地下で行われる探り合い(ネタばらし有り)
明けましておめでとうございます!
聖都リスタリスに戻れば俺たちは駆け足で風の神殿を目指す。
〈精霊の目〉を持った賊が大神殿に入っている可能性は、ルスチーヌも土の神殿長に話してくれることになったのだ。
彼女もサムとマッソーを連れて、土の神殿へと向かう手はずになっている。
「でもマグナ……! 本当なの!? まさか賊が大神殿に潜入しているなんて……?」
ルドレットの質問に答えたのはメイフォンだった。
彼女はまだ完全に毒が抜けたわけではないのか、しんどそうな表情のまま口を開く。
「ギラがエドから〈精霊の目〉を奪ったのは2日前だ。そして昨日、アンラス地方から聖都に向かっている。早ければすでに仕事を終えているだろうし、もしかしたら今まさに湖底遺跡に向かっているか……といったところだろう」
単身エドの住まう古城に潜入し、みごとに〈精霊の目〉を奪えるほどの実力者。たしかにすでに大神殿の地下遺跡を進み、聖痕を手にしていてもおかしくはない……か。
ちなみにアハトが手なずけたエドも、聖都に行きたがっているらしい。その目的は奪われた〈精霊の目〉を悪用される前に取り戻すためだとか。
エド自身、ムルファスとしての記憶がある。つまり精霊の目を使えば、遺跡の扉を開けられるということを知っているのだ。
だが過去の王族で扉を開くことができたのは、かなり昔にさかのぼるらしい。
精霊の目が扉を開くカギなのは間違いないが、それをどう用いれば扉を開けるのか。これはわからないとのことだった。
「ギラはその精霊の目をどう使えばいいのか、わかっているのか?」
「事前に総帥から聞いているはずだ」
「また総帥か……」
この国の王族でも知らないことを知っている人物ねぇ……。
大図書館の地下にあったモノの存在を把握していたりと、本当に謎が多い人物のようだな。
「見えてきた……!」
船はいよいよ聖都リスタリスへと入る。そしてもうすこしで日が沈むというところで、今朝と同じ場所へと到着した。
「お兄様!?」
陸地を見るとヴィルヴィスが立っている。そのそばには彼と似たような装いの男が立っていた。
俺たちの乗っていた船と陸地に橋がかけられる。ルドレットを先頭にして陸地へと降りるが、見るとルスチーヌたちも同じタイミングで船から降りてきていた。
「ああ、ルドレット……! よかった無事で……! マグナ、よくやってくれたね」
「おお、まぁな!」
「ローアン様!? どうしてここに……!?」
「むっふふぅ。ルスチーヌ、無事でなによりだよ」
どうやらローアンというのは、土の神殿長のようだ。ルドレットとルスチーヌの帰りをここで待っていたのだろう。
「そうだ、お兄様……! 大変なことが起こっているんです……!」
「ローアン様、どうか話を聞いてくださいませ」
「うん……?」
「どうしたのかな?」
2人はメイフォンから聞き出した情報を伝えていく。話を聞いているうちに、ヴィルヴィスもローアンも顔を青くしていった。
「なんと……!? 精霊の目を……!?」
「ふぅむ……」
神殿長がここで帰りを待っていてくれたおかげで、わざわざ神殿に行く手間が省けたな。
2人とも状況を理解したのか、真剣な表情を見せている。
「お兄様。まずはこのまま大神殿へ行ってみませんか?」
「ローアン様。ルドレットの言うとおりかと。このまま国宝である〈精霊の目〉を放置することはできません。それにこちらには精霊もおります。賊相手でも遅れはとりませんわ」
火と水の四聖騎士は遅れを取ったけどね!
……とはわざわざ言うまい。ヴィルヴィスもローアンに視線を向ける。
「ローアン様。まずは聖王陛下がご無事であられるか……そして大神殿の地下に侵入者の痕跡がないか、確かめにいくのが先決では?」
「そうだねぇ……やれやれ。こういう騒動は勘弁願いたいが、これも神殿長としての務めだろう。サム、マッソー。このままついてきなさい」
「はい!」
ローアンの言葉を受けてヴィルヴィスも俺に視線を向ける。
「そういうわけだ。すまないがマグナ……」
「ああ、もちろん俺も行く。メイフォンも連れて行くけど、彼女は俺がしっかりと見ておくから」
「……わかった」
こうして俺たちは大神殿へと向かったのだった。
■
ヴィルヴィスの付き添いとして大神殿に来られたものの、肝心の聖王はいま、ここにはいないとのことだった。
いかにも役人といった装いの男性が額に汗を流しながら説明を続ける。
「聖王陛下はクンベル様との会合に出かけられまして……」
「火の神殿長の……?」
前線にエドが姿を見せたという報告はすでに聖王にも伝わっているはずだよな……? このタイミングで、特定の神殿長と会合……?
俺の疑問に答えるように、ヴィルヴィスが補足してくれる。
「火の神殿長は騎士団と距離が近い。前線に対する対応などで相談に行ったんじゃないかな」
「ああ、なるほど……。でもそういうのって、他の神殿長も集めて決めるんじゃないの?」
「そういう規模の大きな会議もたしかにある。でも神殿長が全員出席の会議は、開くのも結論が出るのも時間がかかるんだ」
ここアンバルワーク信仰国は精霊を信仰している国ではあるが、あくまで主権は大神殿長たる聖王にある。
各神殿長とその派閥に属する貴族との意見調整は必要だが、その気になれば聖王の判断で騎士団も動かせるらしい。
通常どおりの会議を開いて長ったらしい手順を踏むよりは、火の神殿長と相談してさっさと騎士団を編成しようと考えたのかもしれないな。
もちろん他の神殿長からすれば、ないがしろにされた気がしておもしろくないだろうけど。
「あらん。ローアンちゃんにヴィルヴィスちゃんじゃないん?」
大神殿の奥から派手な格好をしたおばさんが姿を見せる。その背後には2人の美少年が控えていた。
「おや。ディアマンテ殿ではありませんか」
「……水の神殿長よ」
ルドレットが小さな声で教えてくれる。
なるほど……つまりユアムーンさんの上司みたいなもんか。というかユアムーンさんが引き連れていた美少年……この神殿長の趣味か……。
ローアンとヴィルヴィスはディアマンテにも事情を話していく。話を聞いているうちにディアマンテは興味深そうに目を細めていった。
「なるほどねん。ならばこのメンツで、地下の様子を見に行ってみましょん?」
「え……」
「ディアマンテ様。こまります……」
役人が困った顔で訴えてくる。しかしディアマンテは笑みを崩さなかった。
「あらん? 大神殿長が不在の中、3人の神殿長が賊の侵入がないか直々に確かめに行くのよん? これのどこが困るというのかしらん?」
「聖王陛下不在の折に、勝手に地下へ行かれては……」
「しょうがないじゃないん。それに大神殿長は、政治に対して強い権限は持っているけどん。神殿長の行動に対してまで強権を発動できないわん。というわけで……行くわよん」
ディアマンテの言い分がどこまで通用するのかはわからないが。なんとなく聖王がどういう扱いを受けているのかが見えてくるな。
ヴィルヴィスの話だとまだ若い王らしいけど。ローアンやディアマンテといった年配の神殿長からすれば、まだまだヒヨッコなのだろう。聖王を恐れ敬っているようには見えないし。
そんな神殿長たちに率いられるかたちで地下への階段を進む。そこらじゅうに火がともっており、思っていたよりも明るかった。
「それでん? 実際のところ、どうなのん?」
「どう……とは?」
歩きながらディアマンテは2人の神殿長に話しかける。
「ここにはクンベルちゃんはいないしん。正直に答えなさいなん。……精霊の目を持ち出したムルファス殿下。彼を聖王殺しの犯人だと断定し、追手を差し向けたのはクンベルちゃんだった。そして大神殿長に即位されたグリアジーン殿下……ローアンちゃん。いろいろ調べていたんでしょん?」
うわぁ……。ディアマンテがなにを話したいのかがわかってしまった。
これにローアンはなんでもないように答える。
「んふっふっふ。ここには四聖騎士や従者もおりますよ? めったなことは言わないほうがよろしいでしょう」
「あらん。ルドレットちゃんとルスチーヌちゃんならだいじょうぶでしょん? それに従者が口にするには、かなりリスクのある話題だわん」
まぁたしかに。サムや俺たちが政治に関することを話しまわっても、そもそもまともに受け取る人は少ないだろう。
そればかりか神殿長という、この大国の権力者に目をつけられてしまう。
それでも変なうわさが飛び交う可能性はゼロではない。それを押してまで、ここでこの話題をはじめた理由。ディアマンテにもなにか考えがあるのかね。
「いい機会じゃないん。クンベルちゃんの監視の目がない状況でわたしたちが話せることなんて、そうはないわよん?」
ああ……そういうことか。彼女からしても、この地下空間で内密の話ができるのは貴重な時間なんだ。
ローアンもやれやれと笑みを浮かべる。
「ディアマンテ殿は聖王陛下を疑っておられると?」
「そうねん。だぁっていろいろ変でしょん? それにグリアジーン陛下が即位されてからというもの、クンベルちゃんったらとってもやる気をだしているしん?」
「神殿長として当然のことでは……?」
ヴィルヴィスはクンベルをかばうような発言をする。
もっともいまの段階でなにを疑っているのかが不明のため、かばうというつもりもなかったと思うが。
「んふぅ? ヴィルヴィス殿もいろいろ調べておりましたな? なぜ精霊との争いがはじまったのか、そのそもそもの原因を」
「え……えぇ……」
「ならば知ったでしょう? 10年前にクンベル殿が中心となって進めた会議で、四聖騎士派遣が決まったこと。そして四聖騎士の代替わりが行われ、しかしまだクンベル殿はかの地に固執していることを」
前に言っていたな。四聖騎士は精霊の首魁エドに負けた可能性があると。
その不安があったため、ヴィルヴィスも騎士団やクンベルには警戒をしていた。
「わたしはねん。前聖王陛下は、王妃様の不貞を知ったと思うのん。そしてムルファス殿下に相談をした……。で、クンベルちゃんに殺されたと睨んでいるのよん」
「むっふぅ。ディアマンテ殿はおそろしい想像をなさる。他の者に聞かれたら不敬罪ものですぞ」
「あらん? ローアンちゃんもその線で、いろいろ探っていたじゃないん? わたしがなにも知らないとでも思うん?」
「むっふっふぅ。これはこれは……」
会話を続けながら、足はずっと進み続ける。
思っていたよりも深いな……。まぁ大神殿の地下自体が遺跡だって話だったけど。
そして神殿長たちがなにを探り合っているのか、いいかげんわかってしまった。
要するに今の聖王が本当に前聖王の息子なのか。クンベルがなにか関係しているんじゃないか。そこに対する情報交換をしたがっているのだ。
だがこれに関して、俺はすでに答えを手に入れている。さっきアハトからリリアベルへ情報が届けられてきたからな。
「あー、話していいか?」
そんなわけで。俺はこの議論に決着をつけてやるべく、燃料を投下することを決めた。
「ん? なんだ、マグナ?」
「その話だけどな。聖王グリアジーンの父はクンベル。精霊エドはムルファスの骸が精霊化したもので、いまはムルファスだったときの記憶を取り戻している。前聖王とムルファスを殺したのはクンベル。これが答えだ」
「………………え?」




