫も奨励会時代から何回も取材を受けて顔馴染みとなっているベテランだ。将棋以外にも様々な専門雑誌を発行する出版社に所属する名物記者であり、彼の携わる記事は将棋ファンからの評判も良い。


「女性の方が話しやすいこともあるかと思って、今日は後輩を連れてきたんだ。最近将棋部に異動してきたばかりだから至らない点もあるかと思うけど、大目に見てもらえると助かるな」

「初めまして、三澤といいます。今日から3日間の密着取材、宜しくお願いしますね」


 そしてそんな彼が連れてきた若い女性記者・三澤は、カメラを首に提げながら挨拶しつつ名刺を渡してきた。年齢も近く(といっても新社会人程度の年齢はあるだろうが)同じ女性であるからか、より親しみを込めた笑顔を雪姫に向けている。

 とはいえ彼女の努力も虚しく、雪姫の緊張はあまり解れていないようだった。元々社交的な性格でないことは確かにそうだが、それ以上に今日雪姫がここにいる“直接的な理由”にも関わってくるからだろう。


 師匠である冬路が挑戦者として挑む、竜王戦の第1局。

 その華々しいタイトル戦を前夜祭から見守る、彼の弟子で中学生プロ棋士でもある雪姫への密着取材。


 今日から3日間にわたって雪姫が行うこの仕事は、まさに今この場にもいる源会長が仕掛け人となって動いた企画だった。

 最初にその企画を雪姫が聞いたとき、身内とはいえ他人(ひと)様のタイトル戦に乗っかるのは如何なものか、と首を傾げた。しかし実際はその他人様の最たる人物である現竜王自身から発案した企画らしく、冬路もそれに合意したために実現と相成ったのである。

 対局する2人が認めているのならば、と雪姫は(渋々ながら)その企画を受諾した。なので緊張しているとはいえ、今更この密着取材にどうこう言うつもりは無い。

 もっとも、今回の企画の取材対象が自分1人だけだったなら、彼女ももう少し抵抗していたかもしれないが。


「これはこれは皆様方! 待たせてしまったようで申し訳ない!」


 溌溂とした声をあげてその場に姿を現したのは、スーツの上からでも分かるほどに筋骨隆々とした大男だった。身長は190センチを超え、まるで丸太のように太い腕をブンブン振りながら歩いてくるその姿に、雪姫はまだ距離があるにも拘わらず圧倒されるほどだった。

 その横で澄ました顔をしている、同年代と比べても小柄な体格をした学生服姿の黒羽と一緒に並んでいるからこそ、よりその大柄な体が際立っていると思われる。


「やぁ黒羽先生、おはよう――」

「初めまして、三澤といいます――」


 2人の前へと駆け寄って先程と同じような台詞を口にする広瀬と三澤に対し、黒羽は「はい、よろしくお願いします」と端的ながらも丁寧な言葉遣いで挨拶し、しっかりとお辞儀もしていた。

 自分に対しては絶対にしてこないであろう余所行きの黒羽を、雪姫は物珍しそうにジッと見つめていた。するとそんな視線を敏感に察した彼がキッと睨みつけてきて、何となく気まずさを感じた雪姫はサッと目を逸らす。


「成程、広瀬さんとその後輩さんか! それなら安心だな! ――(あゆむ)、プロの棋士としてしっかり仕事をこなしてくるんだぞ!」


 どうやら広瀬は黒羽の隣にいる大男とも馴染みがあるらしく、ガハハと豪快に笑いながらそう言って黒羽の背中を(こちらはフリではなく本当に)強く叩いた。思いの外大きな音だったからか、周りの通行人が何事かと振り返るのがちらほら見える。

 黒羽は背中の痛みに顔をしかめながらも、ハッキリとした声でこう答える。


「分かりました、――――師匠」


 そう。今回の企画である『竜王戦を見守る2人の中学生プロ棋士を密着取材』が成立したのは、各々の師匠がその竜王戦でぶつかるから、というまさに奇跡のような状況にあった。

 黒羽の師匠である角松若葉(かどまつわかば)は、8つのタイトルの中で最高額の賞金を誇る竜王、そして冬にタイトル戦が行われる王将と棋王の計3つを冠し、順位戦においても頂点のクラスであるA級に君臨するトップ棋士だ。

 そんな彼の最大の特徴は、何と言ってもその鍛え上げられた肉体だろう。将棋の対局は長いときには日付を跨ぐことも珍しくなく、1回の対局で体重を数キロ落とすこともあるという。それだけ過酷な対局を戦い抜くため角松は体を鍛え、長時間の対局において特に大きく力を発揮する棋士となったのである。


「むっ! そこにいるのは、我が終生のライバル、氷田ではないか!」

「やぁ角松、朝から元気だね」

「そう言うおまえは、相変わらず体が細いな! ちゃんとメシ食ってるのか!?」

「大きなお世話だよ……」


 そして彼のもう1つの大きな特徴が、冬路のことをライバルだと度々公言していることである。同世代として常に自分より先を行く冬路を強く意識しているらしく、彼と戦うときだけ他の対局と明らかに気合いの入りようが違うのが見ただけでも分かるほどだ。

 一方冬路の方は、そんな彼を暑苦しく感じており、グイグイ迫ってくる彼に若干引いているように思える。とはいえ現時点でのタイトル保持数では四冠と三冠、通算獲得数でも現役では(数字に開きがあるとはいえ)冬路の次に付けているところを見るに、2人がライバル関係にあるという認識は(本人の意思はどうあれ)概ね世間のそれと一致していると言えるだろう。


「そして氷田の弟子である白鳥くんよ! まずは四段昇段、おめでとう!」

「えっと、ありがとうございます……」

「しかしながら、ウチの歩も負けていないぞ! 三段リーグの最終局は見事だったが、必ずや君を超える棋士になると言わせてもらおう! 公式戦で戦える日を楽しみにしてくれたまえ!」

「…………そうですか」


 だからだろうか、彼にとって雪姫は“冬路の弟子”という印象が強く、故にこうして何かと自分の弟子である黒羽を持ち出して宣戦布告をしてくることが多かった。もしかして臨時集会での黒羽の挨拶は彼の影響によるものでは、などと考えながら雪姫は曖昧な言葉を返す。

 ちなみにこの遣り取りも、先程の記者コンビはバッチリ記録していた。広瀬がニコニコ顔で手元のメモに勢いよく文章を書き連ね、三澤がニコニコ顔で首元のカメラを構えてシャッターを切りまくっている。


「…………」


 これが3日間続くのか、と雪姫は溜息を吐きそうになるのを寸前で堪えた。



 *         *         *



 全員来たのを確認した一行は、新幹線に乗って開催地である京都へと向かった。

 今回こうして集まったのは、連盟会長である源、対局者である冬路と角松、そして雪姫と黒羽以外には、現地会場や配信動画で解説を行う先輩棋士、記録係を務める奨励会員、現地で細かい調整を行う連盟の事務員、更には前夜祭で挨拶を務める竜王戦の主催者である新聞社の社長など多岐に亘る。

 なので新幹線の席は当然ながら事前に纏めて予約するのだが、その際に対局者同士は離しておくのが通例となっている。それ以外は特に席順が決められているわけではないが、基本的には普段から仲の良い者同士で隣り合ったり、解説の聞き手を務める女流棋士は自然と固まったりしている。


「白鳥先生。色々買ってきたんですけど、何が良いですか?」

「えっと……、それじゃお茶を……」


 しかし密着取材を受けている雪姫はそういうわけにもいかず、左側の窓際に座る彼女の隣には三澤の姿があった。幾つものペットボトルの入ったビニール袋を掲げてニッコリと微笑む三澤に、雪姫は遠慮がちに頭を下げながら緑茶を受け取った。

 ちなみに冬路は2人と同じ列にある右側の座席におり、その隣には主催者である新聞社の社長が座っていた。どうやらその社長は昔から冬路のファンだったらしく、興奮した様子で話し掛ける社長にリラックスした雰囲気で応える冬路という実に和やかな光景が見られる。


 ――歩はどうしてるかな……。


 雪姫が座席から立ち上がって斜め後ろに目を遣ると、丁度彼女とは対照的に最後列右側の窓際席に黒羽の姿があった。その隣には広瀬が座っており、更に同じ列の左側の窓際席に角松が座っているのも確認できる。

 余談だが、まだ新幹線は出発したばかりだというのに、黒羽は既にその表情に疲れが滲み出ていた。隣の広瀬が熱心に話し掛けているのを見るに、さっそく質問攻めに遭っているようだ。


「もしかして、黒羽先生と一緒じゃなくて寂しかったり?」

「まさか。そんなんじゃないですよ」


 若干のからかいを含む三澤の問い掛けを一笑に付しながら、雪姫は前へと向き直って座席に腰を下ろした。


「今までのインタビューとか見させてもらったんですけど、お2人って幼馴染なんですよね?」

「はい。幼稚園の頃から一緒で、将棋会館にも2人で一緒に通ってました。中学生になった頃には、向こうが一緒に通うのを嫌がるようになっちゃいましたけど」

「年頃の男の子は、女の子と一緒ってだけで恥ずかしくなっちゃいますからね」


 微笑ましげにそう言う三澤に、雪姫はそういうものかと小さく頷いた。

 とはいえ、そのキョトンとした顔からしてあまり分かっていない様子だが。


「将棋を始めたきっかけも黒羽先生だったって聞いたんですけど、そうなんですか?」

「はい。5歳くらいですかね、歩が幼稚園の園長先生と一緒に将棋をやってたのを見て、自分もやってみたいと思って歩に教えてもらったのがきっかけです」

「それじゃ黒羽先生が、白鳥先生にとっての最初の師匠だったんですね。――お2人共、当時から強かったんですか?」

「さっき言った園長先生とか、祖父と一緒に老人会に行ってその人達と指したりしてましたけど、割とすぐにこちらが勝つようになりましたね。最初に研修会に行ったときも、どちらかというと一緒に将棋をやる人を求めてって感じです」


 研修会とは将棋を通じて子供の健全な育成を目指す目的で将棋連盟が運営する組織であり、月2回の例会にて行われる対局の成績によってクラス分けされる。そこから奨励会に挑戦できる制度もあることから、将来プロとなることを目指す子供も多い。

 奨励会編入の条件は、上から3番目のA2に15歳以下で昇級、または最上位のSに18歳以下で昇級。2人が関東の研修会に入会したのが小学1年生のときであり、上から4番目のB1に小学4年生で昇級したのをきっかけに奨励会の試験を受けて合格し、晴れて入会となった。


「奨励会に入れる時点でアマ四段くらいの実力はあるんですよね。小学4年生でそれって結構早いのでは?」

「いえいえ、そんな――」

「結構どころじゃなく早いわよ」


 三澤の言葉に雪姫が謙遜で返そうとしたその瞬間、2人の後ろの座席に座っていた、雪姫より二回りは年上のベテラン女流棋士が会話に割って入ってきた。

 ちなみにその隣では、二十代前半ほどの若手女流棋士がブンブンと大きく首を縦に振っている。


「そもそも研修会のB1に上がれた時点で、女子なら女流棋士になる権利を貰えるんです! それだって小学6年生がそれまでの最年少で、それを4年生で達成って時点で私達の間でもかなり話題になったんですよ!」

「男子だって最年少での入会は小学3年生だから、女子って点を除いてもかなり早いわね。入会試験自体が合格率2割ほどだから、年齢制限の15歳ギリギリで入ってくる子も珍しくないわ」


 若手の女流棋士が興奮した口調で説明し、ベテランの女流棋士が落ち着いた口調で補足するのを、三澤は「ほうほう」と興味深そうに聞いていた。そしてその遣り取りの脇で、当の本人である雪姫が恐縮したように体を縮こまらせている。

 と、その説明を受けて湧き上がった疑問を、三澤がぶつけてきた。


「ってことは、小学4年生の時点で女流棋士としてデビューすることもできたんですよね。でもそうせずに奨励会に入ったのは、プロ棋士としての(こだわ)りがあったってことですか?」

「確かに、それは私も気になるわね」

「そこんトコロどうなんですか、白鳥四段!」


 三澤に加えて女流棋士2人も真剣な眼差しを向けてきたことで何となく居心地の悪さを感じながらも、雪姫は頭の中で当時のことを思い返しながら言葉を選んでいく。


「……いや、別にプロ棋士に拘っていたとか、そういったことは無かったと思います。自分の中では極々自然に、他の男子と同じように奨励会に入って将棋をやろうと思ってただけで……」

「へぇ、そうなんですか。でも、他の人からは色々と言われたんじゃないですか?」


 三澤の問い掛けに、雪姫は「うーん……」と小さく唸りながら当時のことを思い起こす。頭の中で幾つもの単語が並び、それを1つ1つ選びながら文章として紡いでいく。

 時間にして数秒ほど掛けて答えを作り上げた雪姫が、それを実際に言葉にしようと口を開き――


「そりゃあ、歩くんがいたからね」


 かけたところで、思わぬところから乱入者が現れた。

 通路を挟んで反対側の窓際席に座り、新聞社の社長と話していたはずの冬路が、その社長越しに顔を向けてこちらに話し掛けてきたのである。

 控えめながらも、楽しげに口角を上げて。


「同時期にB1へ昇級した歩くんが奨励会を受験するってなって、彼が『俺と一緒に来い』って誘ってきたから受けることにした、って聞いたんだけど違ったかな?」

「……まぁ、流れとしては確かにそうでしたけど、そんな台詞でしたっけ?」

「あれっ、違ったかな? 最初に聞いたとき、何だかプロポーズみたいだな、って印象が強くて憶えてたんだけど」

「プロっ――!」


 師匠の口から飛び出した意外な言葉に、雪姫が顔を紅くして言葉を詰まらせる。つまり、すぐに否定することができなかった。

 その隙を突いて、かどうかは知らないが、三澤と若手の女流棋士が先程までのそれとはまるで違う種類の笑顔を浮かべた。先程までのを“仕事モード”とするならば、今のは“乙女モード”とでも名付けようか、といった具合だ。


「キャーッ! 黒羽四段ったら大胆!」

「成程。つまり白鳥先生は黒羽先生からの情熱的なお誘いを受けて、女流棋士ではなくプロ棋士への道を歩み始めたということですね」

「いやいや、違いますからね! そんなプロポーズだの情熱的だの――あの、本当にそれを記事に書いたりしないですよね! 頼みますよ!」

「良いじゃないの、微笑ましくて素敵よ」

「そういう問題ではないんですけど!?」


 ベテランの女流棋士まで悪ノリしてきたことで、その一画が幾分が賑やかになってきた。もちろん、他の乗客の迷惑にならない範囲内であることは明記しておく。

 ちなみに賑やかになる原因を生み出した冬路は、慌てた様子で否定する雪姫を見て、まるで悪戯が成功した小さな子供のような笑みを見せた。

 そしてすぐ隣で遣り取りを眺めていた冬路のファンである社長が、意外な彼の素顔に目を丸くしていた。





「……ということらしいけど、真相はどうなんだい?」

「……それ、わざわざ答える必要ありますか?」


 一方、そんな会話が普通に聞こえる距離の座席にて、広瀬が苦笑い混じりに尋ね、頬杖を突いて明らかに気分を害した様子でぶっきらぼうに答える黒羽の姿があった。

 とはいえ、広瀬も記者である。面白そうな話題となれば掘り起こすのが仕事である以上、彼に質問しないという選択肢は存在しない。


「でも実際のところ、彼女を奨励会に誘ったのは事実なんだろう? 女流棋士になれるチャンスを棒に振らせてまで誘った理由を聞きたいね」


 広瀬の質問に、黒羽は頬杖を突いたまま視線だけを彼に向けた。そうしてしばらく黙ったままでいたのだが、彼がニコニコと笑顔を浮かべながらも引く様子が一切無いのを見て、小さく溜息を吐いて頬杖を解いてから答え始めた。


「別に、後から女流棋士になる方法は幾らでもあるでしょう? 早くプロになったからといって、特に優遇されるわけでもないですし。それならば奨励会に挑戦して、どこまで行けるか試してからでも遅くはないと思いまして」

「成程ね。それで黒羽先生は、実際彼女が三段リーグを突破してプロ棋士になる可能性はどれくらいあると思っていたんだい?」


 広瀬がそう問い掛けると、黒羽は窓の外の景色に目を遣りながら口を開く。


「研修会に入ってからずっと俺と同じくらいのタイミングで昇級してましたから、俺と同じくらいには」

「そうかい。それじゃ君自身は奨励会に入るとき、どれくらいの確率でプロになれると思っていたんだい?」


 その問い掛けに対しては、黒羽は窓から彼へと視線を向けて口を開いた。


「プロになれない可能性なんて、最初から考えちゃいませんでしたよ」

「――――そうかい」


 黒羽の答えに、広瀬はフッと笑みを漏らした。

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