8.電波猫と魔晶石
泥の味のする血を啜り終えて、何とか動く体に鞭打っては、かつての追跡者である熊を解体する。未だ足りない熱量で騙し騙し爪を強化し、剛毛に覆われた皮を剥いでは、柔らかい腸に頭を突っ込んだ。
いくらほどそうしていただろうか、気付けば骨と僅かな屍肉を残して、熊は我が腑に収まった。
明らかな過食。
しかし、それでも何かが足りないとこの身に宿る魔力が囀る。
無意識に掛けていた魔力探索が、遺骸に残るナニカを探知する。
心の臓のやや右、ほぼ正中に位置するそこを食い破れば、そこには赤紫色に輝く結晶があった。紫水晶とも石榴石とも異なる深い赤紫。仄かに発光するそれは、六角柱状で、3cm弱、我が足先と同じ程の大きさだ。
喰らえ、と言われた気がした。
否か、それは我の物だったのかも知れぬ。
餓えた様に口腔にそれを納めれば、それは遙かに硬く、食い込む犬歯が罅割れそうだ。犬歯を強化しようと魔力を流し込めば、結晶はまるで溶けるように消えていった。
名状し難い充足感が私を満たした。
欠けていたなにかを取り戻した様に、それは私の一部となった。
それからどれ程が経ったであろうか。私はあの歓喜を再び求めて樹海を彷徨った。あれに比すれば、肉を喰らう歓びなど塵芥に過ぎなかった。可能な限り索敵範囲を広げた探知網が、魔力反射を捉える度、極限まで出力を押さえた熱探知で追尾し、睡眠中を、捕食中を、兎角の隙に付け込んで獣を殺害した。
想念は鎌、薄く、長く、しかし万物を刈り取る魔力膜は、獲物に死を知覚させることもなく、その首を刈り取った。
地に伏した遺骸から、結晶、私はこれを魔晶石と名付けた、を取り込んでは貪り喰った。
その獣は熊であり、猪であり、狐であり、猿であり、狼であった。
ありとあらゆる捕食者が、大小様々な魔晶石を抱えていた。
私は歓喜した。
これ程の歓びが、これ程の美味が、これ程の充足がこの世にあったのか。
この世の全てがこの小さな結晶に内在している気がした。
そこにあるのは原初の衝動だった。
その衝動は私を突き動かし、数多の屍を供物に歓喜の雨をもたらした。
そして今、遙かに濃くなった魔力に突き動かされ、私は新たな獲物を見つけた。
そう遠くはない、今し方登った月が、松葉を掠める高さになるまでには刈り取れるだろう。
かつての熊を想起させる爆音が足元で鳴る。それは私のものに相違なく、いまの私ならば膂力のみでも熊を組み伏せる。
故にそう、組伏すまでもなく地に横たわる猿にも似たアレの命など、呼吸より容易く露となせる。