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第6話: 楽しい食卓

村に着く頃にはそろそろ空が青みがかる頃で、マリアはマオ婆にこってりと叱られた。


「お前に森に入るなとは言わん。でも、年寄りに心配をかけてくれるな。マリアも親になったとは言え、わしにとってはまだまだ子どもなんだからね」


小さい頃もよく叱られた。その度にしゅんと俯いていたが、昔見えていた地面は遠くなり、マリアの背丈よりも随分と低いマオ婆の顔が見える。マオ婆もあの頃より、顔のシワが増えた。背丈も少し縮んだような気がする。


「ごめんなさい」


しおらしくしているに限るので、素直に謝っておく。マオ婆はそんなマリアの顔を見て、ため息をひとつ吐くと、ちょいちょいと手招きした。顔を近づけると頭を抱えられる。お香の匂いがマリアを包む。小さい頃、どうしても夜が怖いときはこのマオ婆の香りに包まれて眠った。


「なんにしろ無事でよかった」

「……ごめんね。マオ婆」


マオ婆を抱きしめる。


「ヨシュアも探してきてくれてありがとうな。それにしても災難だったね。アンデスの寝床に入ってしまったなんて」


後ろでその様子を見ていたヨシュアをマオ婆が見る。


「えっ! あ、でもマリアさんが助けてくれたんで……」


きっと目が泳いでいるのだろう。マオ婆が訝しげな表情を浮かべる。


「アンデスも気が立ってたからね。追いかけられてるヨシュアを見つけたときは、私もびっくりしちゃった」


マオ婆にはベビードラゴンのこと以外は事実のみを伝えている。アンデスに追われて逃げていたヨシュアと会って、2人で雨に濡れないところで身を隠していた。それが遅くなった理由だ。


「何はともあれ、ヨシュアも無事でよかった」


マオ婆がマリアから離れてヨシュアも抱きしめる。


「マオ婆、ほんとにごめんね……」


マリアのつぶやきは地面へと吸い込まれていった。





木の扉を開けるとパタパタと足音が響いてくる。奥から香ってくるのは、セルリーの香りだ。爽やかな香りが肺いっぱいに広がる。


「ママ、おかえり! リリア、おてつだいしたの! じょーずだったんだよ」


マリアよりも緑がかった髪が束ねられ、大きすぎるエプロンは何重にも腰で巻かれている。それでもリリアの足は半分ほど隠れていて、そんな姿と自慢げな顔がとても可愛らしい。


「さすがリリアだね! ありがとう! 」


抱きついてきたリリアの頭を撫でる。


「えへへ。だいせーこー、だいせいこー!」


見上げるリリアのその言い方が可愛くて笑ってしまう。リリアに連れられて食卓へ向かうと、机の上にはすでに色とりどりのサラダボウルとトマトソースで煮込んだチャナ豆そしてセルリーの爽やかなスープが並べられていた。


「おかえり、マリア。大丈夫だったか?」

「ごめんね、ジン。ご飯ありがとう。とっても美味しそう」


真っ白な三角巾の下で、黒髪がのぞいていて、その下の鋭い目に心配の色が浮かんでいるのがわかる。


「大丈夫ならいい」


ぶっきらぼうで目つきが悪いが、ジンはとても優しい。


「大丈夫。でも、あとでちょっと話を聞いてくれる?」

「もちろんだ」

「リリアもきくー!」


元気よく手をあげるリリアの頭をなでる。


「ありがとう。なんか手伝おうか?」

「いや、いい。もう終わる」


その言葉通りに、ジンは的確に手際よく料理を取り分ける。惚れ惚れするほどだ。

リリアの手洗いを手伝って、食卓につく。


「いただきます」


皆で声を合わせるのが嬉しい。

チャナ豆はトマトの酸味をほどよく中和しながら甘みを染み込ませている。クセがないのでほかの素材の味をじゃませず、腹もちするのが美点だ。セルリーは植物の茎のようなものだが、歯ごたえも楽しめるし植物独特のさっぱりした味と香りが良い。


 サラダボウルにはコーンやチシャと呼ばれる少し苦味のある葉、オレンジ色が鮮やかな千切りのパースニップがきれいに盛り付けられている。それらの野菜を流れる小川のように、玉ねぎとレモンベースのドレッシングがかけられていて、キラキラと光っているのがきれいだ。


「リリア、シシャをビリビリしたの!」


チシャをちぎったということだろう。リリアの眩しい笑顔にこちらまで自然と笑顔になってしまう。


「リリアが作ってくれたサラダ。とおーっても美味しい」


えへへ、と言いながらほっぺに手をあてる姿が愛らしい。リリアに微笑み返しながら、マリアはあの赤ん坊のドラゴンは大丈夫だろうかと心配になる。

 傷を癒したり、襲われないように守ることはできても、心までは魔法でもどうにもならない。母親とはぐれて不安になっているだろうと思うと、マリアも胸が痛む。


「マリア、どうかしたか?」


スプーンが不自然に止まっていたマリアをジンが訝しげに見る。


「ううん、なんでもないわ。ジンの作ったご飯美味しいなあって」


パパとリリアのつくったごはんだよ、とリリアが少しむくれる。

そんなリリアをジンと笑ってなだめながら、それからは4人で楽しくご飯を食べた。




 リリアの部屋から出ると、見計らったかのようにダイニングテーブルでカップが湯気を立てていた。はす向かいにジンが座っている。カップの中身はミルクと蜂蜜の入ったハーブティだ。


「リリア寝たか?」

「リリアもお話し聞くってがんばってたけどね。もうぐっすり。今日はリリアを見ていてくれてありがとうね」


椅子に座ってカップを手にとる。甘い香りが肺いっぱいに広がって、心が落ち着いてくる。


「ガマグミはあんまり成ってなかったのか?」


なんでもない顔で核心をついてくる。ふふっと思わず笑ってしまった。


「ジンは何でもお見通しだね」


隠すつもりじゃなかったけど、と言うとジンもやっと自分のカップに口をつけた。


「悪い話ってわけでもなさそうだな」

「いいかって言うと微妙なんだけどね」


そうして、事の次第を説明する。ヨシュアがアンデスに追いかけられるくだりではふっと小さく笑っていたが、ベビードラゴンが発した雷の話で表情が厳しくなる。


「雷を発するドラゴンか……。調べるのか?」


カップをぎゅっと握った。

モンスターの生態や能力、そして弱点。ジンはそれを調べるのかと聞いている。


「観察程度には、ね。でも、あの子が母親のもとに帰る助けになるならいいなって思ってるだけ。それよりもまずは、どうやってあの森に馴染んでもらうかの方が重要かなって思ってる」


「研究所には知らせない、ってことか」

「もちろん。あんなところには絶対連れて行かせない」


モンスター生態調査研究所。単に研究所と呼ばれることが多い。動物ならば間違いなく乱獲と呼ぶような収集や拷問のような残酷な調査、細切れにするかのような解体を行うことから、裏ではモンスターの墓場や殺戮場とまで呼ばれている。


 新種のモンスターを発見した場合、コントラクターや冒険者はそのモンスターを報告し、捕獲した場合には、引き渡す義務がある。それに見合う報酬も報告しなかった場合の罰則もあるが、マリアはひた隠しにするつもりだった。


 悪意の秘匿があり、そのせいで甚大な被害が出た場合には、斬首もあり得るが、今ほどのベビードラゴンなら甚大な被害が出るほどのことにはならない。それこそ、母親のドラゴンが襲わなければ、だが。


「連れて行かせないし、村も森もあの子には襲わせない」


ジンの口がゆっくりと弧を描く。


「そんなら作戦会議といくか」

「ごめんね、ジン。勝手に巻き込んで」


「馬鹿言うな。こんな面白そうなこと、俺の方から首をツッコむさ」


不敵に笑うジンが眩しい。


「そういうところが大好きよ」


そう言うと顔を赤くするジンもマリアには眩しかった。

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