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第2話: 食育のススメ①

 声に驚いたのか、うつ伏せになっていたベビードラゴンが弱々しく顔を上げる。


 透き通るような黄金色にも見える瞳がマリアを貫き、白い艶やかな毛が逆立つ。ドラゴンには間違いなさそうだが、見たことのない色の瞳だ。


「リュゥゥゥ」


 威嚇するように口を開ける。まだ歯は生えていない。赤く小さな舌がちろりと見えた。


「少し弱っているわね」

 ゆっくりと下からベビードラゴンに右手を差し伸べる。


「――っ!」


 ベビードラゴンが目にも留まらぬ速さでマリアの指に噛み付いた。


「マリアさん!」

「大丈夫」


 手の動きでヨシュアに気を落ち着かせるように伝える。


 歯がないはずなのに、顎の力が強いのか危機的状況に火事場の力が出ているのか、食いちぎられると錯覚しそうなほどだ。自身に持続性の回復魔法をかけて、なんとか痛みを和らげる。回復魔法とは言っても、自己組織の修復能力を大幅に上げているだけなので、瞬時に治るわけでも痛みがなくなるわけでもない。痛む時間をごく短くすることと、血を早く巡らせることで、痛みを感じにくくさせているだけだ。


 マリアは心臓を抑え、呼吸を落ち着かせる。すでに心臓は痛みの部分へと血液を送ろうと早鐘を打っている。基礎体力が低いので興奮しすぎると、怪我の部分は治っても貧血になってしまう。


「大丈夫、大丈夫よ。あなたを傷つけたりしないわ」


 撫でると驚いてしまう可能性が高いので、左手も手のひらを上にしてベビードラゴンの前にだす。敵意がないことを伝えたいが、これでいいのだろうか。


 ベビードラゴンは、うなり声を上げながらもちらりと左手を見て、マリアの顔を見て、自分の咥えている手を見た。黄金色の瞳が薄暗い洞穴の中で底光りする。ゆっくりと一つ瞬きすると、ベビードラゴンはゆっくりとマリアの手を口から離した。瞳が黄金色から黄色へと変化する。


 うなり声が止み、ドラゴンの尻尾が力なく干草の上に伸びる。と同時に、パタリと頭から干草に突っ込んだ。


「マリアさん! 大丈夫ですか?」

「この子の方が大丈夫じゃないみたい」


 敵意がないことを感じ取ってくれたわけではなく、単純に限界だったようだ。小刻みに身体が震えている。マリアはベビードラゴンの背中にゆっくりと手を置いた。ドクドクと鼓動が脈打っているのがわかる。ゆっくりと耳を近づけると息が荒い。


「マリアさん!」

「シッ! 静かにして」


 ベビードラゴンから遠ざけようと肩を引いたヨシュアを振り返る。


「何をする気ですか!?」

「やれるだけのことをやってみるだけよ」

「マリアさん!」


 ヨシュアが厳しい顔をする。眼帯がどんなにふざけていても、ヨシュアの鋭い眼光が透けて見えるようだ。


「マリアさんがいつも言ってるじゃないですか。モンスターの世界に人間が介入するのは間違いなんだって」

「そうよ。だけど、目の前で弱っている赤ん坊を見捨てるなんて一人の母親としてできないわ」


「それがこの子の寿命だったんです。それに、元気にさせて人間を襲いでもしたらどうするんですか? そうなった時に、俺はあなたをかばうことはできませんよ」


「それこそ、ここで死んでいるこの子を、母親のドラゴンが見つけたらこの森を怒りに任せて消滅させるでしょうね。もちろん、この森に近い私たちの村も尋常じゃない被害をうけるわ。探そうとしてめちゃくちゃにするかもしれないわね。だから、元気にして早く親の元に返してあげるのがいいはずよ」


 ヨシュアはおそらくドラゴンの被害を受けた場所を見たことがあるのだろう。息をのんで黙っている。普段、雲よりも高い山の上で暮らしているはずのドラゴンの、しかも赤ん坊が、なぜこんなところに来てしまったのかはわからない。それほどにドラゴンは人間たちと接点がないはずだ。

 

 それゆえ、ドラゴンの体は部分的なものでさえかなりの高値で取引される。金額と同じくらいに語られるのが、ドラゴンの恐ろしさだ。ハンターがお金ほしさにドラゴンの目をひっそりとくり抜いて持って帰って来たせいで消滅した村の話は有名だが、ドラゴンにとってはアリのような存在の人間をいちいち気にかけてるわけでもない。マリアたちを襲うなんてことは普通は起こり得ない。


「私が絶対に人間を襲わせないわ。リリアがいるもの。そんなこと絶対にさせない。約束する」


 加えてそう言うと、ヨシュアは頭をぐしゃぐしゃとかき回す。


「負けました! わかりましたよ。で、何すればいいんですか?」

「手伝ってくれるの?」

「ここで手伝わなかったらジンさんに笑顔で殺されそうですもん」

 

 おどけたヨシュアの口調に肩から力が抜ける。


「私の夫はそんなに怖くないわよ」


 マリアも軽口で答えながら、顔をベビードラゴンに戻す。ヨシュアと話している間にも、手から伝わってくる鼓動は少しずつ早くなっていた。ベビードラゴンの背中に右手をかざして回復魔法と回復能力を上げる魔法をかける。


「まずは、ここの中を温めたいわね。回復魔法がどれほど効くかわからないし、回復魔法プラス普通の対処療法で処置するわ」


 普段は村の人々の怪我や、軽いものなら病気も診ている。治療に対しての学があったわけではないが、コントラクターでの経験がマリアを怪我や病気に詳しくさせていた。


「回復魔法効かないんですか?」


「ドラゴンは基礎能力が人間をはるかに上回っているのよ。おそらく治癒能力も高いから、人間に効くレベルの回復魔法だと意味がないかもしれないの。一番良いのは、この子の治癒能力を最大限高めてあげられる環境を作ることね」


「わかりました!」


 ヨシュアがライトの呪文を唱える。剣の方が得意だと聞いていたが、ずいぶん様になっている。光の玉のようなものが3つほど部屋の中を照らした。


「ウォームの魔法もかけたのね。明るくて暖かくてとっても良いわ」

「俺は器用じゃないんで、魔法使うと動けなくなるのがデメリットなんですけどね」


 確かにライトを浮かび上がらせる時の手の動きのまま、天井に手をかざしている。魔法が得意な人間ならば一度浮かべれば、持続的に効果を発生させられるだろう。違う魔法をかけることも可能かもしれない。


「今は戦いじゃないもの。ライトにウォームを重ねがけできる器用さの方が重要だわ」


 へへへと嬉しそうにヨシュアが笑う。マリアもつられて笑うとベビードラゴンがピクリと動いた。回復魔法をかけていた右手に背中を擦りつけながら、ヨシュアの出したライトの方へ這うように移動する。


 目は瞑ったままだが、しかめられた眉が辛さを物語っている。抱いて動かしてあげたいが、それも逆効果になるかもしれないと思うとなかなかできない。右手も一緒に移動させ、ライトの真下まで来ると、ベビードラゴンの目元が幾分か和らいだ。


 暖かさか回復魔法のおかげか、ベビードラゴンの表情がいく分か和らいだように感じる。マリアは触れるかどうかくらいの優しさでゆっくりと左手の人差し指をベビードラゴンの頭に添わせた。滑らかな毛が指の先をすべっていく。


 少し長めの詠唱をして、左手をベビードラゴンから離した。息に乱れはない。大丈夫そうだ。


「キュア、やめちゃうんですか?」


 ヨシュアの額に汗が浮いている。洞穴は保温効果が高いようだ。


「リジェネに変えたわ。継続的に体力を回復する魔法よ」


 マリアはベビードラゴンのそばを離れると、カバンからお椀を取り出し、そばに置いていたカゴから赤い実を10個ほどその中に入れる。あたりを見回すと、ヨシュアの腰に目を止めた。


「ねえ、ヨシュア。お願いがあるんだけど」

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