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第3話: 食育のススメ②

「大体予想がついたんですが、俺の剣を使おうとしています?」

「話が早いわ。すこーし、貸してくれる? ちょっと赤くなるかもしれないけど」


「剣の柄が、ですよね。ちょっと聞いてほしいんですが、この剣は俺のおじいちゃんが……って言ってる間に取ってますよね!」


 ライトの玉に向かってあげている手を下ろせないヨシュアは、カチャカチャと剣を外すマリアに声をあげる。


「おじいちゃんも人助けに使ってもらえていると知ったら喜ぶわ」

「そういう使い方は望んでないかと思いますけど! 人じゃなくてドラゴンだしぃ!」


 ヨシュアの悲痛な声をバックコーラスに、マリアは剣の柄を握って底の部分で赤い実をゆっくりと潰す。甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。


「あ、ああ。俺のギヌアース……」


 ズリッと剣の柄が椀の底を滑る。思わずヨシュアの顔を見ると、さっと顔を背けられた。耳が赤い。マリアはヨシュアに生暖かく微笑むと、聞かなかったことにして、作業の続きを進める。


 丹念に実を潰しながら、皮だけとなった実を除いていく。実から出た薄い紅色の汁が少しずつ椀の底に溜まっていく。

 大人で一口ほどの汁が溜まると、マリアは自分の髪を束ねていたゴムを抜き取った。はらりと湖の水よりも碧い色の髪が舞う。ゴムについた紋章を一度だけなでると、寝床の一部の干草を自身の髪ゴムで束ね、迷いなく赤い汁を吸わせる。白金の髪ゴムの一部が赤色に染まる。


「マリアさん、それ、コントラクターの証の――」

「もう、コントラクターじゃないわ」


 干草をゆっくりとベビードラゴンの前に持っていく。甘酸っぱい香りが鼻を刺激したのか、ヒクヒクと顔を動かすと、ベビードラゴンはゆっくりと干草を口に含んだ。草露を舐める猫のように舌をだしたり歯のない顎で噛んだりして汁を吸っている。


「ちょっと待ってね。もっとあげるから」


 汁気がなくなったのか、口からだらりと干草がはき出される。萎れた干草にさらに椀の汁を吸わせて、再びベビードラゴンの口元へ持っていく。今度は迷いなく、ベビードラゴンの口が開き、噛むだけではなく干草を舌でしごき始めた。吸うようにして口をすぼめ、口の中でぎゅっと押しつぶすようにして汁を喉に流し込んでいる。


「そうよ。とっても上手」


 力強くなる口の動きを励ますようにマリアが声をかける。

 2回ほどお代わりをして、満足したベビードラゴンはゆっくりと目を瞑った。お椀の汁はほんの少しだけ残っている。


「ヨシュア、もういいわよ。ありがとう」


 ライトの魔法を解いたヨシュアがどさりとその場に座り込む。思っていたよりもヨシュアにとっては重労働だったようだ。

 ベビードラゴンの背中をゆっくりと撫でる。やがて寝息らしき鳴き声が聞こえ始めるとマリアは背中に干草をかけた。


「ありがとう、ヨシュア。あなたのおかげで、この子、とっても気持ち良さそう」

「俺は汗だくですけどね。ドラゴンてのは寒いのが好きだと思ってましたよ」


 ヨシュアは、ガードの制服を脱いでシャツ1枚になると、大きく息をついた。相当我慢していたようだ。


「ドラゴンは寒い地域に住んでいるけど、子どものドラゴンは大きくなるまでお母さんドラゴンの背中の上で大きくなるのよ。お母さんドラゴンの背中はとても長い毛で覆われていて布団の中にいるようにとても暖かいんだって」


 ヨシュアがベビードラゴンの顔を見る。手のひらに乗るほどにしかない背丈に、消え入りそうな寝息。


「いつも一緒にいるから、お母さんドラゴンとベビードラゴンはとても絆が強いの。お母さんドラゴンは子ども想いで、食べ物の多くを子どもに分け与えるわ。子どものドラゴンも大きくなると年老いたお母さんを守って戦うの」


 マリアはヨシュアの顔を見る。ヨシュアの眼帯が汗で濡れて、チューリップの絵柄にも泣いたように汗のあとがついていた。


「さっき、ここを襲われるって言った話はこの子を助けたいからだけじゃないわ。母親のドラゴンは必ずこの子を探しにくる。そして、母親はこの子にしか説得できない」


 しばしマリアの顔を見ていたヨシュアは一つ首を振ると大きくため息をついた。


「わかりました。わかりましたよ。知ってました。わかってました。そうくると思ってました!」


 ヨシュアは剣の柄の底についた紅色の汁を丹念に拭き取ると、剣をかかげた。


「東の森の最強ガードであるこの俺と、俺の愛剣ギヌアースの手にかかれば――」


「ありがとう! ヨシュア。さすがだわ。手伝ってくれるのね! この子がこの森で暮らせるようにしてあげないと! ドラゴンは大昔は草食だったのよ。肉食獣のいないこの森でも他のモンスターや動物と一緒に暮らしていけるはずだわ」


「え、いや。あの、俺、母親ドラゴンを探すんだと……」


「なに言ってるの。迷子は動かないのが基本でしょう。私たちが動いちゃったら、母親ドラゴンがこの子の手がかりをなくしちゃうじゃない! お母さんドラゴンが来るまで、しっかりと食育しましょうね!」


 がっくりとヨシュアの剣が下される。ギヌアースが本来の用途で活躍するのはもっと先の話になりそうだった。

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