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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
88/128

88.神獣と里長と

 冬晴れの美しい日だ。

 稲穂を刈り取られた田には薄らと霜が降りる。畔の下、日陰には昨夜の雪が溶け残っている。

 空は薄い青。どこまで見渡しても昨日の雲は見当たらない。渡り鳥だろうか。空の高いところに豆のように小さな影が幾つか見えた。

 ひどく寒いな、と思った。

 吐き出した息が白い。

 強い風に流されて、瞬く間に散らされる。背後の森からは、過ぎ去る風に木々が鳴いている。

 高く、低く。森の中を木霊する。

 手入れされた里山ならではの、下生えの少なく、木々も疎らな森が良く音を反響する。何処か、悲しげにも聞こえるその音は、或いは多くの生が眠りについているからだろうか。


 何故だろうか。ふと、アイツの事を思い出した。



「頼もう!何人か、里の長への中継ぎをお頼みしたい!」

 里に踏み入れ、大声で人を呼ぶ。

 何事か、と家々から飛び出した人々が、こちらを見て目を見開く。

 その視線は私、と言うよりも私の頭上に集中する。

 その先には、魔力尾でぐるぐる巻きにされ、宙吊りにされた弥源の姿。

「この里にて盗みを働いた下手人を捕らえた。よければ引き渡す!」

 そう言って、ズカズカと里の中へと踏み入る。


 久しぶりだ。

 正確には分からない程。しかしそこは確かに私達の暮らしたトラの里だ。



 厚い木板を魚鱗の様に重ねた壁が、日差しを遮る。高い天井。茅で普請された大きな屋根は、冬場の豪雪に耐えるためであろうか。恐らくは、尋常の住居ではあるまい。この様に暗く、かつ広い部屋は、人が日々を過ごすには少し息苦しかろう。

 部屋の中央、大きな囲炉裏には赤々と燃える薪が積まれる。よく乾燥しているのか、煙に燻される事も無い。

 ただ、明るく燃える薪の向こうは、あたかも底の無いかのような暗闇に包まれている。そこから、声がする。

「………………トラ様と、そう呼ぶことをお許し頂けますか?」

 その声の若さに驚く。

 里長と聞いて、根拠なくかつての老婆を思い浮かべていた。

 燃え上がる火の向こう。影の中の姿を透かし見るが、その齢は推し量れない。

 気付けば、会話も疎かに相手を観察している。その事を自覚して、それでも不自然にならぬように、二重三重と帳を掛けて、私は返答する。

「………様、などと付ける必要は無い。私がいた頃、この里の子らはトラ、トラと気さくに呼んでいたよ」

 無礼をお許し下さいませ。そう言って、里長は頭を下げる。極端に陰影の強調された室内で、揺らめく炎を反射する黒髪が僅かに見える。

『トラ。このクソタヌキ』

 無明の奥から、声が響く。

『大層なdgってtreoが苦労するっxfa分かっewqpろう。俺はfdeuopfewiった。後の始末はhgdwoせる』

 驚愕としか言い表せない。

 掠れる。

 声が、上擦る。

 それ程までに、これは。

『………………それは、梅からの伝言か?』

 私と里長。その会話に弥源が顔を顰める。

 然もあらん。どれ程の時が経ったかも知れない、遙か過去の言葉を、この女は話している。

 ソレに応える私もまた、弥源から読み取った言葉では無く、遙かな時の向こう、梅や、春陽と交わした言葉の、そのままだ。

 郷愁が。どうしようも無い郷愁が、胸を満たす。或いは、これこそが梅の狙いか。

 私の問いに、里長は肯く。

「かつてはもっと多くのお言葉が残っていたと聞いております。しかし今となっては口伝の多くは失われてしまいました」

 炎の向こう側で居住まいを正す気配。微かな衣擦れの音。

「トラ様をお迎えする時にと、梅様は様々な事を準備していらっしゃいました。ただ」

 里長は、そこで言葉を切る。

 逡巡する気配。

「………同時に、こうも仰っていたと伝わっております。これらの準備が無駄になるならソレで構わない、と。トラ様は我らヒトが自らの足で歩くことを望んでおられるから、であると」

 溜め息のように紡がれた、その言葉は如何にも梅らしい、捻くれた優しさに満ちている。あの子は本当に、誰に似たのか素直で無い、けれど優しい子だった。私の思いを受け取って、だけど子ら孫らの為に保険のように私を呼び起こす術を残したのだろう。

 だから、私は問う。

「里長殿よ。この度、私はこうして蘇った。事の経緯はこの下手人、弥源から聞いている。それを踏まえて、お主達はどうとする?私はまた眠りに付くべきだと、そう思うか?」

 私の言葉に里長殿は押し黙る。

 数拍の沈黙。その後に膝行して此方に寄る。

 囲炉裏の向こう、顔の輪郭が微かに炎に照らされる。

「………いいえ、トラ様。この者がトラ様をお喚ばれになったこと、今となっては天命とも思われます。聞いて頂けますでしょうか、我ら虎郷の民が二つに分かれ、その片方は郷を鎖して墓所を守り、そしてもう片割れは飢えた虎の如くこの国を食い荒らしていることを」

 重い溜め息と共に、里長殿は一息に言い放った。

 そして、その言葉は、昨夜の内に弥源から聞いたそれと、よく似ている。



 

 

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