第一章 ハジマリ 2
作者のヒロユキです。
他の作品の連載がありますので、こちらはちびちびと投稿させていただきます。中途半端なところで終わりますが大目に見てください。
それでは、どうぞ。
歩道橋を越え、右手に小高い丘を見ながら仁は走っていた。
しばらくすると、最近、マンションの建築が多くなった二別市の南の地区に踏み入る。緩やかな坂道で、時折大型のトラックなどとすれ違った。道々、無愛想に角ばった建物が仁を見下ろすように乱立している。
昔はもっと静かで、古き良き木造住宅が立ち並び、厳かでありつつ心安らぐ閑静な宅地だったはずが、このところは違う。
市の方針だがなんだか知らないが、最近市中にやたらと大きなビルやショッピングモールが誕生したせいで、人口が増え、その分、人々が住めるスペースを増やすということだった。
業者が土地を買い取り、家を壊し、土を運搬し、大勢の人が住めるマンションを建てる。
こうして、仁の昔からの遊び場だったいくつもの広場も最近では見る影もない。
こういうご時勢、という奴なのだろうが、そういうものを時間の経過と共に直に目にするというのは、それなりショックなことである。
しかし、今日は別にそんなセンチメンタルな気分に浸るために来たわけではない。
五月の夕陽が世界にオレンジ色の幕を下ろしている。
仁の足がさび付いた看板を出している薬局店の裏に回った。奥まった路地、薄暗く陽の当たらない短い石段。それを上った先は清潔な空気が漂う竹林だ。
先ほどの少女は、この辺りに来たはずである。
仁は彼女を追ってここまで来た。
人間ならざる運動能力を持った彼女の正体は何なのか。それを確かめに来たのである。
仁の足が竹林の奥へと続く、細道を歩き始める。
ざくざくと草を踏みしめて進んだ。柔らかな感触。
「誰も、いないよな」
ある程度進んだところでつぶやいた。
一瞬であれほどすばやく動ける人間だ。もしかすると、自分がここに来る前にとうにどこかに行ってしまったのかもしれない。
そう言えば、
「確か、誰かが活動を始める、とか言ってたよな」
彼女の近くから聞こえてきた姿無き声がそう言っていた。その声の正体も、仁の気になるところである。
「その誰かさんを追いかけているのか……?」
となると、やはりもうその人物を追いかけて飛び去ってしまったのかもしれない。
仁の歩が止まる。周囲が静寂に包まれ、風になびいて揺れる笹の音が耳に触る。
そうだ。夕飯のこともある。
いつまでもここで少女を待っているわけにはいかない。
どうやら、誰もいないようだ。察知できるような人の気配もなかった。
彼女の正体が気になるところではあるが、仕方ない。戻ろうか。そう思った。
次の瞬間だった。
ごごう。
突風が吹いた。突然のことに、仁は腕で顔を庇う。
瞬間。
指の隙間から影を見た。確かに見た。
「何だ?」
仰いだ、竹林の上空。閃いた、影が一つ。何かが耳を掠める音とともに、誰かが目の前に降り立った。
「……お前」
声に聞き覚えがあった。先ほどの学ランを着た少女である。思ったとおり、小柄だ。大き目の学ランがさらにその小ささを際立たせている。
しかし、その体格にあまりに不釣合いなものが、仁の右頬に触れていた。
「えっと……」
「喋るな!」
彼女が伸ばした右腕から空間を貫くように真っ直ぐ、仁の肩に一本の刀の刃が乗っている。その切っ先が頬に触れているのだ。
それだけでも、普通なら声が出ないほどに驚くのだが、さらにその刀身は異様な気配を放っていた。まるで黒い煙で燻されているように、刃の全体が黒い陽炎のようなもので覆われているのだ。
湯気のように、黒い靄が仁の頬を撫でていた。