プロローグ
12/6 プロローグを差し替えました。
こんにちは。作者のヒロユキというものです。
今回はちょっと実験的にアクション重視の物語を書いてみることにしました。
それは、青葉の季節。
人影見当たらぬ、山中の破れ寺。
その脇道を下ったところにある小さな庵にて、二人の男が相対していた。
ぼろぼろに着古されたような壁面は隙間だらけで、粗末な庵の内部に林を駆ける風は遠慮会釈なく吹き込んでいた。
遠く、青く連なる山々からは、尖ったカラスの鳴き声がこだましている。
黒い墨で力強く描かれた水墨画のような世界がそこにはあった。
じりと動いたのは、ござの上に座った男。見た目、歳は三十にも満たぬといったところか。
一本の細枝のよう、ひょろりとした体躯で、長く伸びた髪を後頭部で一結びにしている。
「もう行くのか?」
声はその男からではなく、向いから発せられたものだった。声を発した男は衣服から地面が隆起したような、屈強な肉体をしている。すっと伸ばした手が湯のみを取り、白湯を口に運ぶ。
長い眉の下から、鋭き眼光が前方の細い男を捉えていた。
「ああ、いつまでも長居するわけにもいかんて」
「先ほどの言葉が妄言ではないことを証明するためか?」
髪を結んだ細い男がゆらりと何かから身をかわすように立ち上がった。無精ひげを摩りながら言う。
「男に二言はあるまい。もちろんそうするつもりだ。お前に、それ《・・》を託した時点で腹は決まっている」
細い男が足元の物を見る。
「だろうな……しかし、何度も言うが、お主がわしの庵に来るなどな。珍しいこともあるものだと、心底たまげたぞ」
細いがそれを聞いて笑った。
「俺も、まさか自分一人でお主のところに足を向けることになるなど、海が干上がってもないと思っていたのだ」
「それだけお主の志は……」
屈強な男の言葉に覆いかぶさり、
「待てよ、ということはおそらく、明日辺りにはただで地面に転がった魚が食えるようになるぞ。よかったな、飯がただで食える」
細い男は奥の男の粗末な身なりを見て、悪びれることなくそう言う。くるりときびすを返して庵の入り口に立った。
「……相変わらず、口の減らんやつだ。本当に忌々しい」
奥の男はそれを見ながら、ぎりと歯軋りをした。その様子は並々ならぬ獣の殺気を孕んでいて、腰の刀を抜き、薄ら笑いを浮かべる男を本気で切り殺すかに見えた。しかし、男はそれを表面に残っていた冷静さによって押し留め、ふうっと長い息を吐く。
「殺さぬのか?」
殺気に気付いていたのか、細い男が言う。
「考えてみれば、今でなくとも、わしはいつでもお前を殺しに行けるからな」
「真にそうであるな。じゃあ、殺したくなればいつでも殺しに来い」
あっけらかんと細い男はまた笑った。その表情は無邪気で、まるで幼子のようだった。
「あい分かった。殺したくなればいつでも殺してやる。だが、その時は見苦しく命乞いなどするなよ」
「大丈夫だ。俺はその時には喜んで白刃に身を曝け出そう。それでは、後は頼む」
軽く男が手を上げる。別れの合図だ。歩き出し、砂利が音を立てる。草がひれ伏した。
背中が小さくなり、それを林が覆い隠していく。
その姿を見送る男は、それをじっと見つめていた。瞬きもせず、首も動かさず、それはさながら一体の象であった。
男の姿がついに消え、松風が緑の香をふわりと舞い躍らせた。
「……これがあやつの覚悟か」
そして、ようやく背後を振り返ってようやく笑った。