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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
73/128

73.電波猫と小雪の弔い

 赤々と炎が上がる。

 前の秋に狩り獲った稲穂を山と積んで、小雪を荼毘に付す。

 二時間ほども燃えさかった後、蛍火を舞い上がらせつつ炎が消える。

 細かな灰から、焼け残った骨を丁寧に取り出す。

 やはり溶岩から切り出した骨壷に入れていく。

 少ない。

 元々、痩せ細って軽かった小雪から、最後の肉が失われれば、それは本当に軽い。

 骨も細く、火に掛けられて燃え残ったのは、大腿骨や頭蓋などのみだ。細い手足、或いは背骨などは殆ど残ってくれなかった。

 どれ程丁寧に集めても、骨壷に納まったのは余熱の残る微かな重さだけだった。

 骨壷の蓋に水滴が落ちる。

 期せずして、涙する。

 救えなかった。また、救えなかった。

 そして、傷つけたのだ。救ってきたと思っていた人々を傷つけて、救うべき人々を傷つけて、逝ってしまった小雪をすら傷つけて。


 涙したまま、非道い事をしてしまったな、と独り呟く。

 随分と長い間、交戦回路に駆動されていた。その間に蓄積した記録が、思考領域にて咀嚼される。

 春菜にも、春陽にも、そして旅の途中で出会ってしまった数多の人にも、本当に非道いことをした。

 その果てに残ったモノは、この余りに軽い骨壷だ。


 だけど。と呟く。

「だけどね、小雪。私は小雪に約束する。次にもし出会えたら、私はきっと君を救ってみせる。私の為した非道を無意味なモノにはしない。だから、約束しよう。次こそは幸せになるんだよ」

 アイツの墓の隣。私の体躯と大して変わらない小さな墓標。

 その中に、丁寧に骨壷を納めた。


…………

……………………

…………………………………………


 準敵性個体。

 元々は味方であると思われていた個体が、甚大な過失、背任、命令無視、情報漏洩、そして仲間への殺傷などにより、排除の対象として認識された者を指す。

 つまり、殺されるほどの裏切り者、と。今の私は春菜の事をそう見做している。

 問題であるのは、これを認定することは、簡易催眠中の論理回路の条件を満たすのみで行える。そこに個人の感情は混在しない。あくまでも、論理回路にて、敵性行動を取ったと判断されれば、それは準敵性個体として認識される。

 これを解除しなくては、私はまた春菜を殺し掛けるだろう。そこまで行かなくとも、簡易催眠下で「味方殺しの糞野郎」として認識している春菜をどの様に扱うか、私自身も恐ろしい。


 思わず、溜め息が出る。


 春菜とのやり取りのログを見直せば、子殺しは女の仕事であると知れる。その様に伝えられている程に、狩り獲られる未熟な命は多い。

 口減らしの一種なのだろう。

 私がこの地に来た頃の食糧事情を鑑みれば、それも納得できる。

 狩りと採取に頼った脆弱な基盤。

 ともすれば、直ぐにヒビ割れるそれの上に立つことが許されるのは、自活出来る者に限られている。

 そうなれば、春菜のみならずかの里の者たちは大なり小なり、私にとって「味方殺しの糞野郎」である。

 なにか抜け道は無いかと、倫理規定を舐めるように精査する。

 通常時であれば、指揮権をもつ上席からの戦時特例や、もう少し時間があれば軍法会議などの手続きを経て、敵性なし、と評価を変える事が出来る。

 然して、そんな権を持つ者がこの地にはいない。

 

 どうすれば、良いのだろうか。

 とぼとぼと家に帰る。

 小雪を燃やした籾殻などが、未だに燻って、靄立つ春の空に細く長い煙を上げている。

 法があれば良いのだ。と、ふとそう思う。

 私の中の倫理規定にて罪人の判を押された者を、赦すための法が必要だ。

 裁く為ではなく、赦す為の法が、必要なのだと感じる。

 しかし、それが無い今、私に出来ることは多くは無い。

 無い、とは言えない。

 例えば、演算回路にアホみたいな情報を詰め込んで簡易催眠自体をショートさせることは、可能ではある。

 しかし、それは途轍もなく危険である。

 倫理規定は簡易催眠の中でも取りわけ、防護が堅い。

 少しお目こぼしをお願いする、つまりは些細なエラーを恣意的に発生させる程度ならいざ知らず、既に準敵性個体と認定された者を友好的個体にすり替えるなど、それ自体が利敵行為に該当する。

 そこまでの負荷を掛ければ、単なるエラーでは無く、簡易催眠の破壊に繫がりかねない。

 そしてそれは、私が本物のワディエツヤ ドゥイグと呼ばれるナニカになることと殆ど同義である。


 知性を捨てて獣に戻るか、人を捨てて一匹で生きるべきか。

 そんな重すぎる決断を前に、私はただ立ち竦んだ。

 昇っていく弔煙をただ、見上げながら。


 

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