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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
72/128

72.電波猫の帰郷

 跳ぶ。

 日に50km程の移動。周囲に精密な探査を掛けて、その戻り値をバックグラウンドに投げ込んで解析。解析結果が戻るまで、束の間の休眠状態に入る。

 そんな事を何日も、何カ月も、何年も繰り返した。


 簡易催眠のライブラリに保存された目標物、穀物、家畜に用いられる動物。それらを捜して回る。

 道中には、人に似た猿のような生命体が確認されることもあった。常時展開した魔力膜に向かって投石が、投げ槍が放たれる。全てを弾き返す。現時点に於いて、人類としての認定がサスペンドされているそれらに対して、非殺傷規程は沈黙したままだ。

 邪魔をするならば殺す。いや、殺すことすら手間である。ただ、踏み潰し、弾き飛ばし、彼等の巣に有用そうなモノがあれば略奪する。

 そんな事を何日も、何カ月も、何年も繰り返した。


 遂には地の果てにまで至る。遠く見える島々。

 跳ぶ。

 道中に取り込んだ魔晶石の膨大な魔力に任せて、弾丸のように跳ぶ。

 攻性飛翔体めいた衝撃波と轟音。踏みしめた大地には体躯よりも尚深い陥没。

 知ったことか。


 幾つもの島を回る。

 本土から切り離された特殊な環境が、豊かな生態系を形成している。それの中で有用なモノを捜す。


 捜す。捜す。捜す。

 どうすれば次の小雪を救えるのか。

 死者に囚われた私は、探し続ける。

 その姿はきっと、ワディエツヤ ドゥイグと呼ばれるナニカによく似ている。



………………

………………………………

………………………………………………………………



 幾程の月日が流れたか。

 辿り着いた我が家から、遠く南に見える雄々しい独立峰。その尾根には残雪と溶岩の織りなす黒白の縞。早春の空には、春を囀る数多の鳥たち。

 引き摺って来た荷車。その数は優に百を超える。

 植物の種子、数多の動物たちが、その上でひしめき合っている。

 魔力尾を展開。

 これらの動植物の育成に必要な面積を当て付けて、森を大きく切り開く。並行して厩舎を、牧場を、畑を切り開く。

 狭い荷車の中で長旅を強いられてきた動物たちを即席の牧場に放ってやる。

 牛、馬、羊、鶏。恐らくはそれらの原種に当たるであろう種々雑多な獣たち。運搬の際に幾十匹かは死んでしまった。それでもこれから殖やして行くには十分な頭数が確保できている。

 残雪を剥ぎ取った濡れた地面に、倒木から葉の部分を剥ぎ取って撒いてやる。彼等自身が食える物を取捨選択して行く。夕暮れには厩舎に入れる必要があるだろうが、まだ日暮れには時間がある。

 蒐集した植物を選別し、脳髄のライブラリと照らし合わせていく。それぞれの生育条件を推定。今こそが種植えの好機であるものを、植えていく。時期を待つ必要のある物を拡張した納屋の中に納める。

 畑の上に魔力膜を形成。発芽に最適な温度を調整するために、簡易的な温室とする。温度調節のために、草肥を投げ込んでやる。


 水が必要だ。

 不必要になった荷車を解体。木樋を数多に作る。

 溶岩の末端外、そこに広がる池沼に風車を数台建設する。

 水を汲み上げる風車と木樋を接続して、家の近くまで水を引く。

 途中に何度も段差を付け、木樋の太さを調整し、冷たすぎる湧水の温度を調整していく。


 日が暮れる。

 家畜を厩舎に追い立て、扉を閉める。

 音響探査と電磁気探査を頼りに作業を続行。

 垂れ流しの水を掘り下げた窪地に流し込んで、水田を形作っていく。排水路を北に向かって延長する途中。

 電磁気探査に反応。

 記憶領域に参照の要求。

 それが以前に敷設した土管であると判断される。

 論理回路が撤去を請求。


 ………泥塗れになりながら春菜と春陽が土管を繋いでいく。

 ………吐水口から流れ出る水を浴びて歓声を上げる。


 凍結されたままの思考領域からノイズ。

 ノイズの除去と代替案が提唱。

 土管を迂回して排水路を形成する。


………………

………………………………

………………………………………………………………


 二年が経った。

 殖えた家畜の乳を搾る。粟、稗、米から作った穀粉を混ぜる。澱粉を分解して精製した蔗糖を添加する。小雪から切り出した小腸の上に注ぐ。ごくゆっくりと滴る雫。ガラス瓶の中に再現された、小雪の腸内細菌相。それらが溶液を分解していく。ガラス瓶を湯煎、振盪させれば、理論上、乳児の生育を可能にする溶液が形成された。

 鼠を用いた追認実験。20匹を超えるそれらの健康状態にも問題は無いことが確認される。


 交戦回路が、課題の解決を認識し、休眠状態に入る。

 随意思考に脳髄が明け渡される。

 出来たばかりの人工乳。それをシリンジに移し替える。


 無菌室と化した室内。

 小雪が逝ったときから何も変わっていない。

 死装束に身を包んだ小雪を、魔力尾で抱き寄せる。

 ミイラ化した小雪の髪が、抱き上げた振動で灰の様に散っていく。

 その口に、シリンジを咥えさせる。

「…………ごめん、小雪。随分と待たせてしまった。沢山飲むと良い。お腹が空いているだろう………」

 暗褐色の乾いた唇に、作りたての人工乳が流れていく。

 それでも、ゆっくりと、ゆっくりと。それを食ませ続けた。




 

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