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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
90/128

90.神獣と空飛ぶドラム缶

 鶯の鳴く声が長閑に響く。

 霞たなびく視界の向こうには、野花に彩られた山々と、薄らと青い空。冬の間の不機嫌を漸く直した海は静かに凪いで、遠くゆっくりと潮騒が届く。

 良い天気だ。

「それではトラ様、我らは行きまする」

 里の雄牛の全てを放出した。孕んでいる雌牛はいるものの、それでもこの里の財政を大きく割いたことに変わりは無い。

 御者台の上、弥源が静かに別れの挨拶を告げる。

 達者でな、と私は返す。その声は上擦っていないだろうか。私自身には分からない。ヒトは声音の一つ一つに私達よりも遙かに敏感だから。

 だから、私は継ぎたす。

「上手くいかなければ直ぐに戻ってこい、命より重いものなど、この世に無い」

 私の言葉に弥源は苦い笑みを浮かべる。

「トラ様。お言葉をお返して恐縮ではございますが、試す前に損じるを案じるのは、心中にお納め下さいますよう。そうで無くとも初の試みです。御神が余り弱腰ですと、皆の気も揺らぎましょう」

 その言葉を溜め息で咎める。

「………なればこそ、だ。意気軒昂は良いがな、過ぎたれば及ばざるが如しだ。そうで無くとも、初回というのは最もリスクが高い。成功はあまり求めるな。次回に繋げられる糸口の一つでも持ち帰られれば僥倖であると、そう心得よ。繰り返す。決して無理はするな」

 心配症でございますな、と弥源が軽くいなす。

 大仰に呵々大笑として、瞬きの間にそれを収める。

「………トラ様。我ら定命は時間がありませぬ。トラ様のお力を知らぬ者はおりませぬ。故にトラ様の手の届かぬ土地に赴く事に、不安を感じぬ者もまた、おらぬのです。しかし、御神のお望みはその様な、親の助け無しには歩けぬ、赤子のような生き様ではありますまい」

 弥源が遥か遠く、山々の尾根に坐する太陽を見詰める。

 細めた目。目尻には深い皺。

 諦観とも覚悟とも取れる、しかしながら張り詰めた気配。

「これは我らの望みを掛けた一手です」

 そう言い放つと、これ以上は無用とばかりに牛を歩ませた。

 その背に、かつての誰かを思い重ねる。

 それは、梅か、春陽か、嵐か。

 幾人もが、私の手を借りて、そして最後には巣立って行く。

 ある者は涙と共に、ある者は笑みを浮かべ。

 だから私は祈る。

 私のような偽物では無い。ホンモノの神とやらがいるのであれば、我が子らに幸運なる未来を与えたまえ、と。



 ポソリ、と耕した畑に種を埋める。

 心配である。

 既に太陽は高く上がり、陽光は十分に畑を暖めている。

 心配であった。

 冷たすぎる川水を、稲に適した温度にするために拵えた温水路、つまりは極端に川幅をとって段差を多くした用水路である、もよく機能していて、先日、田植えを終えた水田には、幼いながらも青々とした稲が育っている。

 心配で仕方ない。

 稲の苗植えは既に終えた。後は畑と定めた土地に、郷に残った者たちに種を分けて貰いながら、野菜の類を植えていく。

 野菜。野菜である。遙か昔に私が持ち込んだ種子たちの多くは、この里において取捨選択、或いは改良され、育てやすく、かつ収率の良いものとされていた。その多くが梅に主導されたと聞かされれば、頭の下がる思いである。


 それにつけても、心配であった。

 何でも出来るようになった気がしていた。

 それでも、私はこんなにも無力だ。

 見渡す限り続く畑の面倒は見られても、遠く旅立っていった子らの様子を知ることも出来ない。

 

 せめて、衛星通信があればなぁ、と思った。

 

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