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第7話: ベビードラゴンの救出

 目印にと描いた紋章の前、正確に言うと紋章から5メートルほど離れた場所でマリアは腕組みしていた。


「私のステルスじゃ効かなかったみたいね」


 洞穴の前で番人のように眠っているアンデスがいる。ヨシュアが見たら一目散に逃げるに違いないと思うと、1人で来て正解だった。


 寝ているアンデスは起きているときの数倍感覚が鋭い。騒動で目を覚ましたらベビードラゴンどころの話ではない。


「ドラゴンの気配に呼ばれてきちゃったとすると、なかなか帰ってくれなさそうね」


 おそらく昨日ヨシュアを襲ったアンデスだろう。大きさは少なくとも同じくらいだ。寝床ではないところで寝ていることを考えると、ここにアンデスの「獲物」がいるということだ。


 アンデスは腸が細く消化がゆっくりのため、果実を好んで食べる。モンスターの中でも大きい部類に入る大型の飛行モンスターで、木の上のほうにある果実を滑空を利用して採取するのが得意だ。


 ただ、その方法で採れる果実には限りがあるので、冬ごもりの前には別の収穫の得意な小型モンスターを捕まえてきて、そのモンスターに果実を採らせて大量の備蓄を行う。


 その小型モンスターの使役を行う前に、アンデスは自らの力を周囲に誇示するのだが、時には肉食のモンスターにさえ勝負を挑む。普段はめったに他のモンスターを襲わないアンデスも、この時ばかりは容赦がない。


「きっとベビードラゴンの気配に大型モンスターがいると思っているんだわ。冬ごもりの準備をもう一度するのかしら」


 アンデスは起きた時に大量の果実を食べると言われている。ほぼそのための備蓄だ。そう考えると、そんなに寝ているはずはないものの、蓄えていた果実を食べてしまったのかもしれない。


「なんにしても、どいてもらいたいわね」


 独り言ちたマリアの後ろでカサリと音がした。


「アンデスか。やっかいだな」

「ジン!」


 腰には剣を携えている。黒一色の服は、コントラクターが仕事で着る服だ。


「急な仕事だと言って、リリアはマオ婆とカザミさんに預けてきた。マリアは朝から町に買い物に出かけたことになってる」


 コクリと頷く。カザミはマオ婆の孫で、マリアの幼馴染でもある。薬師でもあるカザミは、たまにリリアを預かってくれる。


「お礼に薬草を摘んでくことにするわ」


 アンデスを刺激しないように小さい声で話す。


「たぶん、狙いは中のベビードラゴンだと思う。できればあの子を中から出したいんだけど」

「わかった」


 ジンが腰から短剣とロープを取り出した。すっと息を吸う音が聞こえたかと思うと、ジンの気配が消えた。


 見えはするけれど、色のついていない石ころのように、意識しないと周りの景色と同化してしまう。


「ステルスね」


 ジンが頷く。自身にステルスをかけたのだ。人間や生き物にかけるステルスは難しい。だからこそマリアも洞穴を隠すことで代用しようとしたが、ベビードラゴンの気配はダダ漏れになってしまった。


 ジンは声を出さずに頷くと、走り出した。走りながら足に消音の魔法をかけているのか、音がしない。少し目を離すと瞬間移動しているかのように、いつのまにか位置が変わっている。


 アンデスは気づく気配もせずに気持ち良さそうに寝ている。ジンがその足にロープを巻き、近くの一番大きな木にもう片方のロープの端を巻く。


 とってかえし、鱗を一枚短剣で剥ぐとアンデスの体が震え、木の幹よりも太い尻尾が空へと跳ね上がった。ジンは鱗を木の近くの茂みに放ると、そのまま洞穴の中へと入っていった。


 大きく跳ねたアンデスの尻尾がゆっくりと地面に降り立つのが見える。ここからはもう運との勝負だ。


 マリアは近くの木からマリアの顔の大きさほどもある葉を何枚かもぎとった。きっとジンはベビードラゴンにステルスをかけるだろうが、どこまで効くかはわからない。やらないよりはましと葉っぱにステルスをかける。


 ジンが洞穴から出てくる。両手で藁に載せるようにベビードラゴンを運んでいるのがわかる。尻尾がゆっくりと下される横を通り過ぎて無事にマリアのところまで来ると、ジンがほっと息を吐いたのがわかった。ステルスをかけた葉っぱでどうなるとも思えないほどに、ベビードラゴンの気配が色濃い。


「こいつ、ステルスまったく効かないぞ。スイマーはかけておいたけれど、効いているのかはわからない」


 今すぐにでも起きる可能性があるということだ。マリアは頷くとドラゴンを藁ごと葉で巻き、ジンに目で合図する。


 走り出したと同時に、地響きが地面を伝う。その音に驚いた小型モンスターたちが木々から逃げ出し、アンデスの太い叫び声が上がった。


 バサバサと大きく周りの木が揺れる。おそらく自分の鱗が放られたあたりを襲っているはずだ。アンデスの鱗は、強さを誇示するためにこの時期のみ気配をまとう。どれだけの時間稼ぎになるかわからないが、できるかぎり離れるしかない。


 胸に抱くベビードラゴンから漏れる気配に、周囲がさらにおののく。



 ギャウウウウー!!



 アンデスが声とともに空に飛び上がる。後ろを振り返りながらジンが叫んだ。


「くるぞ!」


 バサバサと大きく翼を動かすとアンデスは鉄砲玉のごとく滑空する。

 空を突き抜ける剣のように鋭い風が木の葉を切り裂く。


 ジンが短剣を取り出す。


「ジン、だめ!」


 空から来る衝撃に構えたジンをマリアが止めた。


「っ!」


 舌打ちをしながらマリアの言葉に従い、アンデスの攻撃をかわす。


「くそ! こんな鈍臭いヤツ、一発だぞ!」

「だからダメなの! アンデスはこの森に数頭しかいないのよ! 1頭でも欠けると森のバランスがくずれるかもしれないわ」


 アンデスの攻撃を避けながらマリアとジンは森の中心部に向かう。


「とにかく村から離れて。アンデスの寝床まで走るわよ!」


 地面を小モンスターや動物たちが逃げ惑う。


「寝床まで行ってどうするんだ!?」

「アンデスは本能が強いモンスターよ。昨日ヨシュアに起こされて、冬支度をやり直しているのだとすると、寝床まで行けばもう一度、眠ってくれるかもしれない。キュアオールもするから、ジン、サポートお願い!」


 ジンが呆れたのか諦めたのかふっと笑った。


「お前は人間よりモンスターを癒してる方が多いんじゃないか」


「! そんな、ことは……」

 ある気もする。


 と呟いた言葉にジンが高らかに笑う。


「いいさ。お前はそういうヤツだ」


 ジンが加速する。アンデスは狭い木々の合間を飛ぶことを諦めたのか、上空に再度舞い上がりこちらを追っている。


「行くぞ!」


 まるでアンデスを引き連れるかのように走るジンをマリアは必死に追いかけた。

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