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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
99/128

99.神獣と遊女達

 ノッシノッシと雪原を歩く。背には朝雲達の住処である館がそのままの形で背負われている。いつもは春陽にのみに施しているサスペンションを拡張してみれば、館はキシリとも言わない。恐らく、建物の損壊は気にしなくても良いだろう。当の朝雲達は春陽と共に館の中だ。背中越しに、キャッキャと燥ぐ春陽とその相手をしている遊女達の声が、微かに聞こえてくる。

 まるっきり動く城である。自分でもこんな事が出来るか、否かは分からなかったが、紫月が問題ないと言うので信じて見れば、余りにも呆気なく、館は持ち上がった。いよいよ持って化け物染みてきている。それでも歩みは牛より少し早いか否かといった所である。早朝に発ってはみたが、目的地に着く頃には夕暮れ間際であろう。

 どこまでも続く雪原に、思考が逸れていく。

 思い出されるのは昨夜の事。

「………私を月に連れてって、か………」

 我ながら何故あんな事を言ったのであろうか。

 いや、理由はある。紫月達を空に還す為には、月に至るなど最初の一歩のようなモノである。それに、月に至るまでに積み上げなければならない学術的、産業的、技術的基盤。そのどれか一つだけを取ったとしても、その価値は膨大だ。人を大きく進歩させる公共事業としては、申し分ない。しかし、そうであれば高軌道エレベータでも良いし、なんなら海洋開発のようなモノでも良い。そんな中で、月を選んだのは。

「………そう言えば、アイツに初めて会った夜も月が綺麗だったな………」

 思えば、そんなコトが理由なのかも知れない。


………

………………

………………………………



「着いたぞ!ここがお主らの新しい住まいだ!」

 そう声を張り上げる。朝雲達が恐る恐ると言った雰囲気で館から出てくる。伏せた状態のまま、皆が出てくるのを待つ。

「もう誰も残っておらんな?」

 朝雲に確認すれば、皆が揃って居るという。であれば少し無理をしても良いか。

 魔力尾を展開する。積もった雪を搔き散らし、地面を露わにする。元々、住居の為に整地した地点ではあるが、既に一年ほどほったらかしにされている。拡張した魔力尾で水平を取るように整地し直した後、泥濘んだ地面に基礎となる沓石を配置する。魔力尾で力任せに打ち込み、僅かな段差をその場で切り落として水平を取る。

 その後に館を下ろせば、見た目には元の姿に相違ない。ともあれ。

「上下水道整備はまだ終わっておらぬ。明日の朝までには普請する。米と水、薪は置いておくが、他に何かいるものはあるか?」

 恐ろしいモノを見た、と顔に書いてある朝雲達が、ふるふると首を横に振る。

 さて、では行くかと春陽を抱き上げると、下衣が汚れている。背の背嚢から替えの服を取り出す。綺麗な雪を溶かして作った水を手拭いに染み込ませて、尻を拭いてやる。新しい衣を着せてやると、嬉しいのか、両手足をバタバタと振る。可愛いのう、と思いながら背に負う。拡張した魔力尾が残った水で汚れた下衣を洗い、減圧乾燥させて乾かす。乾いた手拭いと服を背嚢に詰め込んで、上下水道整備の為に駆け出した。

 上水はこの辺りまで既に引いてある。埋設してある上水道から土管もどきを連結して館まで水を引く。下水はどうするか。里の方は肥溜めと言えばいいのか、とにかく巨大な沈殿槽に連結して処理しているが、此方にはそれらの設備は無い。追々、増設する事として、今は周辺の硬質泥岩を切り出した仮拵えの沈殿槽を組み上げて連結することとする。

 いつの間にか、月の昇る夜分となっていた。随に人工乳を与えていたが、それでも腹が空いたのか、春陽が泣く。最近は精米した米を使って粥を与える練習をしている。魔力尾が沈殿槽を組み上げていく傍らで火を焚く。背嚢から米を取り出し、鍋の様に形成した魔力尾の中で雪と一緒に煮る。魔力膜で蓋をしてやれば、圧力鍋の中のような状態になる。よしよし、とあやしながら、粥を与えて見れば、やはり腹が減っていたのかあっという間に平らげた。

 これで暫くは大丈夫かな、と思いながら背負い直すと、背中から凄まじい放屁の音。襁褓も替えてやらねばならぬか、と再び抱き直す。随分と出たようで、衣の上下まで汚れてしまった。張っていた腹が楽になったのか、機嫌の良い春陽の横で、今日だけでも5回目の洗濯をしている間に、下水の敷設も終わった。

 空に月を眺めながら、天幕状に魔力膜を展開する。地面まですっぽりと覆ってしまい、その上に毛皮を引いて二人で横になる。互いの体温を感じながら、眠りに落ちた。


 翌朝。

「朝雲やーい」

 朝日の昇って間もない頃に館を訪ねる。

 ガンガンと扉を叩くと、眠たげな様子の主が訪れた。

「………何ですの?こんな早朝に………?」

 ふむ。眠たそうである。しかし、これからはそうもいかぬのだ。

「まぁ、とりあえず中に入れてくれ、話はそれからだ」

 そう言って、朝雲の開いた僅かな隙間から中に這入り込む。

 朝雲に皆を集めて貰うように頼むと、一人二人と大部屋に集まってくる。

 まだ、焚き始めたばかりの囲炉裏の熱では、少し寒い。

 身を震わせる遊女達が、それでも優雅に煙管を吹かす。

 スゥ、と細く長く吸い込んで、フゥ、と吐き出せばまるで天女が雲を描くようにも見える。とは言え、春陽の体には毒であるので魔力膜は解かない。

 皆が集まったことを確認して、切り出す。

「単刀直入に言おう。お主らには教師になって欲しいのだ」

 遊女達が呆然と顔を見合わせた。

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