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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
81/128

81.電波猫と山体崩壊

 チリリ、と後ろ毛が逆立つ。

 反射的に戸外に視線を向ける。

 灰色の厚い雲が、速い風に流される。その随に、南方に聳える高山が見える。

 冠雪した山頂から、黒々とした山麓までが、一瞬だけ見通せる。

 

 まただ。

 何かがおかしい。

 名状し難い焦燥感が、常に付き纏う。

 そして、その感覚にじらされる度に、視線はあの山に向かってしまう。

 何か、何かが起きている。否、起きようとしているのか。

 手遅れなのか、それすらも分からない。

 今日だけで何度目になるのかも分からないセルフチェック。

 全ての結果がグリーン。

 感覚器官、駆動系、倫理回路に至るまで、全てを調べ上げても、何も出てこない。

 異常は無い。

 少なくとも、私の設計者が予期した異常は。

 なのに、この感覚は何だ。

 まるで目には見えぬ魔物に心の臓を掴まれているかのような、漠然たる不安。

 おかしい。何かがおかしい。

 思考が逸れる。こんな時、春陽であれば或いは。


「トラー?ご飯食べないの?」

 その一言で意識が現実に戻ってくる。

 見れば、子らは皆、朝食を食べ終えている。

 私の異常に気付いてか、不安げな目で此方を見ている。

「………あぁ、済まない。少し寝ぼけていた」

 手早く朝飯を掻き込んで、今日は風も強いし、天気も荒れそうだ、と伝える。

「………外で遊んでいても良いが、あまり遠くまで行ってはダメだ。雨が降ってきたら直ぐに帰って来なさい」

 常ならば一斉に飛び出す子らの足が重い。自分の食器を厨に運び、その後、一人、また一人と近寄ってくる。

「………どうした?食器は私が洗っておくから、大丈夫だ。遊びに行っておいで」

 私の言葉への反応も鈍い。各々が思い思いの距離を保ちつつ、私を取り囲む。

 その内、一人が私に抱き着いた。

「………………………………」

 私の首に顔を埋めるように、正面から抱き締められる。

 言葉も無く、強く、強く抱きつかれる。

「………………どうしたのだ雪花?まるで赤子の様になって」

 揶揄う様な声音でそう尋ねる。

 恥ずかしがるように離れていく事を期待していた。しかし。


 予想に反して、更に強く抱き着かれる。

 その様子を見ていた他の子らも、ゆっくりと近付いては、私の体に抱き着く。

 気付けば部屋の子らが皆、私に抱き着いて、まるで押しくら饅頭の様な有様だ。

「………………どうしたのだ?みんなして。そんなに押されると、私が煎餅になってしまうだろ?」

 取り成す様にそう言って、けれども誰も離れようとしない。

 子らの体温を感じながら、自然と視線は外に向かう。

 既に色付き始めた木々。

 実りの秋だ。今年は稲も豊作だった。

 何も不安は無い。無いはずなのだ。

 誰でも無い。私自身にそう言い聞かせる。


………………

………………………………

………………………………………………


 カチリ、と魔力糸に反応があった。

 里の入り口近く、常ならば御堂に向かう人の感知の為に張っている魔力糸。しかし、その反応は何時になく荒々しい。それは、後ろ髪を引かれる思いのままに御堂に向かう人の物では無い。駆けるように踏み抜くその反応は、恐らく。

「………………梅。済まぬ。急用が出来た、後は任せて良いだろうか?」

 共に畠に出ていた梅にそう告げる。既に駆動系には魔力が満ち、駆け出す刹那。

「待て!」

 常に無い梅の恫喝が私を止めた。

「何だ?恐らく、事は急を要する」

 だから。と続け様とした。しかし。

「だからだ!トラ!俺は肚を決めた。せめてそれを聴いていけ!」

 梅の顔を見る。昔から色白な子だった。これだけ野良仕事に付き合わせても、首もとに、うなじに、かつての面影が残っている。

 それらの全てを紅潮させて、叫ぶ。

「里から人が駆けてきている。春陽の婆も漸く気付いたんだろう。だが、今回は」

 そこで、梅は言い淀む。分かる、分かってしまう。私も梅も、きっと同じ事を感じているから。

「トラ。お前でも死ぬ。それでも行くんだろう!?」

 間髪入れず肯く。

「だからだ。俺の話を聞いていけ」

 大きく、大きく息を吸い込む。

「衣食足りて礼節を知る、そうだな!?」

 瞠目する。それは私の渡した字引に載せた一節。真意を測りかねる。困惑が脳裏をよぎる。それでも梅は待ってくれない。怒声にも似た咆哮が続く。

「ならば、俺達は生きる。豚の様だと罵られようと知った事じゃねぇ!生きなくては、そんなご大層な説教すら聞けねぇからな!だからだ!」

 睨まれる。呪詛を込めたような、憤怒を込めた表情を浮かべる梅は、真っ直ぐに私を睨む。

「お前が残したモノは全部つかって!惨めったらしく!それでも、俺達は生きる事を選ぶ!」

 そう言い放つ。握り締めた右手が真っ白になっている。

 根本だけが残った、萎びた左手は肌衣の中でユラユラと揺れているのみだ。

「………………だから。ここは任せろよ。俺達はもう充分に受け取った。だから、だから」

 一拍。それは瞬き程の間。 

「行け!トラ!」 

 駆け出した。

 一瞥もくれなかった。

 梅を見れば、きっと足が止まってしまう。

 幼子への、私の子らへの、未練に向き合う勇気は無かった。

 梅が押してくれた背。

 その熱だけを頼りに里に向かって弾丸の様に駆けていく。


………………………………

………………

………


「トラ!」

 春陽が悲鳴のような声を上げる。

「分かっている。里の外に出た者は何人いる!?」

 100人程だ、と春陽の傍らに立つ嵐が告げる。

「………止めた。でも聞いてくれなかった。ごめん」

「分かっている。大丈夫だ、なんとかしてみせる」

 強がりも度が過ぎる。そんな数の人を山中から見付け出し、何が起こるかも知れぬ今、それを救うだと。自分の虚勢に吐き気がするようだ。

 しかし、それでもやるしか、


 突然に、雪が降った。そう、錯覚した。

 それは僅かに熱を帯びた火山灰か。

 颶風と共に吹き荒れる。その勢いに圧倒される。

 思考が加速する。

 念の為、そう思いながらも、使うと確信していた交戦回路が、外的要因で起動する。


 皆が集まった里の広場。

 細雪の様に。

 皆が一斉に押し黙る。

 その中で。


 魔力で拡張した索敵系を全力で出力。

 生身が焼け焦げる感覚と共に処理しきれぬ程の反応が返ってくる。

 中心は里。磁北から時計回りに、索敵系を振り回す。

 12°、16°、34°、43°から51°付近に反応多数、………………。

 魔力尾を展開。

 全ての反応に向かって、尾を伸ばす。

 強制暴走された交戦回路からエラー。


 自壊する。承知の上だ。

 焼き切れる、私の全てが。知っている、覚悟の上だ。


 拡張された視野が御山を捉える。

 空高く、たなびく灰神楽。

 それを置き去りに、蛇のように此方に迫る褐色の帯。

 勇壮ですらあった山頂は、抉られたかのように窪んでいる。


 山体崩壊。

 

 ライブラリからノイズの様な信号。優先度は最低ランク。稼働時間内で遭遇する可能性は僅少。ましてや、その状況下での人命救助など、想定すらされていない。


 吼える。


 ノイズの全てを消却。

 全てのリソースを費やして、人的被害を最小限に抑える解を模索する。

 無数に伸ばした魔力尾が、自壊していく。

 制御系の処理能力を上回る。

 己の心拍すら止めて、力尽くで押さえ付ける。


 魔力尾に感触。

 3、8。群れを捉える56。

 それでもまだ足りぬ。

 

 崩壊が発生してどれ程経った?

 初動は土煙に覆われて確認できていない。

 ライブラリから応答。通常の岩屑なだれの最高速度は100km/hを超える。

 既に流れは渓谷に入った。流動速度は最高値をマークしていてもおかしくない。

  脳裏に地形図を描く。

 水平距離で20km弱。

 つまり、あと10分強でここもアレに呑み込まれる。

 

 脳髄を魔力で創造する。

 並列起動を想定していない器官を無理矢理に接続。

 ソフト上での免疫が暴走する前に、必要な部分を残して自殺。

 自殺領域を処理回路で上書きして、更にリソースを稼ぐ。

 瞬きの間に世界を創造した悪魔を夢想する。

 ソフト面での圧倒的なリソース不足を、魔力で増設したハードで補う。

 干渉すべきでないそれらが触れ合う。

 

 増設を繰り返した脳髄が、暴走しつつも思考を継続する。

 自我が崩壊し始める

 今、私は、何人いる?


 魔力尾に感触。捕まえる。索敵系で二度の走査。空振り。

 迫る高速度の土砂を掠める。夥しいエラー。領域ごと抹殺して、更にリソースを


 




 プツリと、何かが切れる音がした。















………

………………

………………………………







「………よう。またあったな」

 無明から、声が聞こえる。

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