75.電波猫と春陽の里帰り(五回目)
軒先に横たわる。庭先で盛大に燃えさかる廃材を見ながら思案に耽っていく。
小雪を助けられる、今ならば。
次の小雪を見付けられない、今となっては。
里との由縁を解いてしまった今では、救う術はあれども関わる機会が無い。
「14年、か」
早春。
残雪の残る随、木々の枝先には薄い新芽が萌え出でている。
霞たなびく雲を透けて、柔らかな陽光が辺りを照らしている。細い白糸のような雨が音も無く、静かに降り注いでいる。
水で照りが出た若芽から、ゆっくりと水滴が零れる。半ば乾いた土の上に儚げな水玉を描いた後に、手品のように乾いた白土に戻っていく。
不思議な天気だ。
これ以上無いほどに明るく、暖かいと言うのに、一歩、庇から踏み込めば、まだ冷たさを感じる雨に打たれる。打たれたことすら感じられぬままに。
若草を食むためか、小動物も活発だ。
何となく見渡した庭先、薄い雪の下から蕗の薹が顔を出している。苦いから嫌いだと、そう言っていた春陽を思い出す。
思い出は鮮明に思い出される。然れど、それが既に色褪せていることを客観的な自身が指摘する。
どうしたものか。
思案に暮れる。微睡む様に。いつしか眠りに落ちていく。春陽差す縁側に横たわり、明確な答えを見出せないまま、縺れた思考の糸の重さに引き摺られるように、暗い闇の中に墜ちていく。
………
……………………
…………………………………………
ぁ
ぉら
「トラ………」
目覚めた。
見開いた瞳に西日が突き刺さり、思わず頭痛を覚える。
細めた視界の中、そこには夕陽を背負った人影が。
「…………………春陽、なのか?」
額に暖かい感触。柔らかく撫でられている。
索敵系を起動していなかった事に気づく。何時からだろう、恐らくは交戦回路を閉じた時からずっとでは無いだろうか。
捨て鉢になっていたのかも知れない。そう意識する事すら見逃したままに。
「トラ、帰ってきたんだね。お帰りなさい」
額に感じる掌は、在りし日のモノに比べて乾いていて、硬くなっている。あの柔らかな掌は、きっともう何処にも無い。過ぎ去った時間のどこかで迷子になって、もう戻ることは無いのだと、そう思う。
「…………ただいま、春陽…………………」
夕焼けが滲む。
泣いているのか、私は。
まるで人のように涙している。
皺めいた顔に柔らかな微笑みを浮かべて、春陽が私を撫でる。
「………ごめん、非道いことをして、春陽にも、春菜にも。ごめん、遅くなって。結局、皆を傷つけて、それなのに、私は誰も救えなかった………」
視線が下がる。滲んだ視界の下の方で涙が水滴となって落ちていく様が見える。
うん、とそう言って、春陽が私の隣に腰掛ける。額を撫でていた手が下がっていき、肩から腰までをゆっくりと撫で始める。
うん、うん。と私の言葉に相槌を打ちながら、何処までも吐き出される私の後悔を聞いてくれる。
大きくなったな、とふと気づく。
母様と父様に会いたいと泣きじゃくる春陽を、同じようにあやしていた頃を思い出す。
これではあの頃とちょうどあべこべだ。春陽はいつの間にか大きく、優しくなって、私はずっと同じ所に留まったままだ。そして抱えきれなくなった感情が、一度開いてしまった口から流れ出ていって、止まってくれない。
「ごめん、ごめん」
「………うん、そうだね」
太陽が森の中に沈んでいく。茜色から藍色に、遂には星々が明るく私達を照らす。
星の光を浴びながら、それでも春陽は私を撫で続けてくれた。




