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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
87/128

87.神獣の説教

 稀人。そう呼ばれる者がいる。

 何か特定の職を持つ者では無い。要は、鎖された共同体に訪れた珍しい客人、と言う意味だ。

 彼等彼女等は、一般には歓迎されるものである。特に、男は。

 その理由は単純で、鎖された共同体は容易く血が濃くなる。何かしらの事情で里を鎖している彼等にとって、利害関係の薄く、また異なる血を招き入れる事が容易い稀人は、里の血を薄める絶好のカモだ。

 弥源は、まんまとソレに掛かったらしい。

 里人、飽つ海の人々は弥源を見付けるや否や、宴と見間違うほどの食事を饗し、寝床を与え、さらに女達を宛がったという。

 色恋に疎い弥源は、誘われるままに幾人もと関係を持ったという。里の規模を考えればささやかながらも、酒池肉林と形容出来る爛れた生活に現を抜かし、気が付けば秋も終わりを告げようとしていた。


 この辺りで、私は頭痛を感じる。思わず、左耳を床に擦り付けながらも、続く話を聞いていく。


 黄金に輝く稲穂が頭を垂れる。身の詰まった稲を刈り取る里人を、酒杯を片手に眺めながら、ふと、弥源は己が飽つ海に至った経緯を思い出す。縺れる足で畑に踏み入りながら、しかして、立ち竦む。

 酒毒に鈍く痛む頭を回してみれば、今の己の境遇を思い出す。日々を怠惰に、満ち足りた生活を送る毎日。虎国とは名ばかりに自給自足で生きる人々。仮に、郷士としての役を放棄したとしても、ここまで追っ手が来るとは、とてもでは無いが思えない。そう思えば、収穫に忙しい里人を呼び止めて、石高を計算し、税を納めよ、そんな事を言い出すことは如何にも億劫だった。

 しかし、収穫の時期は忙しい。何時もであれば傍に侍る女どもも総出で畑に出ているようだ。暫しの無聊に耐えかねて、縁側から室内へ、その後も宛がわれた小屋の中をフラフラと検分する。

 狭い小屋の中を一通り見てしまえば、里人の出払った里の中を、またしてもフラフラと彷徨いてみる。ソレに特に意味は無い。初めてこの里を訪れた後に、あれよこれよという間に小屋に押し込められては、その中から出ることも稀であった。今にして思えば、里の正確な規模も知らぬ。さて、どこまで行こうか、そんな事を考えながら里の中を右往左往と往き来する。

 そして、弥源は目にする。里の外縁、皆の畏れを体現するかのように、清潔に、潔癖に、然れど人の気配の失せたその御堂を。


「………………そこに、何が、あった?」

 己の声が掠れる事を自覚する。

 弥源が訥々と語るその御堂。それは恐らく。

「埃一つもない室内がありました。壁には色褪せた御神の御姿が、そして、その最奥には万巻記の、恐らくは原典とともに、この書簡が……………」

 弥源が懐から一枚の紙を取り出す。

 此方に視線を向ける弥源に頷きを返して促す。

「………………読み上げてくれないか?」

 ゴクリ、と弥源が唾を呑み込む音が、薪の爆ぜる音をかき消して、大きく響いた。

 曰く、

「生きろ、殖えよ。己が生を全うせよ。楽をせよ。生きづらき世を生きやすく変えろ。そして、どうしてもソレが適わぬ時は」

 そこで、弥源は息を付く。

「………………あのクソタヌキを起こせ。やり方はココに残す………………」

 その後は、私の居るであろう位置のあらましと、魔晶石を用いた私の探し方に付いての詳細が記されている。

「………………私も初めて目にしました。彼の梅雪君の、それも恐らくは直筆の花押など………………」

「違う」

 弥源が押し黙る。思わず漏れた反論は、私が思うより大きく響く。一度口から出た言葉を戻す術は無い。感情的になっているなと、溜め息交じりに説明する。

「六つの花弁を持つ丸であろう。花押などと大層なものではない。それは私が子供たちに書いてやっていた、頑張ったで賞のマークだよ」

 児戯なのだ。片付けを、子守りを、種々のお手伝いをした者たちに、スタンプの様に捺してやっていた。10溜めれば好きな玩具を作ってやると言って。

 しかし、それを書簡に残したと言うことは。

「………なるほど、私を起こしたお前には、梅から頑張ったで賞が与えられている、そういう皮肉か」

 或いは、トラの里の面倒を押しつけた事に対する皮肉かな。いや、あの梅がそんな自賛めいた事をするとは考えにくい。やはり、後世の者のためか。

 確かに梅が、私の子が、孫たちが、私の再来を望んでいる、きっとそういう意味だ。

 分かった、とは言えないが、弥源が私を見付け出した方法は分かった。

「………それで、それらの書簡や梅の遺物を持ち出した。それに気付いた里人に追われていた。と、そう言うことか?」

 己でも冷ややかさを感じる声音を受けて、弥源は顔面を蒼白にしながら肯く。

「………お前も分かっていると思うが、敢えて言おう。盗みは罪だ。しかも、里人にとって大切であろうと、一目で知れるものを勝手に持ち出した」

 改めて状況を整理する。私の言葉の一つ一つに弥源が項垂れていく。

 それを溜め息で見咎めて、私は本題を切り出す。

「まぁ、お説教はここらで良いだろう。それで、そうまでして私を呼び起こした、その目的は何だ?」

 パチリ、パチリと薪の爆ぜる音。

 炎の照り返しが室内を明暗に分ける。

 弥源の顔の半分だけが明るく照らされる。

 その瞳に、一欠片の火を宿す。


「御神よ。私は願うのです。この里をひいてはこの世を救って頂きたい」

 固く強張った声には、それでも懐かしい人の生への情念が宿っていた。


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