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第一章 ハジマリ 4

作者のヒロユキです。


今回は初めて本格的なアクションシーンを描いてみました。

どんな感じか、自分では分からないので、もしよろしければ読者の方からご指導いただければと願っております。

 死ぬ、のか?

 殺される、のか?

 が、そう思えば、不思議と恐怖はなかった。

 仁の呼吸は奇妙なほど落ち着いている。異常な体験が感覚を麻痺させているのだろうか。


「……それくらいで刀を引け、つばめ」


 またあの声がする。少女が不服の叫びを上げた。


「兄さん、でも!」

「でももへったくれもないぞ、つばめ。丸腰で、何も知らない人間を相手にしようなんて、そこまで俺たちも落ちぶれるわけにはいかないだろう」


 顎の下から圧迫が消える。少女が刀を仕舞ったようだ。途端、腰に力が入らなくなり、仁はその場に尻餅をつく。


「無様なものだな、小日向。この腑抜けが」


 すると、嘲笑するように、吐き捨てるように、声が言った。すると、冷静だった仁の頭に再び血が上る。殴りかかってやろうかと地面から跳ね上がった。


「あんたたちは何なんだ!」

「……隠井家かくらいけの人間。と言っても、お前には分からんのだろうがな」


 答えたのはまたしても、謎の声。


「さっきから話してくるあんた。いったいどこにいるんだ。こそこそしてないで出て来いよ!」

「こそこそ、ね。まあ、したくてそうしているわけじゃあないが……つばめ、見せてやれ」


 見せてやれ?

 仁にはその言葉の示すところが分からない。しかし、次の瞬間、少女が羽織っている学ランを払い、腰元に提げている何かを指差した。

 紐で括ってある、透明な小瓶。

 そうであるようだが、中に何かが、ある。青く、いや、黄色か。ミラーボールとは違うが、様々な色に光る蛍のような、火の球が漂っている。仁は目を疑った。


「何だよ。それ」

「これが、俺だ」


 声がした。今度は出所がはっきりと分かる。目の前の小瓶からだ。


「嘘、だろ?」

「事実だ。俺には肉体というものが存在しない。魂だけの存在なんだ」

「でも、さっきからこの子、あんたを兄さんだって……」

「それも事実だ。俺はこの、隠井かくらいつばめの兄、隠井鷹道かくらいたかみちだ。とある事情で、体を無くしちまってな。俺は妹に命を救われた」


 仁は下向きに伸びる混乱の螺旋階段に迷い込んだ気分だった。次から次へと疑問がわいてくる。魂だけの存在など、到底理解できるものでもない。

 そんな仁の様子を見て配慮したのか、小瓶の声が言う。


「まあ、普通の人間ならそういうリアクションになるわな」

「幽霊、というやつなのか?」

「実体がないという意味では、その定義に当てはまるな。だが、三途の川を渡った覚えはない。死んでいるわけじゃあない」

「……」


 絶句、絶句。ただ絶句。

 脳内の状況分析コンピューターがオーバーヒートを示している。仁は目の前に星がちらついたようにも思えた。思考が追いつかない。もういっそこのまま混沌が手招きするのに身を任せ、気絶でもしてやろうかと自暴自棄な気分にもなった。


 しかし、その前に空間をつんざく悲鳴が響いた。仁と少女が弾かれたように振り返る。

 竹林の向こう、先ほどの石段の辺りから聞こえたようだ。次いで、男の低い声も聞こえる。火の手が上がるように、不穏な空気が一気に場を制圧した。


 何事か。

 混乱している仁では、咄嗟の判断に迷ったが、目の前の少女はすでに動いていた。腰元の小瓶を取りはずしている。


「ちょうどいい。お前!」

「あ、何だ?」

「危ないかもしれない。兄さんを持っていて」


 彼女が放り投げ、仁は危うくキャッチする。


「もし、落としたりなんかしたら殺すから」


 さらりと物騒なことを言ってのけ、少女は駆け出す。体勢を低く保ち、地面を滑空するようだ。

 人間とは思えない、そのスピード。


「追え!」


 手元の瓶の声に促され、反射的に仁は身体を動かしていた。つばめという少女が向かったのは、竹林の入り口。

 大きく跳ね、石段の向こうに姿を消す。騒動が起こっているのはその辺りのようだ。

 しかし、それにしても。


「何だよ、あの馬鹿みたいな運動神経は!」


 仁は唾を撒き散らしながら訊いた。


「馬鹿とはなんだ。俺の妹に対する暴言は慎んだほうがいいぞ。いくら何も知らないからと言って、あいつ、二度目は加減なく来るぜ」


 腕の中で魂だという鷹道がせせら笑った。しかし、その直後には如才無く仁に注意を喚起する。


「おい、ちゃんと俺を抱えろ。落としたら間違いなく俺は一発即昇天だからな。それは御免だ。妹を残してまだ逝くわけにはいかない」

「なんで僕がこんなことに巻き込まれているのか、よく分からないが、とりあえず、今は言うこと聞くよ」


 仁は万が一に備え、瓶の口に括りついていた紐を腕に縛る。これならば腕からすり抜けても地面への衝突は避けられるはずだ。


「ふうむ、まあ話は分かるやつのようだな。ちなみに妹の運動能力のことだが……」

「な、何?」


 走行中のため、息を切らしながら、仁は聞き返す。最短距離を計算し、竹と竹の間に割り込む。がさりと音を立て、枝が皮膚を引っかいた。しかし、気にしない。


「先ほどのあの刀。それが媒体となって、つばめの潜在能力を引き出してるんだ」

「刀が?」


 途端、仁の体が竹やぶから飛び出した。落葉が朽ち、腐葉土になった急斜面をバランスを崩さないよう、滑り降りる。


 数十メートル前方。夕闇に映し出された数人の影のシルエットが見える。

 二人の男、それから石段の手前でうずくまるようにして女性がいた。そして、彼らのちょうど中央地点、黒衣を纏った少女が、背中からすばやく何かを抜き取っている。


「あ!」


 先ほど、仁の喉元に触れていた、あの黒き刀だ。対照的な夕陽の照りによるせいか、その黒はさらに色を濃くしたように、肥大化して見えた。


「そう、あれこそが我が隠井家に伝わる、古の秘刀」


 仁はその場で動けず、息を呑んだ。

 彼女と対峙している、二人の男が顔を見合わせている。事態が飲み込めていないらしい。


「何だ、お前!」

「どこから現れた!」


 間違いなく、非友好的な怒気を孕んだ声。仁から見て右手、大きめの体の男がそろりと近寄った。

 会話が聞こえてくる。


「お嬢ちゃん、そんな物騒なもの振り回しちゃいけないなあ。どうせ、斬れない模造刀だろ? チャンバラごっこなら向こうでやりな」


 男は努めて穏やかに言う。


「……うるさい。その汚い口を塞げ」


 つばめはやはりぼそりと言った。大の男二人を前にして、少しも怯えている様子はない。


「あん? どうやら年上に対する口の聞き方ってやつがなってないようだな」


 喧嘩口調で男が言うと、背後で縮こまっていた女性が悲鳴を上げた。


「あなた、早く逃げなさい。乱暴される前に、早く!」


 派手な赤いハイヒールを履いた女性だった。長い髪がヒステリック気味に乱れている。

 どうやら、彼女は男達に人通りの少ない路上で強盗でもしようとしたらしい。そんなことが遠くから見るだけの仁にも容易に想像できた。弱い者を狙う、愚かで卑劣極まりない行為。仁の正義の心に火がつく。


「何だ? 女。俺たちはそんなことはしねえよ。生憎とそういう気分じゃないし。その奇妙奇天烈きみょうきてれつな刀を仕舞ってくれたら、俺たちもおとなしく帰るさ。な?」

「ああ、俺たちはいい子だからな。カラスも鳴いてることだ。おうちに帰るとするさ」


 しかし、つばめは仕舞うどころか挑戦的に刀の先端を突き出し、片側の男の胸元に向けた。こう啖呵たんかを切る。


「……お前達がいい子? そんな妄言に騙されるとでも? 私はあんたらを逃がさない。人の心に忍び寄り、悪を謀る不埒なカゲは、私が叩き斬る!」

「どうやら、喧嘩を売られてるようだぜ、俺たち」


 刀を向けられている男がにやにや余裕の笑みを浮かべて隣に訊いた。


「そうだな。こんなおチビさんを相手にするのは少々気が引けるが、一応忠告はしたはずだ。その上でこの態度。やるか?」


 その言葉に相手の男が頷き、じりじりと近寄った。股を開き、今にもつばめに飛び掛りそうである。仁はその状況に割ってはいるべきか、逡巡する。体が動きかけたが、瓶の中の鷹道に止められた。


「やめろ。ここで見ていればいい」

「けど! あれじゃ双方大怪我だぞ? あの刀は本物なんだろ?」

「確かに、本物だ」


 落ち着いた口調で事実を述べた彼に仁は瞠目する。


「だったら!」

「だが……」

「だが?」

「まあ、ここで見ていろ」


 視線を再び前方に向ける。つばめが間合いを取り、逃げ場のない道路脇、急斜面の方へ追いやられていた。状況が状況なだけに、仁にはそれが切り立った断崖絶壁に見えた。


「おい、どうせガキは刀の扱いなんて慣れてねえ。構えだって見おう見まねなはずだ。刀を奪い取ればこっちのもんだぞ」

「分かってる、お前は右側から寄れ」


 そう指示した男が、言いながら隙を狙い、つばめの左に回った。短いステップで竹やぶの近くに寄る。つばめの前方と背後をとって、両方から襲い掛かり、動きを封じるつもりなのだろう。

 それに気がついた仁が叫ぶ。


「おい、あれはまずいんじゃないのか!?」


 いくら刀の扱いが出来ても、自分の前と後ろの敵、同時に相手をすることは無理だ。


 しかし、鷹道が何かを言う前に、つばめはすでにぐいと男の懐に向かって踏み出していた。左に回った男の方だ。

 やはり、早い!


 男は突然のことに、慌て、対処が出来ていない。


「うひゃあ!」


 短い悲鳴が聞こえる。つばめが刀の柄を強く掴む。


 黒い残像が目に焼きついた。

 彼女が振りかぶる。

 刀が風を切った。

 瞬目。


 青白い閃光がほとばしった。


 すでに勝負が、ついていた。


「まさか……」


 やりやがった。仁は呻く。

 人を斬ったのだ。


 つばめの刀は間違いなく男の胴体を横薙ぎで斬り抜いていた。

 そして、そこに、微塵の躊躇もなかった。


 すべての時が、空間が、息を呑むように静止した。

 斬られたまま硬直したままの男。

 刀を振りきり、尚、鋭き視線を失わないつばめ。

 ほどなく、男が一枚の板のように倒れ伏す。


 すべてが、世界が、ひっくり返ったかのような、そんな衝撃が仁に押し寄せてきた。声にならない声が喉元に押し寄せ、身体をわなわなと震わせる。歯がカタカタと鳴り、鼓膜が空白の音を伝えてきた。


「……人を、殺した」


 口の隙間から、言葉が零れた。


「違う」


 冷静な声がノイズのように割り込んでくる。仁は言葉を失っており、返答が出来ない。


「あれは、人の身を斬ったわけじゃあない」


 仁の視界の隅で彼女の黒い上着が翻る。大きく跳び、身体を宙で反転させた。

 彼女の瞳はすでに、次なる獲物を捉えている。

 背後に立っている男だ。口を開けて呆然と立ち尽くしている。


 仲間がやられたことで、その男は、もはや戦意など喪失したかに見えたが、違った。震えた手で懐から、何かを取り出す。

 きらりと夕陽を反射した。


「お前、おまええええ!!」


 ナイフだ。

 しかし、そう悟った時、その刃は彼方に弾き飛ばされていた。夕陽に弧を描き、ガードレールにあたって、道路脇、地面に突き立った。

 すべてが空しく、青紫色に歪んで見えた。



 つばめはすでにその男の背後にいる。

 仁の目にはただ、黒い影のようなものが、彼の横を掠めたようにしか見えなかった。


 彼女はすでに閃光のような斬撃を加えていたのだ。

 その姿は。

 さながら、縦横無尽に空を駆ける、


 ツバメ。


「人の身ではなく、人の邪悪、カゲを斬る刀」


 鷹道の声が耳を介さず、直接脳内に届くように響いてくる。男が倒れると同時に、刀が鞘に納まり、金属が触れ合う音を立てる。


「それが、殺さずの刃、カゲキリの異名を持つ『太刀影たちかげ』だ」

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