大神殿の地下から、湖の底へと続いていました
四剣四杖のギラとルロ、そして玖聖会の幹部カリアムは遺跡の中を歩いていた。
 
「すげぇな……」
「まさに湖底の遺跡という感じだね」
 
〈精霊の目〉を用いることで、大神殿地下の扉を開くことができた。そしてそこからしばらく歩くと、道が透明な筒になっていたのだ。
 
ギラたちがその筒の中を歩く。どこを見ても湖を満たす水と魚が泳いでおり、なんともいえない怖さを感じていた。
 
「だいじょうぶなのか……? いきなり水が入ってきたりしないだろうな……?」
「ははは、ルロは心配性だね。まぁ下手に暴れなければだいじょうぶだろう」
 
少年の見た目をしたカリアムは、とても興味深そうな様子で周囲を見渡していた。
しばらく歩いていたが、透明な筒は湖底に沈む立方体へと続いている。ギラたちは緊張しながらもその立方体の中へと入っていった。
 
「おお……」
「ほんとうに……こんなものが……湖の中にあったのか……」
 
立方体の中は明るい空間が広がっていた。中心部には台座があり、その周囲を発光する棒が取り囲んでいる。棒はそれぞれで高さが異なっていた。
 
ギラたちはゆっくりとその台座の前まで移動する。
 
「カリアムさん……これが……?」
「ああ、まちがいないね。牙の聖痕が封印されている」
「聖痕……」
「かつて精霊化を果たした魔人王。その力の一角というわけだよ」
 
カリアムは満足げにうなずくと、あらためて台座を調べはじめる。
 
「……問題なさそうだね」
「動かせるのですか?」
「うん。普通ならものすごく面倒な手順を踏まないといけないみたいなんだけど……他の聖痕持ちがいればそうした手順はスキップできるのさ。こんなふうにね……」
 
カリアムの右手の甲に杖をかたどった文様が浮かび上がる。
彼はその手を台座の中心に置いた。すると発光している棒がすべてより強く輝きだす。
 
「ギラ。中心へ行くんだ」
「……わかった」
 
輝きを増した棒の中心部にギラは移動する。そしてカリアムは右手で台座を撫でた。
すると光る棒の先端部から一斉にギラの右肩へと閃光が走る。
 
「順調にいけば5時間くらいで終わるかな……? わかっているだろうけど、処置中はそこから出てはいけないよ?」
「ああ。…………っ!」
「いたいかい? まぁこればかりは我慢してもらうしかないね」
 
幾条もの細い閃光はギラの右肩を焼き続けていた。ジジジ……と、肉を焦がしたような匂いも発生している。
 
「さて……僕は先に帰らせてもらうよ。他にも用事があるからね。ギラ。次に会えるのを楽しみにしているよ」
「あ……ああ……」
 
そういうとカリアムは懐から刀身が青く光る小剣を取り出す。そしてそれで空間を斬った。
 
小剣はボロボロと崩れるが、空間に青い断裂が生まれる。カリアムがその中へ身を投じると、断裂はもとの空間に戻っていった。
 
「ギラ。だいじょうぶか?」
「……だいじょうぶだ。それよりルロ。お前は入り口を警戒しておけ」
「ああ。まぁだれもこないだろうがな。今ごろ四聖騎士暗殺もうまくいっているはずだ」
 
今回の任務は、聖痕の入手とはべつに四聖騎士の暗殺も含まれていた。
精霊を奪うだけではなく暗殺も行う狙い。これはアンバルワーク信仰国の弱体化をはかったものだった。
 
「いずれにせよこれで、大国間のパワーバランスに変化が生じる」
「魔獣大陸での条約締結以降、変化のなかった関係が狂いはじめる……か」
 
五大国はそれぞれ背景や国力が異なる。
新興ながら他種族が入り乱れ、活気があり人口も多いノウルクレート王国。軍事力と歴史があり、竜魔族が存在するディルバラン聖竜国。
 
強い剣士を抱え込み、一騎当千と称される武人の多いギンレイ皇国。軍事力はないものの、研究産業と魔道具開発が盛んなラデオール六賢国。
 
そして古の精霊を有し、今も精霊使いの多いアンバルワーク信仰国。
 
魔獣大陸で得られる富や資源は、この五国で分け合っている状況だ。そして五大国はそれぞれが対等だからこそ、条約締結後、戦争もなくやってこられていた。
 
しかしアンバルワーク信仰国は、大国としての威厳を精霊に依存している部分が大きい。言うなれば精霊の存在さえなければ、他国から見てそれほど脅威に思える部分がないのだ。
 
それでも支配する大陸は四大精霊が生まれた地と言われているだけあり、大国の中でも特別感があるほうだろう。
だがなにか産業が発達しているとか、他国と比べて著しく優れた部分があるというわけではない。
 
陽気な者が多い国民性だが、彼らは長年、アリエ湖の水に頼りきって生きてきた。
豊富な水資源に、放っておいても発生する精霊。貴石も多く採れるため、精霊と契約を交わす者も他国より多い。
 
簡単に言えば、土地が恵まれているため、低い努力量でもそこそこの成果を得ることができるのだ。
これに明るく楽観的な性格が合わさり、他国と比べるとそこまで民1人あたりの生産性が高いというわけではなかった。
 
しかしこれも仕方がない。有り余る水は容易に畑に収穫をもたらすし、貴石は輸出することで金になる。
楽に稼ぎを作りだせるぶん、そこに工夫は生まれにくい。また精神は豊かになり、前向きな者も増えていく。
 
そうして長く五大国として数えられ、魔獣大陸における権利も当然のように享受し続けてきた……が。ここでアンバルワーク信仰国の特異性に目をつけた国があった。
 
気づいたのだ。この10年、アンラス地方を精霊に占領されてからというもの、貴石産業は衰退している。この状態でもし精霊を……そして四聖騎士を失えばどうなるか。
 
だれでもわかる。五大国の地位を大きく落とすことになると。
そしてアンバルワーク信仰国の地位が落ちることで得するのは、残った大国だ。
 
「どうなると思う?」
「政治のことは俺にはわからん。だが……とうぜん、力を失った国をいつまでもその地位に居座らせようとはしないだろう」
 
聖痕をいただくついでに、国家間の謀略も進める。これこそが今回の四剣四杖の仕事だった。
 
「ぐ……」
「おいギラ。本当にだいじょうぶなのか……?」
「ああ……。最低でも五時間か……長いな……」
 
その後も2人は会話を続ける。ルロとしても、ギラの意識を右肩から会話に向けさせたかったのだ。
ずっと皮膚を焼かれ続けているため、会話がなくなればどうしても意識はそこに集中してしまう。
 
そして数時間後。立方体の空間内に予想外の声が響く。
 
「うわ……すっげぇ……」
「まさか水の中を歩いているなんてね!」
「いや、お前は飛んでるだろ……」
「…………っ!!?」
「ルロ!」
 
ルロは2本のややごついナイフを取り出すと、それぞれ両手に握る。そして顔を上にあげた。
するとちょうど透明の筒を通り抜けた男と〈フェルン〉が顔をのぞかせた。
 
 
■
 
 
扉の奥は透明なチューブ状となっていた。チューブは湖底の中をまっすぐに走っており、遠目に見える立方体へとつながっている。
 
俺たちは周囲の景色に目を奪われながらも、足を進め続ける。
 
「はぁ……水族館みたいだな……」
「スイゾクカン?」
『これはまた興味深い……。いったいどうやって作ったんだ? それに材質も不明だ。まちがいなく古代文明期の建築物だろうが……今の技術力では湖の底にこのような建築はできないだろう。となるとここでも文明のリセット説が……』
 
リリアベルがいろいろ仮説を立てている。だがたしかに興味深いな。まさか大神殿の地下から水族館に行けるとは思わなかった。
 
あと薄着だとけっこう寒い。つかわりと大きめの魚が泳いでいるんだな……。ふつうにウマそうだし。
 
「湖の底に建設された遺跡か……すげぇな……」
「四聖剣がありそうじゃない!?」
「どうだろうなぁ……」
 
まだ信じているのか……。これだけ大国を回ってそれらしい話がないんだし、四聖剣は作り話で確定じゃないかなぁ……。
 
そういやこの大陸、魔獣大陸に次いで古の精霊時代の遺跡が見つかるらしいけど。これなんかまちがいなくそうだよな。
 
「なんで玖聖会の総帥ってのは、この遺跡への入り方とか知っていたのかね……?」
『非常に強い関心があるな。常人にはない知識を有しているのはまちがいない』
「あー! 見て!」
 
リュインが指をさした方向を見ると、ヘビみたいに長い胴体を持つ魚が泳いでいた。
でかい……というか、長い……。それに背びれが光っている。
 
「うわ……すっげぇ……」
「まさか水の中を歩いているなんてね!」
「いや、お前は飛んでるだろ……」
 
話をしているうちに立方体の入り口へと到着する。ゆっくりと顔をのぞかせてみると、眼下に謎の物体と2人の男性が立っていた。
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【あとがき】
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コミカライズ版、帝国宇宙軍所属の俺ですが(以下略)、いかがでしたでしょうか。
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