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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
65/128

65.電波猫と蝉

 春陽の思惑は、当分の間は考えないこととした。

 大事なことは、魔力を操れないような唯人が、私の家に来ることもあるという事である。今回は春陽から事前に伝え聞いたが、そもそも春陽が急に腹痛で来られない、考えたくは無いが、春陽自身に何かが起きて私の力が必要になる、そんな事を考えれば、里と私の家の間に道を通しておく事は無駄では無い。普段から行き来している我々も、魔力の消費を抑える事が出来て、メリットは大きい。


 腹の大きくなった春陽でも、遊びに来られるように。

 不許可だ。


 ともすれば先走る思考を随時、封印していく。まるでかつての「家」に巣くっていた油虫の様に、折々に付けて現れる思考の泡を見付けた端から叩き潰しては捨て去っていく。どんな根拠も無い、ただの妄想にいつまで囚われているつもりなのか。自分を叱責しながら、道筋を考えていく。

 楽なのは、河に沿って地均しをしていく方法だ。藪を刈り払ってしまえば、それなりに形にはなる。段丘崖の所だけ階段を普請してやれば、それだけでも良い。しかし、簡単な分だけと言えば良いのか、長くは持たない。毎年、春先には氾濫する暴れ河の傍であるので、一年と保たずに跡形も無くなるだろう。それだけには留まらず、定期的に藪払いが必要になると言うことも厄介だ。夏の暑気に中てられれば、数日で藪の中に沈んでしまう。それを一々刈り払っていては、きりが無い。何よりも面倒である。

 整備性を加味すれば、初期投資は大きくなるが森の中に道を通しておいた方が、楽そうである。鬱蒼とした樹海の中は、薄暗く、その乏しい日光故に、藪は繁りにくい。河から見れば遙かに高所を通るので、大水の度に直すことも必要ない。何より、建材となる木々には事欠かない。


 方針は決まった。

 全長10kmにも及ぶ道の敷設。久しぶりに大きな目標である。ダラダラと過ごすのも良いが、その有り難さを噛み締めるためには、スパイス程度の運動が必要である。


 太陽が西に沈んでいく。

 焦げ付く様な日差しは翳り、油蝉では無くヒグラシが鳴き始める。髭を撫でていく風は、夜気を孕んで熱を失っている。

 長く伸びる影をとも連れに、家から50m程の地点、庭と森の境界に立つ。目の前には一足先に夜に沈んだ森が私を待つ。

 里に戻ったのであろう、動きの無い春陽の魔晶石の反応と、家の座標から割り出した道筋を脳裏に描く。

 魔力尾を展開。

 最初の中継地点に向けて、木々もろとも藪を切り払う。

 帰り着いた塒が急に倒れ、鳥たちが戸惑う様に飛び立っていく。

 黒土が露わになったそこをゆっくりと進む。

 私の背後で、大人が5人は並べる程の広い木道が形成されていく。

 無数に展開した魔力尾が、それぞれ意思を持つかのように作業を進めていく。ある尾は倒れ込んだ巨木を解体し、板に杭に梁に、それぞれ細工する。それを受け取った別の尾が、地面に杭を打ち込み、それを支脚に梁を渡す。組み上がった土台に板を渡してゆく。バックグラウンドで木道の水平を確認しながら、ゆっくりと里に向けて足を進める。

 なに、明日の朝日が昇るまでには里に着く。

 それくらいの、軽い運動だ。


「それで、こんなに立派な道を通したの?」

 呆れ返った春陽が、昇る朝陽の下で待っていた。トラって本当にヒマなんだねー、などと言っては、木目も新しい道を矯めつ眇めつ観察している。

 森の中を異様な音が移動している、何か凶兆では無いか。未明に春陽達の家に飛び込んで来た者は、そう宣ったという。腰帯に石槍と石斧を挿し、投石紐まで持ち出して、森の際で待ち構えて見れば、朝日の中を眠そうな私が這い出てきた、らしい。

 確かに、夜は人にとっては寝ている時間である。寝ている最中に、聞き覚えのない音が近付いてくれば、不安になる者もいるだろう。春陽を里に帰してから、独り暮らしが長いせいか、すっかりと本来の夜行性に戻ってしまった。否か、人と距離を置いてしまったが為に、人の有様を忘れかけているのだ。知識としては、勿論、覚えている。しかし、思考の中での優先順位が落ちていて、うっかり忘れることが多くなった。これでは野良猫の様である。

 いや、そもそも私は野良か。はてな。

 寝不足の頭が空転して妙な事に気を取られる。その傍らで、ここを通ればトラの家まで行けるのかー、と感慨深く春陽が独りごちる。

「じゃ、今度からはここを使うねー」

 そう言って春陽は家に帰っていく。私もそうだが、春陽も寝不足なのだろう。私も早く寝たい。

 作りたての道を疾走して家に戻る。毛皮に包まって寝入る直前に、春陽に友達とやらについて聞いておけば良かったと思い付いた。


 それから暫く、春陽に会えない日が続いた。

 概ね、春陽に会うのは月に二回から四回程度である。月に一度、朔の日に獲物を運ぶ時、またその一週間ほど前に、里人の要望を書き留めた木簡を春陽が届けに来る時である。後は気儘な猫のように訪れては、やれ水浴びやら、風呂やら、忘れ物やら、様々に理由を付けて家を訪れる。

 春陽もなかなかどうして多忙である。特に、赤児が増える春先から夏にかけてが忙しい。産前産後の女衆に肉類を与えるために狩りに出ることが多いと聞いている。その頃になれば、陽のある内に山野を駆け巡った春陽が寝てしまうらしく、日が落ちてから若葉を訪ねるついでと、春陽の塒に立ち寄っても、幼気な寝顔を見るだけに留めることも多い。

 で、あるので、この夏場に春陽と会えないのは常の事である。


「………トラ様、春陽はもう床に入った頃かと存じますが………」

 この巌のような婆はいつの間にか私の心中を掌に納めたらしい。

「………そんな事を話していた記憶は無いのだが、何の話だ?」

 若葉はこめかみを左手の人差し指と中指で押さえて、視線を落とした。何故か、頭痛を堪えている様にも見える。

 狭い住居の中に堆く積まれた毛皮の山。若葉は、その中に埋もれる様に横になっている。毛皮を捲ってやれば、奇妙に捻れた彼女の足が見える事だろう。

 昨年の冬だ。秋の祭りの猟果を彩るのに、幾らか山菜の類を採りに山に入ったらしい。雪に足を取られたか、それとも単に年のせいなのか、ともかく足を滑らせた若葉は、怪我自体は治ったものの、歩くことが儘らなぬ体となった。用足し程度には動けるものの、それも億劫であるらしく、一日の殆どを寝床で過ごしている。それでも、孫の世話は苦にならぬ様で、狭い家の中で細々と育児に家事にと精を出している。

 私が若葉を訪れるのは、そんな彼女の無聊を慰める為である。それ以外の理由など無い。にも係わらず、何故か若葉は春陽の話をしたがる。

「………トラ様、もう今夜で四日目でございます。わが家には赤児が増え、食い扶持は増しましたものの、夜毎に猟果をお持ちされては、肉も腐ってしまいます」

 哀しげにすら見える眼差しを足下に送ってから、ゆっくりとこちらに視線を回す。それはまるで、もういい加減に腹を割って話しましょう、と言っているようだ。否や、そう言っているのだ、言外に。

「………分かった、済まなかった。毎夜毎夜、騒がしくして悪かったな。もう暫くは」

 来ない、と言い落とそうとして、尻尾を掴まれる。

「春陽の事でありましょう?」

 細い腕のどこにそんな力があるのか、捕まれた尻尾がビクともしない。ピン、と水平に伸ばされた尻尾は、我が事ながら痛々しく、仕方なく私はこの老婆の話に付き合う事にした。

「春陽がこの前やって来たときに、今度、私の塒に友達を連れてくると言ったのだ、しかし私の塒は山の奥だ。そんな所にわざわざ連れてくる友とはどの様な人物であろうかと、気になってな」

 私の言葉に若葉は首を傾げる。

「春陽には直接、聞いてみたのですか?」

 いや、まだだ、と頭を振る。

「この時期の春陽は忙しいだろう、何度か訪ねて見たが、まだ話せていないのだ」

 私の言葉を咀嚼するように、若葉は顎に手をやる。コクリと小さく頷きながら、こちらに視線を向けた。

「………僭越ながら、春陽がトラ様を訪ねてくるまでお待ちになったほうが宜しいかと思います」

 その真意を問うように瞳を見詰める、と若葉は小さく溜め息を付いて続けた。

「………というよりも、トラ様もそれを望んでいらっしゃる様に、私には見えます。トラ様ならば狩りの最中の春陽を訪ねる事も、春菜や夏海に尋ねる事も出来ましょう。それを私の所に足繁くいらっしゃるのは、内心では春陽から直接、紹介されたいと、そうお思いなのでは?」

 息を呑む。

 呑み込んだ息が行き場を失う。

 ぐぅ。

 そんな間抜けな音が喉の奥でした。


 若葉は表面上では私を山神だなどと持ち上げるが、実際には子供の相手でもするかのように扱う。ぐぅの音も出ない程に本心を言い当てられた。しかし、若葉が言葉にしてくれたお陰で、心境の整理が出来たのも、事実である。

 ゴロゴロと床を転がる。

 次の朔の日まであと七日。もうそろそろ、春陽が木簡を持って訪ねてきても良い頃合いである。若葉の言うとおりになっているが、こうして家で春陽を待っている。

 ゴロゴロ。

 それにしてもヒマである。寝ていても良いのだが、春陽だけならまだしも、連れがいるとなれば、だらしなく寝こけているのは体裁が良くない。そう思って、陽のある内はなるべく起きているように心掛けている。

 ミンミンと、飽きること無く蝉は鳴く。

 見守るだけ、ただ待つのみの身の上の、その辛さも知ってか知らずか、私には分かりかねる。

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