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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
80/128

80.電波猫と遠足

 長かった梅雨も漸く明け、夏の気配が日に日に増していく。

 端的に言えば、暑くなったし、日差しが強くなった。

 そうなれば、心配になるのが熱中症である。

「おーい、皆の者。そろそろ一度、家に戻って水を飲め」

 はーい、とあちこちで声が上がり、皆がゾロゾロと集まってくる。順次、戻ってくる子らを一人一人数え上げて、全員が戻って来たことを確認する。

 子らの後に続いて、家の中に入る。家中の戸を開いてあるので風通しが良い。高い天井に暖気は溜まっていき、床の上に寝そべればヒンヤリと冷たい。

 子らが水を飲んでは、庭先へと駆けていく。その後ろ姿に声を掛ける。

「喉が渇いたと思う前に水を飲むのだぞ!のぼせた者がいたら、兎に角、水を掛けて冷やしてやれ!」

 はーい、と応える声は既に弾んでいる。毎日の様に繰り返している忠告だ、私も子らも、それが既に一種の挨拶となっている。

「………大変そうね、トラ」

 カラカラと車輪を回しながら六花が近付いてくる。

「………ああ、六花か。済まぬ、わざわざ呼んでおいて、碌な持てなしも出来なくて。不都合は無かったか?」

 私の言葉にフフフッと軽やかに笑う。豊かな黒髪を揺らしながらコロコロと笑う。昔からよく笑う子だ。そして本当に朗らかに、楽しそうに笑う。彼女の微笑みで幾人が救われただろう。そんなことすら考えてしまうほどに。

「トラ、私だってついこの間までこの中にいたのを忘れたの?」

 六花の言葉に私は肩を竦める。

「だからだよ、子らの中にはお主の顔を知っている者はまだいる。六花お姉ちゃん、が帰ってきたらそれこそ騒ぎになる」

 そこまで一息に言って、溜め息を一つ。

「まあ、お主が自分から戻ってきた時ならそれでも構わないとは思うのだがな。今回は私がお願いしているから、気の一つも使わんと」

 私の言葉に六花は大仰に手を組む。

「そうだよねぇ!私ってやっぱり人気者だしねぇ!」

 その仕草が、少なからず演技に依ることを知っている。全く持って気を回す子だ。昔からそうだった。両脚がない事がそうさせるのか、常に周囲に迷惑を掛けないように、気を回す子だった。そうやって気を回してくれる姿を頼もしく思う。しかし、既に巣立った子に助けを求めるとき、どうしようも無い無力感を感じてしまう。出来れば、私の家を巣立った皆には、私の求めに応じてでは無く、もっと気軽に里帰りできるような、そんな………。


「こら!トラはまた直ぐに下を向いて!めっ、だよ!」

 そんなことを言って私の頭を小突く。ふむりと、やはり思案に暮れてしまう。それすらも見抜かれて。

「気にしないでよ。ホントにさ。トラに頼られるって、なんかすごい光栄なことみたいでさ、結構、巣立った子達の中で自慢できる事なんだからさ」

 え、そうなのか。

「いやしかし、いや、まぁ、お主達がそれでいいなら良いのだけど………………」

 結局、もにゃもにゃとした言い訳が口の中で行き場を失う。


 六花に任せたのは乳飲み子達の世話だ。グズればあやし、刻限が来れば乳を与え、適宜、襁褓を替えてやる。言葉にすればそれだけだが、私の平常時の思考と実働の半分はそれに費やされている。それを六花に任せたのには、当然のように理由がある。

 まずはその一つ目、梅の塒を訪ねる。

「おーい、梅やーい」

 玄関先で何度か呼ぶと、眠そうな梅が出てくる。

「………何の用だよ?」

 挨拶も抜きに本題に入る。無礼とも無骨とも取れるその態度を、私は好ましく思っている。なぜなら、そんな態度故に此方の要件を直裁に申し出ることが出来るからだ。

「済まんが、墨を作り足しておいてくれ、あの字引を読み解いたお主なら容易かろう」

 梅が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 無視。

「では、任せたぞ。明日からはまた雨が続くだろう、今日中に出来るだけ作っておいてくれ、材料は納屋にある」

 まて、と呼ぶ梅に追撃。

「どうした?それ位、お主には朝飯前だと思っていたが、荷が重かったか?」

 声にならぬうめき声を上げる梅。

 煩悶するような表情を見せた後に、肚を括った顔をする。

「………この糞タヌキが。やってやるよ」

 話は付いた。


「おーい、皆よ。昼餉の後は海に行くぞ」

 六花と梅に手伝いを頼んだ上での用事。それは遠足である。


 荷車の上に子らを載せて、家から海岸まで開いた木道をガタガタと行く。階段では無く、緩い傾斜のスロープとなっているので、その気になれば、子らだけでも行けなくは無い。ただ、荷車でも事故が起きないようにと、傾斜を押さえて折り返しを多く取った道筋は、ひどく長く、子供の足では海に着くまでに日が暮れる。


 無論、私が曳けば話は別だ。

 遠く見えていた海がグングンと近くなる。

 カーブではわざわざ荷車の尻を振ってガタガタさせる。

 暑さの中を風を切って進む。

 荷車に乗った子らから、きゃあきゃあと歓声が上がる。それが私にとっても、とても楽しい。


 物の10分程で海岸に降りる。

 荷車に乗っていた子らが、蜘蛛の子を散らす様に散けていく。脱ぎ捨てられた靴があちこちに飛び交う。遊びの時間は限られていることを、彼等は知っている。

 その姿を見遣りながら、海岸に設置してある囲炉裏に、持ってきた甕を並べていく。一つ一つが大人が立ち上がった程に高い、大きな甕だ。それらを20個程並べると、魔力尾で海水を甕の中に注ぎ込む。囲炉裏の中に、手近な木から切り出した薪を放り込んで火を付けた。

 海辺の遠足、というのは塩作りの副産物だ。

 重い塩を運ぶのは、今の所、私しか出来ないし、かと言ってチマチマと作るには我が家の家族は多すぎる。一月から二月に一度ほどの頻度で海に来ては、こうして塩を作っている。

 時折、薪を足していく他はやることが無い。子らの様子をぼんやりと見る。


 海に踝まで浸かって波と戯れる者たち。

 砂浜をキャンパスに大きな絵を描こうとする者たち。

 足場の悪い砂浜を跳ぶ様に駆けては、鬼事に興じる子達。

 どの子らも、夏の青空の中で楽しそうに遊んでいる。

 幸せだな、と思う。

 自分の尻尾がフリフリと揺れている事を自覚する。


 浜辺は視界が広くて皆を見渡せる。それに、子らは海が好きである。春陽を始め、何故そんなに心引かれるのかは分からないけれど、水に砂にと、あらゆる物を遊具として燥ぐ姿は、見ているだけでも心が躍る。


 とは言え。

 魔力尾を伸ばして、波にさらわれそうになっている童を引き留める。胸の高い位置に巻き付けた魔力尾をゆっくりと引き戻し、足の付く所まで戻してやる。

「余り遠くまで泳いでは危ない、流されれば魚の餌にされてしまうぞー」

 私の言葉がどれだけ届いているのかは不安だが、此方に向かって、トラー、ありがとー、と叫んだ後に、またしても泳いで行く。

 やはり、余り気を抜きすぎることは出来ない。


「ねぇ、トラー。いまいい?」

 子らの中でも比較的年嵩な男の子がトコトコと近付いて来ては、問い掛ける。名を夏彦と言う。我が家の子らの中では珍しく、四肢の揃った子だ。その割に、ノンビリとしているというか、細かいことに頓着しないと言うか、よく他の子らに玩具などを獲られては泣きつきに来る。

「どうした夏彦。また雪花あたりにいじめられたのか?」

 フリフリと首を振って否定する。

 そのまま、固めた両手を前にかざして、開く。

「あっちの方にね、こんな黒いのがいっぱいあるんだ。こっちは白いのばっかりなのに、何でだろう」

 ほう、と感嘆する。

 その手に握られているのは、黒色の砂だ。

「夏彦は周りをよく見ているな。確かに、あちらとこちらでは砂の色が全然違う。では、もう少し高いところを見て、違うところが無いか探してごらん」

「高いところ?うん、わかった」

 そう、言い残して、またトテトテと歩いて行く。高いところと聞いて、何を思ったのか空を見上げる。そこでは無いぞ、と言いかけて口を噤む。

 なに、推理小説の冒頭で犯人を教えられるのは、快い体験では無い。

 あちこちをキョロキョロと見渡す夏彦を目の端に捕らえながら、溺れる子らを引き戻し、ゆっくりと潮風に当たる。ぐつぐつと沸く甕から上澄みを捨て、新しく海水を足す。

 陽当たりの良い砂浜に横たわり、ゆっくりと間延びした時間を満喫する。


 甕の中に溜まった塩を見る。未だに煮え立つにがりを捨てて、運搬用の甕の中に中身を移し替える。目標の8割程が出来た。残りも、いま煮え立つ甕から移し替えれば充分であろう。

 日を見遣る。西に広がる海にゆっくりと日が傾いていく。海岸は見通しがよく、日暮れ間際になっても明るいが、家に帰り着く頃には、木々の間に日が埋もれて、既に薄暗くなっているだろう。夕飯の支度を考えれば、そろそろ子らを集めに掛かった方が良いかも知れない。

 さて、未だに遊びに興じる子らを、何と言って呼び戻すかな、そんな事を考えていたときである。

「トラー。あのさぁ」

 いつの間にか、近くに寄ってきていた夏彦が此方を呼ぶ。

「どうした夏彦。何か分かったか?」

 一旦、思考を中断し、夏彦に向き合う。その両手には、拳大の石が握られている。

「あのね、見てたらね。白い砂の所にはこんな石しか無いんだよ」

 そう言って、右手に握った石を渡してくる。それを魔力尾で捉えて、眺める。白地に褐色の縞の入った石。縞の部分は微かに粗い砂が混じる。白地の部分は殆どが細粒な石英と長石、また、それらの粒子の間を埋めるように苦灰石が晶出している。典型的な海成砂泥層に見える。それを礼と共に夏彦に返す。間髪入れずにもう一方の石を手渡される。

 一目見た印象は黒く、ゴツゴツとした巌の欠片だ。所々に気泡が浮き、それらの中に杏仁鉱物であろう、苦土灰石が見て取れる。海岸近くで獲った物であるのでそれは、よいとする。

 夏彦に、少し切っても良いか、と断りを入れる。

 大きく肯くその姿を認めてから、魔力尾で二分にする。

 傾いた陽光の中で、爪先程の斜長石が煌めく。微かに黄色味を帯びた鉱物は直方輝石か、いや、単斜輝石かも知れぬ。どうも随分と鉄が多い石のようだ。立方体状の鉄鉱が多く含まれ、橄欖石も褐色味を帯びている。それらの斑晶を埋めるように、火山ガラスが鈍く光る。

 と、しげしげと見てみたが、真新しい事はそれ程多くは無い。家の建材に、或いは鍋釜に使っている、いつもの溶岩である。

 とは言え、それを直裁に夏彦に伝えることは憚られる。

「ふむ。随分と黒い石だのう。何処で見付けたのだ?」

 あっちの方、と砂浜の南を指差す。

「ほうほう。それで、黒い砂の謎は解けたのかな?」

 そう促すと、立て板に水を流すように語り始める。

 曰く、この黒い石の周りに黒い砂が散っている。黒い岩が、蜷局を巻く蛇のように海岸にせり出しているところには、白い砂は無く、ただ黒い砂のみがある。黒い石には、透明な石も含まれているのに、波打ち際には本当に真っ黒な砂粒のみが集まっている。等々。

「だからね、トラ!きっとね、本当に真っ黒な砂粒だけが黒い石から零れて集まって、それで黒い浜辺を作っているんだよ!!」

 知っている。その黒い砂が赤鉄鉱、ないしは磁鉄鉱だと。それらが波打ち際に集まるのは、それらの比重が他の鉱物に比べて重いからだと。だけど。

「すごいな。夏彦は砂の色の違いからそこまで考えたのか。本当に賢い子だ」

 そう言って、夏彦の頭を撫でる。

 科学、とそう呼んで良いのかは分からない。数多の実験と考察と、推論と実証と、それらの積み重なりを知っている者には、「当たり前」の様にも思える。それでも、自らの目で、耳で、足で、それらを結び付けた者には最大の敬意を払うべきだと、私は思う。

 別に、我が子可愛さの贔屓では無いと思っている。


………

………………………………

………………………………………………………………


「まぁ、そんな事があったのだよ」

 夜半すぎ。今日も一日中、作業をしっぱなしだったのだろう。身体中を煤塗れにした梅に、海辺での話を聞かせる。

 味噌汁をズズリ、と啜りながら梅が問う。

「………………だから、なんだよ………………」

 疲れているのだろう。常に増してうんざりとした口調でそう返す。

「分からんか。鉄を多く含んだ溶岩が都合良く湾を作っている。天然の比重選別によって、鉄鉱類、しかも硫黄の混じっていない砂鉄が集まっている浜を見付けたのだよ、夏彦は」

 そこまで言って、梅の反応を見る。

 一拍、二拍。先に溜め息を吐き出したのは梅だった。

「………………なるほど、製鉄、とやらの準備が出来たわけだ。炉には石英砂を使うつもりか?」 

 そうだ、と肯く。

 腐れた態度とは裏腹に、梅は字引をよく読んでいる。

「………そうだ。準備は出来た。やろうと思えば、明日にも鋳鉄を拵えられるだろう」

 お互いに、肚を探り合う様に視線を交わす。

 今度は、私が先に溜め息を付いた。

「梅。お前の目からはどう見える?里の者は未だに獣獲りを生活の糧とする中で、我らは農耕を始め、更には鉄器にすらも手が届く。余りにも不自然だとは思わないか?」

 窺う様に視線を送る。それを遮る様に、梅は椀を深く傾けて表情を隠す。ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らして椀を空にする。

 そのまま、手元に遣った椀の中に暫しの間、視線を落とす。


 互いに言葉は無い。

 ただ、鈴虫の鳴き声が室内を満たした。


「………………どうとも、思わない。正直に言えば、な」

 常に無く、丸めた背。未だに椀の奥底を覗くように、梅はそう零す。言葉の真意を問うように、そのまま押し黙る。

「この里にいるのは、皆、里では生きられない子達だ。そんな俺達が、里に比べて楽をしているとか、先を生きているとか、そんな事を考える必要があるとは思えない。俺達は俺達が出来る範囲で生きているし、生きるために楽をすることが悪いとは、これっぽっちも思わない。それこそ、いつまでも石塊を使って生きている里人など、自業自得も良いところだ、とすら思う」


 強い言葉とは裏腹に、梅の背は丸まったままだ。

 梅の言葉を聞く。またしても、沈黙の帳が落ちる。


「………………トラ。何故、俺にそれを問う?」

 梅が唾を呑み込む。静かな室内に、ゴクリと、小さく響く。

「………………アンタが、その話をするべき相手は、春陽の婆じゃないのか?」

 俯いた顔。下から見上げる様に私を睨む。

 ポツリと、雨粒が屋根を叩く音。遂に降り出したか。


 雨粒の二滴目に合わせた。


 極限まで密度を薄めた魔力鎌で梅の首を狙う。

 最速で振るったその鎌は、狂い無く白い首筋に吸い込まれ。


 硬質な音と共に弾かれた。


「………………それが答えだ、梅。春陽は老いた。今、この世で私を止められる者はお主しか居ない。そして、お前は知っている筈だ。鉄に手を出せば、もう止まれない。私の知る世界で何万という年月を掛けて醸成された人の歴史を、一足で踏み越える事となる。人の手では無く、言葉を話す獣の手によって」

 瞠目した梅の目には、紛う事なき紫色の燐光。体表に張られた魔力膜と魔力鎌が擦れ合って、ギチギチと鳴る。

「故に問う。本来であれば血を流し、屍肉を積み重ねて辿り着く筈の場所へ、ただ家畜のように導かれることを、お前達人間が良しとするか、否か」

 魔力鎌を解く。

 自らの前に置いた椀から、水を舐め取る。

「………………考えろ。どの様な答でも私は構わない。お前が私の首を欲しがるのであれば、抵抗はしない。刻限は、春陽が里を開くか否かを決めるまでだ」

 雨音が響く。

 堰を切った様に、打ち付ける雨粒。それらが反響して、先程までの静けさは、既に気配も無い。

 梅に背を向ける。ゆっくりと尾を振りながら、寝床に進む。

 

 期待していた攻撃は、終ぞ、追っては来なかった。

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