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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
79/128

79.電波猫とお絵描き

 明け方にポツポツと降り始めた雨が、子らが起き出す頃には地面を抉る様な豪雨となった。灰色の帳を落としたように、太陽も空も、木々の深い緑すらも見渡す事は出来ない。

 これは、外に出るのは無理であろう。まぁ、庭先でずぶ濡れになるくらいなら後で風呂に入れてやれば良いが、滑って転んで怪我でもされれば話は別である。

 四肢に何かしらの欠損がある子らの中には受け身が取りづらい者もいる。擦り傷位で済むならともかく、打ち所が悪ければ命に関わる。まして、足下も泥濘んでいるとなれば、そのまま動けず、といった事もあり得る。索敵系の多くがジャミングされている中で、動けぬ子らを直ぐに見付けられるか、もっと踏み込めば、一人二人ならば良いが、道を違えて森の中で迷い、バラバラ散った子らを探す事すら覚悟せねばならぬ。そうなれば、取りこぼす者が出てもおかしくは無い。

 とは言え、である。

 遊びたい盛りの子らを、庭先から出るな、と言い含めて外に出せば、絶対に、間違いなく、森に入り込む者が出てくる。そして、一人、森に入ったが最後、事態が収集不可能になるまで一瞬であることも、長年の経験から知っている。それを踏まえれば。


「お主ら、今日は酷い雨だ。無用の外出は固く禁ずる」

 朝餉を目前に、眠たげに目を擦りあげる子らにそう言い放つ。

 途端に上がる抗議の声、事態の深刻さを理解した者から怒濤のように反対される。寝ぼけていた童も、年長の者の雰囲気から悟ったのか、イヤー、などと声を上げる。

 いや、お主は意味が分かっているのか、と言いたくなるが、隣に座っていた者が、お外で遊んじゃダメって言ってるの、鬼ごっこも隠れんぼも全部ダメなんだって、とヤケに親切に事情を説明する。多数派工作をするなと言いたいが、言論の自由は万人が有する権利である。仕方なし。それはともかく、その気遣いというか、マメさと言うかは、別の機会に発揮して欲しいものである。


「ヤダ!お外で遊びたい!」

 イヤー、イヤー、と大合唱である。

 反響する声で頭の中が掻き回される。クラクラとしてきて、家が揺れている様な気すらしてくる。

 しかしまぁ、これくらいは予想の範囲内だ。

「分かった、分かった、少し静かにしなさい」

 私が譲歩する姿を見せたことを機敏に察する。

 年長者から口を噤み、隣に座る者に、シーッ、等と静かにする事を勧めていく。ゆっくりと潮が引いていくように、室内が落ち着きを取り戻していく。やはり、私が育てているだけあり、皆、聡明で聞き分けが良い。交渉事の礼儀を弁えている。

 子らの様子に思わず感心する。いや、流石に親バカが過ぎるであろうか。そして寧ろ聡明であるが故に、幼くとも弁舌は立つ。生半可な代替案で説得することは不可能に近い。よって。

「うむ、皆、静かに出来てとてもお利口である。育ての親として、お主達を誇りに思う」

 取りあえず、本題に入る前におだてておく。

「そんなお利口なお主らに、大変名誉あるお遊びを提案しよう。これから説明するから、取りあえず飯を喰いながら聞いてくれ」

 飯、の一言で空腹を思い出したのか、皆が一斉に手を合わせて、頂きます、と言う。その後は箸なり匙なり素手なり、各々の方法で飯をがっつき始める。

 それらを見ながら、まだ乳離れしていない子らに乳を与え、襁褓を替えてやり、ゲップを出させ、理由無くグズつく赤子をユラユラと揺すってやりながら、自分の飯を手早く済ませる。

 手の数は魔力尾を拡張すれば足りるが、如何せん重心が覚束無い。最近では蜘蛛の様に脚も拡張して踏ん張っている。

 まだ皆が朝飯を食っている間に、明け方から作り溜めた「お遊び道具」を居間から運んでくる。食堂で見せる分のみとは言え、種類が多い。手の無い者もいれば、ある者もいる。一人で座れる者もいれば、支えが無くては座れぬ者もいる。子らの状態を把握しながら作り、かつ、一人一種類では直ぐに飽きられることは容易に想像が付く。故にだ。

「………………流石に、少し嵩張るな」

 食堂に運び込んだのは一種類につき一個のみだが、それでも私の横に置くには多すぎた。魔力肢の支点が無くなりそうなので、全種類のお披露目は後にしよう。なに、何となく面白そうだと思って貰えれば良いのだ。


「トラー。………それなに!?」

 食べ終わった子がトコトコと私の傍に寄ってくる、傍らに置かれた「お遊び道具」を見て目を輝かせる。

「これが新しい玩具だ。使い方はこれから話すから、まずは着替えをしような」

 この子の服は、子供部屋の西側、入り口から3つ目の箪笥の最下段から四段目までに仕舞ってある。そこに向かって魔力尾を伸ばす。最近は食事のときに服を汚さなくなっていたので油断した。恐らく、今日の遊びが気になって零したのだろう、服の上下ともに食べこぼしに塗れている。

 万歳をさせて服を脱がし、新しい服に替えている間に他の子らも食べ終わってしまった。とは言え、目の前の子の相手をしてやる、と言うのも大切である。片手間に相手をしていては、子供は「自分は蔑ろにされているのだ」、と容易く思い込む。特にこの子らは実の親に捨てられているから、余計にそうなのかも知れないが、兎に角、相手をしている間はしっかりと見ている、と伝えなくては、いじけた性格になりかねない。

 一瞬だけ食堂に視線を送り、済まんがちょっと待ってくれ、と呼び掛ける。不満そうな顔をする子もいるが、私の子らは順番という概念を持つ者が殆どである。自分の番が来たときは、ちゃんと構って貰えると知っている者は、幼くとも待つことに耐えられる者が多い。

 その点で言えば、春陽は一人っ子状態であったから、待つのが苦手であったなぁ。留守番をさせるときに石の牢に閉じ込めた事を思い出す。否、春陽は魔定石持ちだったし、簡単に比較するのは酷ではあるが。


「……よし、着替えは終わりだ、皆にも説明するから一度、席に戻りなさい」

 さて、子らも待ちかねているようだし、サッサと本題に入ろうか。

「今回、私は3つばかり新しい玩具を用意した。積み木やら、模型やら、と各々によって用意した物は違うから、それは後で自分の玩具箱を見ると良い」

 取りあえず一通り見ると良い、と声を掛ければ、子らは我先にと私の横に置いた玩具を検分する。余っていた材木から切り出した積み木、狸や狐の模型、木製の鞠、駒遊び用の板と駒一式、用意したものは様々だ。

 子らがそれらを見て一喜一憂する様を見守る。自分の玩具箱を見に行って、気に入った物が無ければ、あっちが良かった、こっちが良かったと騒いでいる。それらを一通り聞いていく。漸く収まる頃合を見計らう。

「………まぁ、なんだ。希望通りの品を貰えなかった者は、持ち主に貸して貰える様にキチンと頼みなさい。遅くとも正月の贈り物には希望のものを作ってやるから」

 そんなことを言っても取り合いになるのだろうなぁ、とは思う。が、しかしである。他人の物と自分の物の区別が出来るよう育てるにはこの様にする事が手っ取り早いのも事実である。同時に、近い未来に喧嘩の仲裁をせねばならぬ事に、頭痛がするのも事実ではある。

「さて、そこに置いたのは各々の贈り物の内、二つだけだ。もう一つはこれだ」

 皆の前に他の品々に比べれば遙かに小さい。

「幾つか種類は作ってみた。各々の使い易そうな物を自分で選ぶが良い」

 そこに並べたのは、煤を蜜蠟で、或いは粘土で固めた物、薄い木の板、或いは藁を漉いた藁半紙、馬の尾から作った筆、或いは石を切り出した石筆、そして硯である。

「それぞれ使い方は違うので、どれが良いか決まったら使い方を聴きに来ると良い。ただ、どれを選んでも使い方はそうは変わらぬ」

 ふぅ、と息をつく。子らが気付くことは無いだろう。しかし、これはこの世界の人類史において、間違いなく大きな変化を齎す。

「今日はお絵描きをするぞ」

 そう、私は宣言した。



………

………………

………………………………


「トラー、できたー!」

「おお、そうか。どれどれ」

 渡された木板には石筆によって浅い溝が彫られている。それを見れば、横長の大きな丸に、小さな楕円が幾つも描かれている。それらの配置を良く見ていれば、これは。

「………………うむ、これは狸かな?」

 魔力尾で赤子をあやしながらであるものの、幸いなるかな、どの子もスヤスヤと眠っている。比較的、多くの思考領域を割いたし、多分あっているのでは、と期待する。

「………………………………トラ………………」

 何故だか、目の前の子は悲しげである。

「違っていたか。では狼か」

 フリフリと首を横に振る。では何であろうか。何かずんぐりむっくりとした四足獣の様に見えるが、毛が生えているのか、耳があるのか、無いのか、それすらも分からぬ。しかし、それを指摘するのは無粋に極まる。

「………………すまぬ、降参だ。これは何を描いたのだ?」

 視線を合わせて、なるべく優しく問う。

 何故か、気恥ずかしそうに視線を背けながら、子は再度、繰り返す。

「………トラ………」

 はて、どういう意味か。

 黙考すること暫し。漸く、一つの可能性を見付け出して問う。

「………もしかして、これは私を描いてくれたのか?」

 そう言えば、はにかみながらも肯く。

 思わず、魔力で拡張した物では無い、元来の前脚で抱き着く。

「そうかそうか、私を描いてくれたのか!ありがとう。直ぐに気付けなくて悪かった」

 前脚を子の背中に回し、スリスリと擦ってやる。ついでに顎下に頭を押し当ててグリグリとすり回す。

 そうすれば、恥ずかしそうにしながらも、はにかむ様に笑みを浮かべる。何という事か。何とも言えない愛しさが湧いてくる。


………………………………

………………

………


 何の目的も無く筆記具を渡しても面白くないと思ったのだ。だから、私は子らにお題を出した。

「何を描いても構わん。しかし、出来れば自分の一番好きな物を描いてみてくれ。一番良い出来の良い物は居間にでも飾るとしよう」

 その結果である。

 

「これはまた、何というか」

 子らが寝静まった夜半、囲炉裏の燠火を頼りに居間の壁を眺めて見れば、そこにいるのは様々な「トラ」だった。赤子を抱いている姿、飯を作っている姿、ただ立っている姿、子らと一緒になって鞠を追っている姿、縁側で寝ている姿。

 皆と一緒に湯船に浸かっている姿まであるのは、どういう事なのか、遠回しに風呂に入れと言われている気がする。

 しかし、こうして眺めていれば絵の上手い者もいれば、単純な図形しか描けぬ者もいる。それぞれの巧拙が表れていて、趣深い。今日の成果はここに飾るとして、一年二年と経てば上達する者もいるだろう。

 そう思い付いて、自分のために用意した筆と硯を持ってくる。墨を摺って、筆先を濡らした後にそれぞれの絵の余白に、描いた者の名と、年齢を書いていく。

 その背後、ガラリと玄関の戸の開く音がした。

「なにしてんだ?こんな夜更けに?」

 入ってきた梅がそう問う。ずぶ濡れになった笠と蓑を玄関横の雨具棚に置きながら、開け放したままだった戸越しに大儀そうに肩を回す姿が見えた。

「遅くまでご苦労様。外の様子はどうであった?」

 居間の中に入り込み、囲炉裏の傍にどっかりと腰を落とす。右手で器用に着物の懐を弄り、煙管と煙草を取り出す。そのまま燠火を種火に火を付けた。

 深く吸い込んだ後に、スゥと長く煙を吐き出す。

「ちと、まずい。今日の雨で白菜やらは明日にも裂玉するかも知れないし、牧場の柵が幾つか獣にやられていた。家畜は無事だったが、畑の方に幾つか掘り返しがあった。猪あたりが入り込んでいるかも知れない」

 応急措置はしたが、と言い足して、そのまま横になる。疲れたと、短く嘆息する。

「ご苦労な事だ」

 魔力尾を伸ばして、取り置いていた夕飯を運んでくる。

 目の前に置いてやれば、如何にも気怠げに身を起こして食べ始める。

「それで、こんな夜更けに何してたんだ?」

 味噌汁を流し込みつつ、再度の問い。

「なに、今日はお絵描きをしたのでな、皆の歳と名前を書いておこうと思ったのだ」

 尻尾で握った筆をフリフリとさせつつ、途中だった名入れを再開する。

「お絵描きねぇ、子供らは楽しかっただろうさ。しかし、その黒いのはなんだ?俺達の時はなかったぞ」

 少し目つきが剣呑な光を帯びる。小さい子に対しても対抗心を燃やしてしまう、梅の気性は昔から変わらない。

「これは墨と言う。ほれ、家の下にオンドルがあるだろう?あそこから煤を取ってきて、蜜蠟やら粘土やらと混ぜたものだよ。お前たちは片腕がある者が多かったから、石筆だったが、今は両腕がないものもいるから、口で咥えてでも描ける筆の方が良いかと思ってな」

 ああ、そう言うことか。と呟いてまた食事に戻る、しかし暫くして、もう一度、箸を止めた。

「………なぁ、トラ。さっき子供の名前と歳を入れていると言ったが、文字と数字ってのは、俺達が習ったよりも数があるのか?」

 ほぅ、と思わず嘆息する。その姿を見咎める様に梅は続ける。

「また俺達を馬鹿にしやがって、この糞タヌキ。知らない字がそれだけ目の前にあるんだ、誰だってそう思うだろう」

 いや、そんなことは無い。文字は教えている。平仮名と10までのアラビア数字を。しかし、成人した子らはそんな物よりも、甲骨文字めいた、絵に近い文字、のようなものの方が良く使う。それらの書き方は各々によって違うので決まった型が無い。何かしら絵を書いた下に「ぶた」等と振り仮名を付っておけば事は済む。そんな中で、単に「見たことの無い図形」を文字として認識している、とういのは充分に嘆息に値する。

 まあ、梅にそう言ったところで、素直に喜ぶとも思えん。また馬鹿にして、と嫌そうな顔をするに違いない。

「そうだな、私が知る文字、或いは文字を組み合わせた単語の内、お主達に教えているのは一割にも及ばんだろうな」

 私の言葉に梅は茶を吹き出す。

「一割!?ホントか?」

「そうだ。もしかすれば一割の一割くらいかも知れぬ。私の知る言葉はそれくらいに多い」

 真面目に数えたことが無いので分からんが、漢字に数字、熟語や慣用句の類まで含めれば、平仮名とアラビア数字など、1%にも満たないのでは無いだろうか。

 とは言え、である

「しかし、お前たちは今教えたもので充分に生活できているだろう?必要のない事を教えすぎても、使わなければ直ぐに忘れる。違うか?」

 梅は不満げな表情を隠さずに、ガツガツと飯を平らげる。叩きつけるように箸を盆に置いて。

「………ごちそうさん!」

 両手を合わせてそう言い放つ。

 荒々しく戸を閉めつつ、言い捨てる。

「………そう言う所が、俺らを馬鹿にしてるって言うんだよ、この糞タヌキが!」

 バンッ、と音を立てて扉を閉める。そのまま足音も高く、自分の塒に帰っていった。

 ふむ、馬鹿にしている、か。

 梅の置いていった食器を厨に運び、一つ一つ洗いながら考える。別に馬鹿にしていると言った意識は無い、それは確かである。例えば子らに「鮫」という文字を教えたとしよう。恐らく、死ぬまでその文字を使うことは無かろう、何せ海には殆ど近付かないのだから。「鮫」を「元素」とか「加速度」に替えても同じである。まともな度量衡が無いこの世界に置いてはどれもこれも想像の裡に秘められた何かでしか無い。

 まぁ、しかし。

「意味があるかどうかは、知ってから決める、と言うのも学びの一環か………………」

 ふむ、と思案に暮れていく。


………

………………

………………………………


「おーい、梅やーい」

 あれから一週間ほど経った。私は梅用の「玩具」を背に負いて、梅の塒を訪れた。コロコロと床を滑る車輪の音がして、扉が開く。そこにいたのは、梅の番である六花だった。

「あら、おはよう、トラ。こんな早くにどうしたの?」 

 意識的にか否か、大仰に右手を顎先に寄せて驚きを見せる。長く伸ばした髪がゆるりと揺られて華やかだ。

「おはよう、六花。車椅子に不都合はないか?もし気になることがあれば、いつでも母屋を訪ねるといい」

 ふふ、と口元を綻ばせ、大丈夫だよ、と軽い調子でかえす。その目線が梅の寝床に向いていて、大体の事情を悟る。

「………………………………相も変わらずお熱い事だ。では梅が起きてきたら、これを渡しておいてくれ」

 背に負った荷物を置く。岩を落としたような重い音が響く。

「あらら、すごい量ね」

「梅のリクエストだ。私の知っている事を粗方詰め込んだ字引と、問題集を入れておいた。次に私を糞タヌキ呼ばわりするなら、これぐらいは軽くこなせ、と伝えておいてくれ」

 六花は口元に指先をあてて、小さくフフフッと笑った。

「トラも梅も似た者同士だよね。ホントに負けず嫌いなんだから」

 六花は積み上げられた本の数を指差しながら数えていく。

「そんなことは無い。だいたい何百年と生きている私が、二十にも届かぬ子供を真面に取り合うはずが無かろう」

 そうかなぁ、と小首をかしげる六花に、そんなものだ、と重ねて言って、その日は去った。

 三月ほどしたあと、眼を血走らせながら、次を寄越せ、と梅がやって来たのは、また別の話。


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