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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
77/128

77.電波猫と忌み者たちの里

 しんしんと、深々と雪が降る。

 白い花片にも似たその一欠片が、音も無く視界を埋めていく。

 藁を編んだ笠。その体躯は重ね着した毛皮に包まって、遠目には熊にも似る。雪原に深い足跡を残しながら歩き続け、ふと、立ち止まる。

 丸めた背を伸ばし、掌を庇代わりに里を見遣る。

 この天気では見渡せまい。

 晴天であれば、里は想像より遙かに近いと、そう思うかも知れない。その様な場所を選んだ。


 遙かに近く、懐よりも遠い。


 縁とは、そう言うものだ。

 知らずに結ばれ、斬れず、緩まず、何処までも伸びるようでいて、いざ、相対すれば、淡雪よりも容易く綻びる。

 晴天の下。明日に期待を持つ者は踵を返し、明日の灯すらも覚束ない者には人界から隔絶された神世を思わせる、その様な場所である。

 今日は悪天だ。なれば。

 笠の人は視線を翻す。また、黙々と歩き出す。

 雪下に簡素な祠が見える。石造りの基礎の上に、苔生した木材を組んだ、粗末な御堂。荒削りの地蔵尊の似姿の前には、白々とした雪中になお、黒々とした石櫃が据えられている。その取っ手に手をかける。

 外側から、溶岩、毛皮、綿、毛皮、綿、と幾重にも断熱処理された棺が見える。

 笠の人から、白く吐息が立つ。それは安堵故か、それとも悔恨故か。

 分からない。今もってしても、彼の人らの心情が私には分からない。

 分かりたいとは思う。しかし、それを知ろうとすることは、或いは、彼等の聖域を土足で汚すような行いでは無いかと思ってしまう。

 だから、聞いたことは無い。

 今まさに、石櫃に我が子を捨てる親の心持ちなど。



………

………………

………………………………



「今日から家族が増える。女の子だ!」

 雪で外に出掛けられない鬱憤を晴らすように、屋内には賑やかに過ぎる嬌声が響いている。

 走る、或いは忍ばせる足音。柱を昇る、果てには落ちる音。木製の車輪が板張りの廊下を滑走し、木の擦れる粘つきつつも乾いた音。

 居間の炉端に立ち、叫んでも誰も見向きもしない。

 はぁ、と内心で溜め息を付く。


「………。お主ら!飯抜きになりたくなければ、その場で止まれ!」


 一喝。

 余りの声量に家が震える。呼応するように屋根から雪が落ちて、軒先にドサリと落ちる。反射的に探査を掛けて、屋根雪に埋まった小僧がいないか確認する。

 結果はグリーン。混沌とした有様ではあるが、一応の所は家の中で遊んでいたようだ。

 飯抜き、の一言が効いたのか、皆が動きを止める。

 それでも忍び笑いや、静な時こそ擽られる悪戯心から生じるあれこれが、漣のように打ち寄せる。


 それらを一旦、無視して声を張る。

「繰り返す!今日から家族が増える!女の子だ!名付け親になりたい者は此方に来い!」 

 それ以外の者は飯時まで遊んでこい、そう言えばまたしても騒がしい嬌声が木霊する。

 しかし、それは幾分か小さい。何故ならば。


「トラー、どんな子なの?顔を見て良い?」

「うわー、ほっぺた真っ赤だね!うわ、柔らかい!」

「乳をあげた方が良いのかな、今朝の分は納屋に置いてあるけど、取ってこようか?」

「あ!目を開けた。すごいね!キラキラしてる!」

「手が小さいねー、秋葉もちょっと前までこんな感じだったのに。はぁー、今だけなんだろうなぁ………」プニプニ。


 ワラワラ。

 砂糖に群がる蟻のようである。

 麻から織り出した産衣に包み、既に最初の乳は与えてある。母親から初乳を貰ったのか、脱水もない。目の前で赤児の足をふにふにと揉んでいる童女、六花などに比べれば遙かに状態は良い。

 ただ、その左腕の欠損を除けば。

 

「やはり、冬生まれが多いな。もういい加減、名前が思い付かない。誰か、良い案は無いか?」

 

 集まって来た子らに問い掛ける。

 雪が多くなる季節には捨て子が増える。その子らを拾っては名付けていけば、名前の案も難しくなる。

 初雪、雪白、白雪、六花、雪匡、雪緒………………。この場にいる半数ほどは何らかの形で雪を名に背負っている。

 侃々諤々と、目の前で子らが話始める。

 その様子を微笑ましく見て、では私は飯の支度をするから考えておいてくれ、と一言残して厨に入る。

 まだ名も無い赤児を伸ばした魔力尾であやしながら。



 トラの里、と里人は私の家をそう呼ぶ。

 それを聞く度に、面映ゆい心地がする。

 里と言うのに成人は一人もいない。その内、誰かがそうなるかも知れないが、今のところ、一番年上の者でも十になったばかりである。もう四、五年は大人のいない、子供だけの里であろう。

 時折、訪れる春陽だけが、ここの子らにとっての「本当の大人」である。

 春陽以外にここを訪れる者は、これまでに一人もいない。自らの子を引き取りに来る、そうで無くとも一目見たいと欲する者は、いつでも歓迎する、その様に毎月の朔の日に言い、春陽を通してそう伝えても、それは変わらない。

 原因は複雑だ。

 まず、子らの多くが何らかの障碍を抱えていること、そしてそれが里では忌み子として疎まれていること。

 また、朔の日の猟果も減った。既に数十年に渡り、魔力を使った撒き餌猟をしていたためか、魔晶石をもつ獣が減りつつある。

 稼ぎ頭だった春陽も四十に差し掛かり、同じく嵐も狩りに出掛ける事が少なくなったと聞く。そのためか、里は慢性的に食料不足である。


 はぁ、と企図せず溜め息が出る。


 思考が思い出と呼ぶには苦い記憶の中に沈んでいく。

 春陽に忌み子を引き取りたい旨を伝え、その後、何の気なしに独りで里に近付いた際であった。

 私の音響探査と熱探査の範囲外からだった。

 空気を裂く、鋭い飛翔音を確認して、即座の回避行動。

 それでも回避も、さらには魔力膜の展開すら間に合わず、左後ろ脚の付け根に投げ槍が突き刺さる。

 久方ぶりの痛覚刺激に種々のアラートが視界を埋める。

 状況把握に思考領域を割り振りつつ、魔力膜の形成と槍の推定狙撃位置に向かって最大出力の索敵。

 土煙を立ち上がらせながら近付けば、そこいたのは嵐であった。

 少年の頃の面影を残しつつも、遙かに精悍となった顔立ち。手に持つ長柄の杖は、投槍機か。既に次弾が据えてある。

 嵐は、冷たさすら感じる無感情な眼で此方を観る。

 杖は投擲の準備をしたままに、此方に声を掛ける。

「トラ様、いと猛き我らが神よ。我が御神に誓いし約定を思い出し下さい。例え御神と云えども、我は我が妻と子らをお守りする」

 そして、嵐は頭を下げる。

「お願い申し上げる。私は貴女を討ちたくは無い。しかし、御神が我が妻に為された事を思えば、御神を里に入らせる訳にはいかない。それが私と貴女の間で交わした約束ですから」

 どうか、お引き下さい。顔を上げ、投げ槍を構える。次は脚では済まさぬ、とその眼が語っている。

 嗚呼、そう言えばこういう漢であった。

 愚かな程に真っ直ぐで、只人でありながら春陽に追いつくような、そんな奴であった。

 私は足を止める。

 頭を下げたまま、数歩後退る。

「嵐よ。我が娘をお前に預けたこと、これ程に感謝したことは無い。これから先も春陽を守ってくれ」

 そう言って、頭を上げる。

 かつての様に、強く意思を宿した眼を真っ直ぐに見詰める。

「私がここを訪れるのは、朔の日だけにしよう。皆が飢えを凌ぐ為に、その時だけは赦してくれないだろうか?」

 そう言った私を、嵐は見詰める。

 昔と変わらない、どこか困った様な優しい笑みを浮かべて。

「………トラ様。本当にトラ様がお帰りになったのですね。荒ぶる御霊に慈愛の戻りしこと、僭越ながらお慶び申し上げます。我が無礼、命を賭してでも償いきれませぬが、これからも里を宜しくお願いします」


 そう言って、腰帯に付けた石刀を自分の喉元に突き立て。

 寸前で止めた。


「婿殿よ、いつかまた私が春陽を、春陽の子らに害するとき、その時は必ず止めてくれ、償う事などない。婿殿は、ただ私との約束を守ってくれたのだから。だから生きろ。最後まで娘を頼む」


 そう言って、石刀を放り投げる。

 里と森の狭間に突き立った石刀を尾で指して言う。 

「あれを境としよう。あの石刀よりは私の里だ。忌み子であろうが老人であろうが、私のやり方で生かす」

 尾を里に向ける。

「………………里には里の法がある。私はそれを知った。だが、あの石刀を超えて私の里に立ち入った者を里の法で殺すことは赦さぬ。それで手打ちにならないか?」

 僅かに瞳に涙を浮かべながら、嵐は頷いた。

 その年の冬。一人の子がまだ真新しい石櫃に捨てられた。

 それが私の里の始まりである。


………

………………

………………………………

 

 釜の蓋がカタカタと鳴る音で、思い出に耽っていた思考が現在に戻ってくる。

 吹きこぼれる蒸気から糊のように白い汁が吹き零れる。石釜の表面でジュワジュワと音を立てながら沸騰して、遂には少し茶色めいたお焦げが貼り付く。

 このまま少し置いておけば直に米は炊けるであろう。

 拡張した魔力尾で、猪肉と野菜のごった煮と、大根の味噌汁をかき混ぜながら、悪戯が過ぎる我が子らにどうやってお行儀良く食べさせるか、と言う最近の至上命題に意識が逸れていった。

 


 


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