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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
83/128

83.幕間。或いは電波猫と紫月

 カタリ、と盤上の駒を進める。

 石杯の上の紫瞳の猫が、クルリと尾を回す。

 白く長い尾が、澄んだ紫の月光に照らされて、艶やかに光る。

 暫し、中空に何かを描くように尾を振った後、盤上の駒の一つを掴み取る。

 ゆっくりと、優雅とさえ言える仕草で駒を進め、私の駒の一つを奪い取る。

 盤面から視線を外してその瞳を覗き込めば、如何にも得意気に瞳を細め、ユラリユラリと尾を揺らす。妙手の様に見えるが、それは罠である。さて、思惑通りに縄張りに入ってきた駒を料理してやろうと、駒の一つを取った時だ。


 探知に反応。取りかけた駒から尾を離し、別の盤に石を置く。

「………見付けた。方角は東南東、距離は60km程だ」

 紫瞳の猫が置かれた石に目をやる。

 暫しの瞑目。

『我も認識した。確かに我らの同胞が囚われている』

 ゆっくりと目を開く。細めた瞳から星の欠片の様な紫色の燐光。

『………多くは無い。お前なら2年もあれば皆を回収出来るだろう』

 そう言って、頭上を見上げる。

 釣られるように私の瞳が、遥か空を覆う紫色の月を捉える。

 淡めくように月の輪郭が揺らいでいる。

 つぶさに見れば、塵にも似た燐光が月に集まる様が見える。

 それは今この時にも集まりつつある魔力の欠片だ。


 かつて、里の皆を救う際に紫瞳の猫から請われた願い。

 それは、遥か地の底に眠る同胞達の回収だった。

 かつてこの地表にあり、今は地下に埋もれた彼等。

 恐らくは動植物の遺骸と共に埋設されたであろうそれらを、我らは探している。

 私の肉体は、あの龍に呑み込まれ、未だに土中にある。

 その肉体から、植物の根のように張り巡らせた魔力糸で、魔力探査に捉えられる微かな魔力を頼りに彼等を探していく。

 

「………やはり、この泥岩層が根源岩なのだろう」

 見付けた魔力の群れを見付ける度に、その位置と方角を記していく。

 盤上の石は、地表で見た暗褐色の泥岩の分布によく似ている。この泥岩の上位に背斜構造をとっている貯留岩層があれば、その地点に水や化石燃料と共に、魔力は集まる。それを我らは「巣」と呼んでいる。

 

 墓、そう言い換えても良いかも知れない。

 数多の生物の遺骸と共に、それらはあるのだから。

 それ故に、我らの所業は一種の墓暴き、と言えるかも知れない。

 それでも、暴かれる彼ら自身がそれを願う以上、私としては反対する理由は無い。

 物言わぬ死者達の中に埋もれながら、それでも意思を見失わない魔力を救う、その様に言い換えれば、少しは面目も立つのであろうか。

 いや。頭を振って考えを捨てる。

 言葉遊びに過ぎない。どの様な美辞麗句で着飾っても、やっていることは同じだ。

 淡々と、バックグラウンドに回収と、集積地点の捜索を新たにコマンドする。

 既に見付けた魔力の「巣」は20を超える。彼らの回収にも慣れた。

 

 空いた思考領域を、暇潰しに行っている駒遊びに戻す。

 さて、どんな局面であったか、それを思い出す。

 伸ばした尾で駒を進め、いよいよ罠を仕掛ける。

 その一手に紫瞳の猫の表情が歪む。

 その様を淡々と観察する。


 成長している。

 間違いない。


 原因は分からない。

 数多の血肉に混じったことか。それとも、私といるためか。

 だが、確実にこのナニカは知性体としての特性を得つつある。

 思考すること、ソレに楽しみを覚えること。

 無機物めいた、不気味さが日に日に薄れていく。

 コレは此方に近付いている。


 思わず、口角が上がる。

 私の罠に気付いたソレが、唸りながら次手を考える。

 その様を見て、ふと、思い付く。


「なぁ、お前。名前が欲しくないか?」


 そんな申し出が私の口から滑り出る。

 その言葉に、私自身が驚く。なんの蓋然性も利益も無い。それなのにどうしてこんなことを口走ったか。


『名、か。それは既にあるだろう。他ならぬお前が名付けたはずだ、魔力、とな』

 私の言葉に気のない返事を返す。視線は盤上を捉えたまま揺るがない。

「………いや、確かにそうだが………」

 何故だろうか。理由を見付けられないまま、口ごもる。

 理屈では無く、感情に依る何かが、紫瞳の猫の言葉に違和感を訴える。

 盤面を睨む猫の姿を見ながら、少し考える。

 名。それはその者がその者であるという、最初の証だ。

 先程、猫は「魔力」が名であると言った。きっと、それは正しい。だが、その正しさとは、私が「猫」と呼ばれる事が正しいことと同じである。私が名付けたいのは。


 ああ、そうか。

 ルイオディウと呼ばれていた少女に、春陽という名を返した時と同じだ。

 私は、この猫を「誰か」では無く、「誰」にしたいのだ。

 思わず、喉の奥が鳴る。きっと私をトラと名付けたボースンも同じ気持ちだったのかも知れない。

 遍在する何かでは無い。お前を見ている、呼んでいる、そう言う気持ちの表れだ。

 きっと私はこの猫と友達になりたいのだ。 


 未だに次手を考える猫を見ながら、その名を考える。ついでに、嫌がるかも知れない、コイツの口説き方も。


………

………………

………………………………


「紫月、また巣を見付けた」

 あれからどれだけ月日が経ったか、もう忘れてしまった。

 何処までも伸ばした魔力糸で、巣を回収していく。


 紫月、そう呼ばれた紫色の瞳をした猫が、頷く。その目はまだ盤面に釘付けだ。

 最近はやり取りも慣れた。

 二匹しかいないこの場所で、延々と遊びに興じながら、ゆっくりと大きくなる魔晶石を見守る。

 遥か空を覆う程に成長した、魔晶石。その光を目で追う。


『………なぁ、トラよ』

 気付けば、紫月が私を呼ぶ。なんだ、と軽く返す。盤面に変化は無い。私の手番にはまだ早いはずたが。

『お前が地表に置いてきたイキモノ達、人間、と言ったか。アイツらへの未練は無いのか?』

 日々、成長する紫月。最近では感情めいたものも見せ始めている。そんな紫月が遂に、そんなことを問うた。

「………私が言うのも何だか。今さらに過ぎる」

 自分でも思った以上に優しい声がする。

「私が直接、育てた子らはもうずっと前に天寿を全うしているよ。今、我らの上で生活しているのは、その孫の孫位だろう。それに」

 脳裏に浮かぶのは、子らに囲まれていた騒がしい日々だ。

 幸せな時間だった。本当に。だからだ。

「私は幸せだった。それにさ、いつまでも年寄りが偉そうにしていると、子供には煙たがられる。皆を守って果てた、格好の良い親、そんな風に見送られて、私は満足だよ」

 気にしなくて良いと、付け足した後、少しだけ考え直して言葉を足す。


「………まぁ、子らの子孫だ。もしどうしても助けてくれと呼ばれたら、また地上に行くのも悪くは無い、かも知れないな」


 

 


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