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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
85/128

85.神獣の目覚め

 魔力は互いを喚ぶ。

 意思の全てを魔力に食い散らかされた獣が然うするように。

 その性質は微弱ながらも魔晶石にも認められる。

 遙か昔、私が魔晶石をもつ子らに、魔力糸を紐付けていた事と、原理としては同じだ。魔晶石が僅かに発する魔力は、付近の魔晶石に向かって収斂する。それは、見方に依れば磁石の様にも見える。

 二つ、互いに極近い魔晶石が我らの近くを移動している。

 何処から見付けてきたのか、我らが地上で狩り獲った獣達ですら持ち得なかった程に大きな魔晶石。その存在は地下深くからでも容易に探知出来る。


 恐らく、誰かが魔力を探っている。

 古代の羅針盤の様に、魔晶石の性質を知った誰かが。


 反応に動き。

 大小一対の魔晶石の一つが、不意に動く。それは紛れもなく我らの位置を指し示す。当たり前だ。恐らく、今の我らが抱える程の魔力など、この星をくまなく探しても易々とは見付からない。傍らに固定された大きな魔晶石に引き摺られていた小粒な魔晶石が、今度は我らの魔力に引き寄せられて動いているのだ。


『………………どうするのだ?』

 紫色の月光の下。紫月が問う。

 二心同体。誤魔化しや隠し事の介在する余地は無い。

 それでも、私はどこまでも続く湖面から視線を外せないでいる。

『分かっているのだろう?アレは我らを探している。求めに応じずして良いのか?』

 その問いに私は答えられない。ただ無言で盤上の駒を進める。

 カタリ、と小さく駒が鳴る。

 分かっている。それでも尚、思案が止まることは無い。

『………………………………』

 口を噤む紫月。ただ阿る様な視線でもって私に問う。

 ふぅ、と息を付いた。

 頤を上げて、頭上の月に視線を移す。

 偽物の月。柔らかい紫色の光は、直視しても眼を痛めることはない。静かで優しい、どこまでも凪いだ月光が私達を包んでいる。

 この静かで暖かな世界に慣れすぎてしまったか。

 思い出すのは、かつての自分。

 幼子を贄とする人々たちから、春陽を奪い、その対価として磨製石器の知恵を与えた。

 障害児を忌む人々。彼等から子を奪い、その対価として農耕を、牧畜を、建築を、そして製鉄の基礎さえも与えた。

 そうして私が変えてしまった人々の最期を看取ることもせず、山体崩壊から里人を逃がして、自分はこうして地中に埋まっている。


 視線を落とす。目の前の紫瞳の猫を見詰める。

 私が変えてしまった人々、しかしそれらの多くはこの紫月たちの助力無くしては為し得なかった。利害は一致していた、そう思っている。それでも、紫月たちの求めよりも、私の人に対する我が儘を優先していた様にも思える。だから、私には彼等に協力する義務がある、そう言い続けた。


 否か。それは言い訳に過ぎない。

 私は怖くなってしまったのだ。

 私が与えたモノが、人々を凄まじい早さで変えていく。

 幾千年、あるいは幾万年を必要とする変化を、ほんの数年で飛び越えてしまった。

 彼等が、失敗し、それでも尚、前に進む。その様な成長の為の気概の成育の機会を丸ごと奪い去ってしまった。


 請われてもいないのに、ソレが善であると、自分の知識を撒き散らした。それは、本当に善きことなのか。


 その答を知ることが、どうしようも無く、恐ろしい。

 自然と視線が下がる。その先には変化した盤面。

『………………あと56手で俺の勝ちだ。十数年振りの勝利だというのに、お前の悪手が明白だと、あまり嬉しくないモノだな………………』

 紫月が溜め息混じりにそう呟く。

 苛立だしげに左耳の後ろを、左後ろ脚で掻く。

『………あの梅とかいう人が、既に答を告げていたのでは無いか、と俺は思うがな』

 本当に、ココでの暮らしの中で、この猫は人間臭くなった。

 遂には私に説教をしようとしているのか。

『お前は俺達を利用した。俺達もお前を利用している。お前が執着しているヒトとやらも、俺達を利用していた。ヒトが利用したのは俺達に限った話ではない。草も木も石もそうだ。お前は奇特な事に自分から利用されることを望んで、その望みは叶った。お前の場合は利用されること自体が、お前の目的だったから妙な事を考えるのだ。もっとヒトを利用しろ。例えば』

 紫月が視線を上げる。

 頭上の月が揺らぐ。

 凄まじい速度で魔力糸が伸ばされ、我らの上を歩くヒトに近付く。紫月が眼を模した魔力膜を展開。その映像が紫色の月に映される。

『あれ程に大きな我らの同胞を持つに至ったヒト。ソレを利用して俺達を集める、とかな。誰かを助けるのが趣味のお前にはお誂え向きじゃないか?』

 紫月の言葉に反応出来ない。

 月に映される男の姿から目を離せない。

 黒瞳黒髪の矮軀。細い手足。

 アイツにそっくりな猫背。

 そして、その男の後ろに迫る人々。

 手には、あれは鎌や鍬か、農具を携えているが、その目的が畑仕事で無いことは明白だ。

 かつて目にした、命を劫掠するヒト特有の暗い炎が、闇夜の中で爛爛としている。

『………………いいのか?あの男。このままでは死ぬぞ』


 奥歯が軋む。ギリリと音が鳴る。

 いつもいつも。どうしてこう、考える時間をくれないのか。

 そんな私を、紫月がせせら笑う。


『その理由は簡単だ。お前が優柔不断だからだよ』


 嗤う猫を置き去りに、既に地上に出た魔力膜の制御を紫月から奪い取る。蜘蛛の巣を作り上げるように、木々に魔力糸を巻き付けて固定。地中の我らを引き抜く楔とする。

 舞い上がる土砂。

 白いホンモノの月光が砂煙にかき消される。

 その中に立つ、獅子にも似た獣が咆哮する。


 是非も無し。

 どの様な理屈を並べようと、目の前で人の命が散る事を私は看過できぬ。

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