74.電波猫と命の重さ
古式に従えば、死者に供えるべきは樒や丁子の類であるという。それらは各々に毒性を持ち、故に、獣に屍肉を貪られることを防ぐという。
しかし、荼毘に伏した後、それらの捧げ物がどれ程に意味のあるかは分からない。獣に食まれる肉を落とした骨に、獣よけを供えるなど、無意味でしか無いのでは無いか。
そんなことを考えつつも、それでも花や、或いは記憶にある弔草の類を墓前に供えている。
きっと価値は無い。だが、意味はある。少なくとも私の中には。
墓前に花を供えると、誰もいない家に向かう。
小雪を弔って2日だ。
呆然としたままに、人工乳の封密を行い。さらに原料に至るまで真空処理をしてしまえば、思考は自ずと家屋に逸れた。
788472′42.882″。私が交戦回路を起動していた時間だ。人の時間に直せば15年程になる。
長いな、と独りごちる。
通常であれば、我らの生涯にも等しい年月である。
既に簡易催眠の殆どはエラーに塗れて機能していない。当たり前だ。推定稼働年数の何十、何百倍とも言える年数が過ぎ去った。それでも機能しているのは、生命を対価とする程の重みを持った幾つかのみだ。
その幾つか、が問題であるのだが。
母屋に目を向ける。
長らく手入れをしていないそこは、埃が堆く積もり、虫らによる蚕食も激しい。
それらを一つ一つ、修繕していく。喰われて駄目になった梁を、柱を取り替え、穴の空いた屋根を取り替える。枝葉を纏めた箒で床を掃き清めて、埃を庭先に集めていく。床下や屋根裏に巣くった虫たちを追い出して、野に放つ。
最後に、それらの廃材を焼いてみれば、驚くほどの煙が立つ。
野外に放った家畜が煙を恐れて逃げ去っていく。
轟々と音を立てて、燃えさかる。
それに背を向けて、母屋を見れば。かつての姿に相違ない。旅立つ前に、桐の箱に収めた衣類、いずれは春陽の子に贈ろうとしていたいた物だ、それらは虫にも食われず、ありし日のままであった。
石で拵えた厨にも、便所にも変化は無い。
木造の部分、特に虫に食われた所を取り替えてしまえば、そこに見えたのは幼い春陽と過ごしたままの家そのものだった。
真新しい木目を見せる新木に旧木が交じる。
春陽の背を刻んだ柱が、春陽の腰掛けて染みばんだ縁側が、鮮やかに目に映る。
それらの一つ一つに記憶が想起される。
それらを振り払う。そんな思い出は返ってこないのだと、言い聞かせる。誰でもない、私がそれを捨て去ったのだ。
最後に、実験に用いた鼠たちを荼毘に付す。
数百を数える彼等の一匹一匹を石の柩の中に並べていく。それらの上に稲藁を被せて火を付ける。無菌室を解除してから急速に腐敗していった彼等から、腐肉の焼ける悪臭がする。
それでも目を背けずに最後まで見届ける。
柩の中で灰となった彼等を庭先に据えた甕の中に入れる。甕は高さ2m程だが、その全体が土中にある。その奥底に薄く灰が積もる。甕に蓋をすると、地面すれすれに拵えた土台の上に、石碑を置く。石碑は大きなものでは無い。私の体躯の二倍に届くかどうか、といった程度の小さなものだ。鏡面の様に切り出した表面には短く、慰霊碑、と刻んである。
きっと私は同じ事をする。何時になるかは分からない。けれど、病の為の薬を作る、未知の動植物の毒性を確かめる。命でしか確かめられない何かに直面した時、私はまた彼等の命を求めるだろう。
身勝手に取り決めた、命の重さに従って。




