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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
82/128

82.電波猫の子どもたち

「アアアアアアアアァァァ!!!!!」

 ナニ、なに、何、ナニ。

 ワタシ、私達、ワタシ、ワタシタチ、ワタシ。

 救う。ツカマエル。逃げなくては。ナニ。

 

「そう、吼えるな。全く、永くこの世にいるが、自分からこんな所に来たイキモノは初めてだ。本当に、お前には驚かされてばかりだよ。今、直す」


 ナニ。ナニカ。ナニカ ガ ツナガル。

 痛い。悲しい。怖い。寂しい。辛い。寒い。

 何だ、何だこれは。


「………受け容れろ。イキモノにとって、その痛みは初めてのモノでもあるまいに」

 

 無明の闇に紫色が灯る。

 

「少しはマシになったか。では移動しよう。ここは少し、近すぎる」


 パチリ、と画面が切り替わる。そう、錯覚する。


 気が付けば、そこは、あの紫色の月の下。

 凪いだ湖面に立つ、石杯の如き巌に寝そべる。

 対面には紫瞳の猫。

 長い尾を孤月の如く揺らしている。

「トラ、と呼べば良いのだろう?」

 そう、問われる。

 肯く。

「ワタシでも分かる。お前は馬鹿だ」

 呆れた口調でそう呟く。

 壊れた人形の様に、私はそれを首肯する。

「………調整が甘かったか。少し待て。あぁ、大丈夫だ。ココに時間は無い。と言っても、今は分からないだろうが」

 紫瞳の猫が爪を差し出す。

 ズプリ、と脳髄に差し込まれる。

「………やはり、自分たちに無いものを弄るのは難しいな。恐らく、これが自我というヤツだろうか。では、ココは自壊する前に戻す。収集していたデータの方は、一旦、記憶とは切り離して圧縮する。多少、破損するかも知れないが、また発狂するよりはマシだろう。ワタシたちを使っていた部分も一度、魔晶石に格納する。後は………」

 ブツブツと呟きながら私の脳髄を掻き回す猫を見る。

 随分と人間臭くなった様に感じる。

 言葉と行動の一つ一つに、生物めいた無駄を感じる。

 コイツは、もっと出来損ないの木偶人形のようなナニカでは無かったか?


「………トラ?聞こえるか?」

 聞こえる。

 声が出ない。

「………なるほど、ここの弦を鳴らして発声するのか。上手く出来ている」

 喉元に紫色の爪が差し込まれる。

 それが引き抜かれると同時に、自分の声帯からニァー、と音がする。

「そろそろ、起きろ。ココでは私たちの助けが無くても話せるはずだ」

 話す。話す、とは何だったか。

「ハナス ドウスル?」

 紫色の瞳の猫が、ガックリと頭を落とす。

 苛立だし気に前脚で頭を搔く。

「………あぁ、もう。これではいつかの逆では無いか」

 猫がクルリと体を回す。

 長い尾が左から回ってきて、私の頬を打った。

 豊かな毛に撫でられて、ポスリと小さな音がする。


 軽い接触。

 それでも、それは「他者」を認識し、「自分」を縁取る。

 流れ込む、流れ込む。

 衝撃波と共に里を覆った白い火山灰。迫る岩屑なだれ。山中に点在する救うべき人々。推定流路のど真ん中に位置する里からの退避方法。必要な熱量。何よりも足りない時間。

 空白となった自我に、圧倒的な量の課題が流れ込む。

 身を焼かれる程の焦燥。

 

 咆哮する。

 一瞬でも早く、我を現世に戻せと希う。


「落ち着け。ココに時間は無い」

 ひどく、平坦な、紫瞳の猫の声がそれを留める。

 それでも拭いきれぬ、焦り。

「端的に言おう。今、この瞬間にお前を戻しても、お前の望みは適わない」

 分かっている。ソレは既に分かっているのだ。

「………………落ち着け、トラ」

 再度、窘められる。

 此方を見詰める紫色の瞳が、何時にない熱を帯びる。

「お前とワタシは同じモノだ。だからこそ、お前だけでは出来ない事でも、ワタシが力を貸せば話は別だ」

 チリチリと音がする。

 紫瞳の猫を中心に稲妻の様に魔力が迸る。

 頭上に延び、湖面を打ち、そして荒れ狂う魔力が偽りの月よりも輝く。

「………………分かるだろう。お前に貸していない魔力、その力が」

 これが、そうだと言うのか。

 見くびっていた、この猫は、いやこの猫たちは、どれ程までに。

「契約の更新だ。今のお前に応じた力をくれてやる。だから………………」

 どこか、羞じらう様、臆する様に、紫瞳の猫が願いを告げる。


 是非も無し。



………

………………

………………………………



 魔力尾が荒れ狂う。

 否や、ソレは既に実在を帯びる。

 紫色の稲妻が、我が身から迸る。

 雷鳴を轟かせて里人を補足する。

 全ての音を、動きを、置き去りに、魔力を最大展開。

 里の中心、そこに置かれた巨石の周りに、拭いきれぬオゾン臭。

 既に全ての里人は我らの手の内にある。


 粘性を増した時間の中。

 冠雪した山中から、身を捻れさせる龍が迫る。

 伝説の龍にも似る、川筋を流れ下る褐色の土砂。

 全てを打ち砕き、呑み込み、ただ濛々たる尾を空に漲らせる。

 大木が、或いはその一欠片のみで泰山と呼べる石塊が、真っ白な煙を伴って迫り来る。

 圧倒的な質量と速度。

 正に神たる山の怒り、その具現か。

 既に龍は平野をも呑み込む。

 山腹には龍の通り抜けた穴が黒々とした咬み痕を残す。


 アバランシュバレーだ、と脳の冷えた部分が解析する。

 崩壊した山体が、地面すらも削り取り、呑み込みながら成長する。

 肥大した体積と質量。位置エネルギーから駆動される運動エネルギーの全てを消費しきるまで、あの龍は止まらない。

 

 静かだった。

 その龍は、その力を、威容を何処までも示しながら、ただ静かに此方に迫る。

 ソレに呑まれれば、或いは触れるだけでも五体など砕け散るであろう死の流れは、何処までも静かに、そして何よりも早く近づいてくる。


 展開した魔力を地面に叩きつける。

 黒土を焼き焦がし、踏み締めた四肢で大穴を空ける。

 跳ばす。

 里人全てを、大きく投げ飛ばす。その先には魔力膜で編んだ網。

 トラの里、と呼ばれる地の近くで受け止める。


 蘇るかつての思い出。

 地面に突き刺さった魔力尾と、宙吊りになった私。

 

「………………だからな、春陽。梃子の原理でも、レバールールでも、何だったらモーメント則でも、呼び方は何でも良い。重要であるのは、重心よりも下にあるモノを持ち上げるのは、頗る非効率なのだ。上や横からの荷重には耐えられる。魔力で踏ん張れば良いのだから、しかし、自重だけはどうにもならん。位置エネルギーを充填する事が出来ないと、モノを持ち上げることは出来ないのだ。そして、私のような軽い生き物の自重を天秤の片側に置く限り、それは精々が数十kgなんだよ」

 分かったのか、分かってないのか、不思議な顔をする春陽の顔。

 そういうことだ。皆を逃がす為には支点がいる。

 里人全てを放り投げ、それでも揺るがぬ支点。

 ソレは、魔力の放出源たる私を於いてない。

 

 嗚呼、あの頃の春陽は本当に可愛かった。

 

 励起された魔力は正しく出力された。

 魔力網の中、全ての里人が無事に捉えられる。

 ソレを認めたのだろう、梅の魔晶石の反応が疾風のように春陽のソレに近付いていく。

 

 きっと、大丈夫。

 私の育てた子達だ。きっと仲良く、優しい世界を作ってくれる。 


 目前に龍が迫る。

 それから逃げる術は無い。もう全部使ってしまった。

 その顎に砕かれる刹那、私の名を呼ぶ子らの声が聞こえた気がした。









ココで終わりでも良いかなぁ、とは思っています。

が、しかし、まだ続きます。

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