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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
9/125

9.電波猫とケモノ

 ソレはなんだったか。


 地を蹴る足が、歓喜に震える。

 既に幾度も味わった歓喜を予見している。


 ソレはいつであったのか。


 呼吸が興奮で千々に乱れる。

 己の口角を唾液が濡らしていくのが分かる。

 それはかつて見た獲物の姿。


 ソレはどこであったのか。


 爪先に魔力がこもる。

 本物の月が木々に隠れる今宵、それはまるで地上に顕現した紫色の月。

 数瞬の後にある、命を刈り取る歓喜と共に、過剰に注ぎ込まれた魔力が、火の粉のように纏わり付く。


 ワタシとはなんであったか。


 最早、探知など不要。

 興奮に狭窄した視野の中、墜ちた彗星の如く輝く魔晶石に牙を突き立てるのみ。


 コレはワタシであったものか。


 月光が木々をすり抜ける。

 冴え冴えとした青い光が、ソレを照らし出す。

 猿よりも明らかに長い手足。

 体毛の薄い肌。

 獣の皮を加工した粗末な着物。

 苦しげな呼吸とともに吐き出される、呼気は夜冷えのなかにあって尚白い。

 薄い唇から覗く歯は、明らかに短い。


 喰らえ、と声がした気がした。

 或いは、それは私の物だったのかも知れぬ。


 月光に照らされたソレが目を覚ます。

 驚愕に見開かれた瞳に映るのは、獣欲にまみれたケモノの姿。

 夜陰のなかにあって、月に照らされる金毛と、かつてダレカが愛でていた黒の縞。

 淡く光る瞳は、奔流する魔力によって紫に、


 否。その瞳は橄欖石に似て。

 その体躯は懐に抱かれる程で。

 

 狭くカビ臭い船室で、

 潮の匂いが染みついた毛布にくるまれて、

 ダレカが釣ってきた魚は、仕事明けに貰えるご馳走で、

 日向で私を撫でる手は、海風と日に洗われて荒々しく、

 僅かな飲み水であっても、それは銀の皿に汲まれていて、

 踏まれた尻尾が痛いと鳴けば、ダレカが代わりに撲っていて、

 鯨の脂にテカる油虫どもが見つかれば、怠慢だと小突かれて

 埃くさく、油臭く、いつでもダレカの動く音、

 暖かく、掛け替えのない、ナニカ

 この四肢が砕けても、守りたかった、ナニカ

 あの死の間際にも、それを見届けただけで安らかに逝けた、ナニカ


 アレハ、ナンダッタノカ

 ワタシハ、ナンノタメニ、ソコニイタノダッタカ


 咆哮が樹海に満ちる。

 あまりにも多くの魔力の籠められたそれは、樹海に住むあらゆる生命を揺さぶった。



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