第1話:夏
第1話:夏
―――
子供は不思議な力があるとよく聞く。
例えば年を取ると聞こえなくなる音があったりする身体的なものもあるけれど、夢と現実の区別がつかないもっと幼い時には、大人になったら見れないような奇妙なものを見たり。
最も、そんな奇妙なものを見たところで、誰も信用してはくれないんだけども。
遠い夏の記憶、僕はそんな“奇妙なもの”を見たことがある・・・と、思う。
何故、と思うなのかというと、それは結構昔の話だからだ。
何歳だったかもあまり覚えていない。
小さい頃は近所に住んでいた幼馴染と一緒に外で遊んだこともあったけど…そんな奇妙なものを見た時も、その幼馴染は信じてくれたっけ。
そして、僕と君は一緒に…“あれ”を見た。
―――
―僕は今年、25歳を迎える。
そしてこの年、僕は人生の転機を迎えた…はずだ。
実家を離れて町に住んでいた僕の電話に訃報が知らされた。
両親が事故にあった。僕は一度に両親を失った。
親戚の顔も知らない僕は、知らない人から「かわいそう」と言われた。
そして…「なんだこいつ」とも言われた。
僕の目に涙が零れることは無かった。
別に両親が嫌いだったわけじゃない。ただ、好きだったかと言われるとそうではない。
むしろ、僕は心の何処かですっきりしていた。
(あぁ、これから僕は誰にも邪魔されず…自由に生きていけるんだ。)
―――僕は親戚全ての人間との関係を絶った。
結構色んな人に五月蠅く言われたような気がするが、もう僕の耳には何も届いてはいなかった。
これからどうしよう。これからどこに行こう。
そんなことばかり考えていた。
法律に則って僕は両親の家とか資産とかを貰った。
両親は結構お金を持っていたようで、僕は小金持ちになった。
まぁ…貰うお金や資産が多いとつきまとうのは税とかいう何に使われているのかよく分からないものではあるんだけども…
でも僕には確かに何か抜け落ちたような感覚を感じていた。
1人になって気が楽になったはずなのに、何故こんなにも虚しいんだろう。
―――僕は仕事を辞めた。
町を離れ、なんとなく誰も居ない実家に帰った。
そこで適当にアルバイト先を決めて、最低限の収入で親の遺産を使わずにのんびりと暮らした。
これでいい。
別にお金が欲しいわけじゃない。夢もやりがいも、もう25歳を迎えた僕には追いかけるには遅すぎる…と、思う。
そもそも夢もやりがいも、何にもありはしない。
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夏がやってきた。
ここは昔からうんざりするほど暑い。林が近くにあるのでセミがうるさい。
この時期は虫も多くて余計にうんざりだ。
実家に戻って5日。
今日はアルバイトを始めて初の休日。
かといい、特に何もやりたいことは無いため、適当に過ごしていた。
ジリジリ、ミンミンと鳴くセミの鳴き声がうるさい。
「暑い…」
風も吹いていない。暑い。汗が流れる。
実家は少し古い建物で木造の和風の平屋だ。
子供の頃は縁側に座り、アイスを食べながら涼んでいたっけ。
じっとしているよりも、日陰を求めて散歩でもした方が良いかもしれない。
冷房でもつけて部屋を全て閉めてしまえばいいのではとも思うが、冷房はなんとなく嫌いだ。
なんというか、しばらく浴びていると少し気分が悪くなるというか。
「…気分…転換、かな。」
僕は両親が使っていた自転車に乗って出かけることにした。
柄でもないが重い腰を上げて埃だらけだった自転車をピカピカにした。
防犯登録も変更して、我ながら何故ここまでしたのか分からないぐらいだった。
アルバイトに行くのには車を使っている。
近所にちょっと買い物っていう時に自転車でも使おうか。
そんな気持ちでいたがどうせすぐにめんどくさがって車にするのだろう。
でも自転車で行こうという気持ちがあるうちは、自転車を使おうという僕らしくもない考え方だ。
―――
家を出てすぐだ。
目の前を見ていると奥に女性が立っている。
「…あ。」
「あ。じゃない!!」
女性は僕に大きな声を出し、詰め寄ってきた。
正直、「うわぁ、美奈だ。めんどくさいのに会った」と思った。
「帰ってきてるなら帰ってるって言いなよ馬鹿夏樹ッ!!」
「えー…」
凄くめんどくさそうな顔をして見せる僕の顔を見て女性は頬を膨らませる。
「なんでそんな顔すんの!あんた…お父さんもお母さんも居なくなって1人なんでしょ。何で私に言わないのよ!」
「…だって、関係ないし。」
僕は正直誰とも話をしたくない。だからこそ僕はそっけない態度を取り続けることにした。
「…そんなにやる気無い姿見たらルナードが悲しむわよ。」
「…知らないよ。居たかも分かんないものの話しないで。」
僕は振り切って自転車を勢いよく漕いだ。
「あっ、ちょっと夏樹ッ!!―――もうっ!!」
――なんだよ。
いっちょ前に、薄い水色に髪の毛染めちゃってさ。
めちゃくちゃ目立つじゃん。
僕ら日本人は黒髪や栗色だろ?
そんな、アニメでしか見たことないような色しちゃってさ。
(私、青色が好きなんだ!ちょうどこの夏の空のような青が大好き。でも、一番好きなのは初夏のちょっとだけ白みがかった水色の空が一番好き。)
―――そんなこと言ってたっけ。
でも、それを自分の髪色にしちゃうとか…ほんと…昔からアクティブだ。
美奈はそういう奴だった。
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…蔵好美奈は僕、直江夏樹の幼馴染だ。
小さい頃から元気で僕の手を引っ張って色んなところに連れ出しては…川に落ちたり、森の中で迷子になったり。
田んぼに落ちたり…
うーわ…良い思い出が全然無い…
でも…子供の時はこういうことも楽しいと思えたっけ。
こういうのは大人になってから“こういうこともあったね”と笑い話になるものだが、生憎今の僕はそんな話をされても全く笑える気がしない。
でも、僕と美奈には誰にも信じてもらえない大きな秘密があった。
美奈はわりとハッキリ覚えているのだろう。僕にさっきその話を持ち掛けてきたということはそういうことだ。
でも、僕は正直あまり覚えていない。
それに…僕はそんな話を両親にしても信じてもらえなかったし。
そして僕は言われたんだ。
(お前は夢を見ていたんだよ。)
とね。
夢の無い大人っていうのは本当に嫌だなと思った。
でも、今の僕も夢の無い大人だ。
だって僕はもうそういう、くだらなくも、良い思い出じゃないはずなのに楽しかった思い出すらもどうでもいいと思っているみたいだから。
―――
それからも、僕は惰性で生きた。
何日も、何日も。
アルバイトに行って帰ってシャワーを浴びて飯を食う。
そして対して興味のないテレビを見ながら酒を飲んで寝る。
休みの日が意味もなく昼まで眠り起きてからもただぐーだらとテレビを見ているだけの日々。
なんとも、つまらない人生だろう。本当に笑いすらも出ない色の無い日々。
色の無い世界。
昔の記憶はセピア色に染まるというが、ただでさえ、今白黒の色の無い世界にいるこの僕はこの記憶は何色になるというのだろう。
――きっと、真っ白か真っ黒だろう。
きっと何も残らないまま、もっと年を取り、死ぬ。
僕は―――――――何のために生きているんだろう。
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「夏樹。」
「…誰?」
「誰とは失敬な。昨日出会ったばかりではないか。」
「…わっ!!!」
これは夢だ。
ずっと、ずっと昔。物心がつくかつかないかの瀬戸際のような時期だ。また僕は眠っているらしい。
「夢じゃ、無かったの…?」
「夢なものか。現実だ。」
目の前に居たのは…今じゃそんなに珍しくはないけれど、この時はまだ珍しかった“異の者”。
そう、僕らの世界の世代は変わろうとしているかもしれない。
なんて、ニュースでやっていたりするんだっけ。
嘘を平気でつきそうな胡散臭いコメンテーターとどう見てもご機嫌を取るだけのつまらないMCが会話をするなんとも面白くない番組で言っていたっけ。
――
50年前。
少し遠い国で人間の形をした異形の者たちが発見された。
彼らは“異世界”から来たと主張した。
敵意は無く戸惑っているだけだった彼らを僕たち人類は受け入れた。
こういうとき、侵略だなんだと、くだらない戦争が起こるものじゃないのかと思うのだが、世の中は思った以上に優しい世界だったようだ。
現代になった今では異世界人はそんなに珍しいものではない。
例え頭が獣の顔をしていようが、爬虫類の顔をしていようが、特に珍しいものではない。
人間はそれらを全て受け入れ、それらの文化を記録として残す為の都市計画まで行われている。
僕ら田舎に住む者には別に何の影響もありはしないけど、都会の方では色々な人々と色々な異世界人が情報を提供し合い、巨大なデータベースを都市として内蔵しようとしている。
それは将来“トーキョー・ライブラリ”と呼ばれるようになるらしい。
そして、異世界から来た人々を、“異国人”と呼ぶことにした。
そして、僕が幼い頃に出会った“アイツ”は異国人だった。
“人”とつくけれど、僕が出会ったのはどう見ても人じゃない。
そいつは身体こそ幼い僕と同じぐらいの大きさだったが、翼が生え、爬虫類の顔、蝙蝠の翼、蛇のように鋭い目にしなやかな尻尾に、茶色の岩のように固い茶色い鱗。
それは紛れもなく“ドラゴン”よばれる者の子供であった。
詳しいことは覚えていないけれど、僕はまだ異国人が世間に浸透していなかった時に異国人と出会ったんだ。
そして―――そして―――――どうなったんだっけ。
何で、今、アイツは居ないんだっけ。
うっすらとしていて、思い出せない。美奈なら覚えているのかな。
でも僕は何で今更こんな夢を、見ているのだろう。まるで僕が…アイツに会いたがっているみたいじゃないか。
くだらない。
いつの話をしているんだ。顔すらはっきりと出てこないのに。昔過ぎて何で今居ないのかもあまり覚えていないのに。
どうして僕は…
(…美奈が余計な事言うからだ。)
―――
「なぁ、夏樹。今はとても暑いぞ。この暑さはいつか終わるのか。」
「うんと、今は夏。終わったら秋、冬になる。寒くなるよ。で、またあったかくなって夏が来るよ。」
「そうか、ここは暑いと寒いを繰り返すのか。変わった世界だな。」
「そうかな。」
「そうなのだ。私の世界ではな。」
「ルナの世界は暑いの?」
「ルナ言うな。――そうだな、私の世界は…暖かい。」
「そうなんだ。いつか僕も行けるかなぁ。」
「…お前にはお前の家があるだろう。」
「うーん、僕、おうちきらい。ルナの家がいいな~」
「だからルナ言うな。」
―――
「ルナ?」
「ルナ?何処行ったんだ?ルナ?」
「ルナ!ルナ!!ルナードッ!!!」
何で、僕を置いていったの!?
ルナードッ!!
ひと夏の記憶の最後は、あっけなくも、嫌なものだった。
―――
(…今の方が…暑いよ。ルナ。)
セミがこの空間の全ての音を埋め尽くすように鳴き続ける何もない家。
僕は、うっすらと目を開ける。
「―――…何?」
目の前にはよく知っている顔が居た。
「あんたそんな固いところで寝てたら身体傷めるわよ。」
「余計なお世話だよ…」
僕は縁側で眠っていたらしい。
体中汗でびっしょりだ。
そして目の前には美奈の姿。
僕と同い年のくせに学生の頃と変わらないスタイル、長く背中の中央ぐらいまでまで伸びた髪。
そして夏らしいファッションだろうか。白くて薄いワンピースに白くつばの大きい帽子。
どこか港町に旅行でも行こうとしているのかっていうぐらい、しっかりしている。
僕はと言うと、古着屋で買ったなんの変哲もない無地の白Tシャツに、黒い長ズボンだ。
僕は欠伸を掻きながら机の上に置いてあった眼鏡をかける。
「で、何しに来たの?」
かったるそうに僕は尋ねた。
「夏樹、久々に探検しない?」
「…はい?」
「探検よ探検!近所の人がうわさしてたんだけどね、最近この辺でおおーーーきな生き物を見たって噂になってるのよ!」
「…だから?」
僕はまためんどくさそうな話を持ってきたとうんざりした。
美奈は幼い頃から行動派で根も葉もないうわさを持ってきては僕はそれの真相暴きに付き合わされたっけ。
「ほら、この地域じゃ異国人なんて珍しいじゃん。もし迷ってたり怯えて隠れてたりしたらさ!私たちが保護してあげようよ!」
「興味ないよ。」
「拒否権無し!あんたは!たまには身体動かしなさい!」
「バイトで動かしてるからいいって。」
「あ~!い・い・か・ら!!来る!!」
美奈は無理矢理僕を立たせ、顔をグッと近寄らせて叫ぶ。
「…適当にキリついたら帰るからね…」
大変気乗りしないがこれ以上ごねても面倒なだけだと判断した僕は仕方なく、本当に仕方なく仕方なく美奈に付き合うことにした。
―――この日、僕が美奈に付き合って探検について言ったことが運の尽きだった。
この日の僕へ一言伝えるなら、「お前やってくれたな?」だ。
もう僕の暇だった時間は戻ってこないぞ。
これから僕の止まっていた時間と、白黒の世界とお別れすることになる。
慌ただしい時間が動き出すんだ。
神様へ。
短くて堕落した時間をくれてありがとう。
僕はこれから色のある世界に足を突っ込みます。
これは、全てを失った僕に訪れた奇跡の再会と、それからの生活をただ、淡々とつづっていくだけの記憶だ。
今の季節は夏。
だからさしずめ、ちょっと変わった夏の記憶―――
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登場人物Ⅰ
直江夏樹
・性別…男性
・年齢…25歳
・身長…163cm
・体重…43kg
・種族…人間
両親を失い、町から田舎の実家に戻ってきた。
幼い頃から周りが嫌うものを好きになる傾向があった。
小さい頃に異国人のルナードという存在と出会い過ごした記憶があるが、おぼろげで覚えていない部分もある。
両親のことは好きでも嫌いでもなかったようだが、色々あったようで居なくなったことにホッとした自分と、失ってから心が抜けてしまったような虚無感に挟まれていて、何事もやる気を起こせない状態になってしまった。
両親を失う前は口には出さない静かな行動派だった。
蔵好美奈
・性別…女性
・年齢…24歳
・身長…166cm
・体重…39kg
・種族…人間
夏樹の幼馴染。
幼い頃から夏樹を引っ張っていた元気で陽気な性格。
町に行ってしまった夏樹のことを心配していた。
夏樹に元気になってもらいたく、引っ張っていこうとしているが・・・
少し白みがかった水色が好きで、そのような色の空を見せる初夏~夏の時期が好き。
髪色も同じように染め、服も似た色のワンピースを着ている。
夏樹よりはルナードのことを覚えてはいるが、忘れている部分も多い。
ルナード
・性別…男性
・年齢…???歳
・身長…???cm
・体重…???kg
・種族…異国人
夏樹と美奈が幼い頃に出会ったとされる異国人。
2人が幼い頃に出会い、ひと夏の間に何も言わずに何処かへ行ってしまったようで、それ以来何処に行ったか分からないらしい。
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ひと夏の、遠い記憶だった。
あの時、美奈はどうだったのか分からないけど…僕の時計の針は一歩遅れた様な気がした。
それからも、人より少し遅れて遅れて…いつしか社会というものからも外れて、落ちてしまって…
僕はこれからどこに向かって生きていくんだろう。
でも、これからまた止まっていた時間が動き出す時が来るなんて…誰が想像したのかな。
次回、第2話:ルナード
それはあまりにも大きく、僕の記憶も、これからの道も、新しい色に染まるほどだったんだ。




