96.神獣のお仕事
「では、これにて今月の会合はお開きに致しましょう」
里長の声に、皆がふぅ、と息を付く。
大量の浮民を受け容れてからこの方、話し合う事も解決すべき事も増えた。どれだけ綿密に計画を練っても、実際に動き出してみればアレコレと問題は出てくるものである。そう言ったことを、この会合における合議で解決していくのだから、仕方が無い。
とは言え、長引く会議であったので、私などは春陽の世話を口実にちょくちょくと抜け出している。私の作った地形図を見ながら誰にどこの畑を割り振るだとか、朝雲から読み取って作り出した加工品を継続して作っていくために、何処かに工房が必要だとか、またそこは誰に任せるとか。そう言った所謂、行政に関することには、なるべく関わらないようにしている。私は専ら技術屋であり、便利な農機具であり、建設機械であり、医師であり、ついでに子守り役でもある。これ以上、仕事を増やされては困る。
それに、人が自ら出来ることまで私がやることは、弥源の、あるいは里長の理念に反する。故に技術的な事を除けば、私のやっていることは大して無い。建物の改築やら新しい加工品や薬品の開発やらを大した事がない、と云えるかは、さて、置いておいて。
ともあれ、私が管理していた農地の一部は次の春からは浮民達に宛がわれる事となった。それが為されれば、彼等を浮民と呼ぶ事も無くなる。立派な里人の一部である。元の里からも何家族かが移住する予定である。彼等には農業に加えて、温水路やらダムやらの管理を任せる予定である。まぁ、それでも耕作地は広大に過ぎるので、春が来たらまた野を駆け回る事に違いは無いのだが。
朝雲から"教えてもらった"工芸品の類も制作方法に目処が付いた。私が書としてまとめた上で、農閑期故に暇を持て余していた里人の幾人かに教え込んだので、これからは都でも用いるに足る品質のモノが作れるだろう。何年かかるかは分からないが。
売り物になるモノが出来れば良い。浮民達の中でも借金を抱える者がいれば、ソレを立て替えることが出来るし、朝雲しかり、遊女を身請けするにも金が掛かる。今年の旅では、私が伐採した木材が資金の大部分を占めていたが、付加価値が付けば効率はより良くなる。人が増えれば生産性も高まる。そうやって上手く循環する様になれば、何時かは豊かな国を作る事が出来る。弥源や里長が望む、誰もが生きることを許される国が。
楽しみだな、と背中の春陽に呼び掛ける。
そろそろ生後半年ほどになる。腰がまだ据わっていないが、寝返りは打てるようになった。にゃむにゃむと喃語を話す姿はひどく可愛らしい。
既に夕陽の沈む時分であるが、集会所は薪が焚かれていて暖かい。その中で、魔力尾を使って高い高いをしてやるとふやける様に柔らかく笑う。
この子が大きくなる頃には、この里はどうなっているだろうか。今から楽しみである。良い国になると良い。そんな中でこの子も笑っていてくれれば尚、良い。
そうやって春陽をあやしていた時、ふと視線を感じた。そっと目を向ければ、そこには里長が立っていた。私が視線に気が付いた事に、里長も気が付いた様だった。バツが悪そうに顔を逸らし、逃げるように、身を翻す。その間に。
「長よ、たまには春陽を抱いてみないか?」
努めて、優しく声をかけたつもりだった。それでも里長は私の声に気付かなかったように、足早に去って行った。
ふぅ、と溜め息をつく。
室内に誰もいないことを確認して、春陽に話し掛ける。
「お前の母もなかなかどうして堅物だなぁ」
小さな手を魔力尾でくすぐってやると、笑いながら握り返された。




