64.電波猫と春陽の里帰り(二回目)
蝉の声が響きわたる。
開け放した雨戸から室内に届くそれは、部屋の中で反響するのか、野外で聞くよりもなお五月蝿い。
薄暗い室内。板張りの床に腹這いになりつつ、外に目を向ければ、精気に満ちた木々の緑が眩しく映る。
夏だ。
温くなってきた床からノソノソと移動する。厨に移動して、石造りの縁に乗ると、日陰で冷やされた溶岩が何とも気持ちよい。心なしか腹が冷えてきたので、身を捻って体勢を変える。背中の毛を押しつけるようにして反転すれば、普段なら風の当たらぬ腹にも適度な涼を感じる。このように暑い日は寝て過ごすに限る。
逆さまになった視界に窓が見える。家の周りの庭先にすら陽炎が立ち上がり、納屋の壁が歪んで見える。歪んだ壁に一匹の蝉を見付ける。ジンジンと鳴き声に合わせて、琥珀色の羽が細かく動く。
彼等にとっては、待ちに待った恋の季節だ。
命を削りながら、番を求めて足掻いている。あの様に鳴いていれば、どんなに鈍い捕食者にでも探知されよう。それらから逃げおおせて、無事に次代に命を繋げられるモノは、今聞こえてくる数多の声の持ち主たちの何割ほどなのだろうか。
そういえば、あの様に鳴くのは雌雄両方なのだろうか。それとも雄だけか。求愛行動のパターンが雌雄で違う生き物は多い。蝉はどちらだったか、雄だけだとすれば、誰がサッサと見初めてやれば良いのに、と思った。彼は不毛な危険に晒される事も無くなり、私はゆっくりと昼寝を楽しめる。いいこと尽くめだ。
自分の時はどうだったかな、と遥か過去に思いが移る。我々はあまり目立った求愛行動はしない。我々が匂いで時期を知らせると、雄達が勝手に争ってくれる。私達はその中の強いモノと交わるだけだ。とは言え、同族には選り好みをする者も多いとは聞く。幾ら争った結果とはいえ、自分よりも弱い雄の子を孕むなど、ゾッとしない、とは彼女たちの言である。雄の最後の敵は雌であるべき、或いは腹を痛める雌こそが番を選ぶべき、そう言う事を熱弁していた。
その点、私はあまり選り好みをした記憶は無い。何せ私の子である。相手がどんなボンクラでも一端には育てる積もりであったし、実際に育てた。ただ、私を求めて集まった雄の数が多すぎて、一時期には「家」が発情した雄猫で埋め尽くされた、とボースンは嘆いていたことを思い出した。
…………お互い、いい女に産まれると辛いねぇ………
忘れかけていた、懐かしい声が脳裏を過る。
あの時は気にもしなかったが、お互い、とはどういう意味だったのか。もしかしてボースンは雌であったのだろうか。確かに体つきは立派とは言えなかったが、自分よりも体の大きな船員をしばき倒していた奴が、雌であるとは俄には信じられぬ。
どちらにせよ、今となっては確かめようも無いことだ。
欠伸を一つ。
ふと目を離した隙に、納屋の壁に止まっていた蝉はいなくなっていた。河岸を変えたか、もしくは最近では索敵系も大型の獣のみに絞っているで、気付かぬ間に小さな狸にでも食われたか。
彼が本懐を遂げられたことを、おざなりに祈ってから、少しだけ静かになった厨で眠りに落ちていく。こんな時に春陽が腹を撫でてくれたら良いのになぁ、とボンヤリと思った。
サワサワと撫でられる。接触刺激で覚醒していく。
暖かな泥濘に沈んでいた意識が、水面に向かってゆっくりと浮かんでいくような、心地の良い浮遊感。休眠状態でも半覚醒でサスペンドしてある索敵系をかいくぐって、私に接触できる者など、そうはいない。つまり。
「………おはよう春陽。帰ったのか?」
目前に懐かしい春陽の顔があるのは、至極自然なことなのだ。春菜に似た、柔らかな微笑みを浮かべながら、春陽は応える。
「帰ったよ、ただいまトラ」
聞けば、昼飯がまだだと言う。
そんな時の為に備蓄してある乾し肉や山菜の干物を取り出して、湯を張った鍋の中に入れようとした。そうすれば、春陽は自分でやると言いだして私を止める。怪訝に思って、理由を問えば、言い辛そうにしつつも訳を教えてくれる。曰く。
「………トラのご飯って美味しくないの………」
それはそうだ。私は人では無い。人の味覚における旨い、不味いなど分かるはずも無い。ただ、栄養学の基礎的な知識はあるので、不味かろうが、食えば健康に支障は無い。
とは言え、ちょっとショックではあった。
春陽の作った飯を食う。私は昨日獲ってきた山鳥の肉に噛み付いているので、春陽が自分の作った飯を自分で食べているだけだとも言える。仕方が無い、食えるモノが違うのだから。
しかしながら、春陽の飯に興味はある。覗き込むように鍋の中身を見ると、私と暮らしていた時とは異なる、綺麗に切り揃えられた具が煮えている。綺麗に切ろうが雑破に切ろうが、口に入れば同じでは無いのだろうか。乾し肉も、単に煮るのでは無く、一度沸かした湯で戻したものを切り分けて、もう一度煮ていた。そんなことをすれば、水溶性の成分の幾らかは流れていってしまう、とは思った。
しかしである。私が教えていない事をしているということは、これは春菜辺りに教わったのであろう。であれば、これが人の思う美味しい飯の作り方か。ともあれ、それが人のやり方なのだろう、と納得することとした。
それにしても、よく食べる。
降ろしてきたのは半身に捌いた鹿だったと思うが、既に空になりつつある。恐らくはここまで来る道中で相当な魔力を使ったのであろう。熱量をかなり食い散らかされたはずである。それでも限界を見極めて、昏倒することなく、食事で消費分を賄っているのは、流石の春陽である。この天性の才覚は魔力を十分に使い熟せる。
春菜に上書きされていく春陽に、自分の痕跡を探すような事をしているな、とふと思い至った。実の母親と張り合うなど馬鹿な事をしている。だいたい、春陽が里で暮らすようになってから、もう何年になるか。ちょくちょく帰ってくるので忘れそうになるが、もう二-三年は里で暮らしている。私と共に暮らしていた時間に匹敵する。次の春が訪れれば、里に戻ってからの方が長くさえある。
親離れした、否や私は春陽の親では断じてないのだが、ともあれ自分の道を見付けた子供に執着し過ぎても良くは無い。サッサと自活しろ、と尻を蹴飛ばして、その後で一人で泣く。親とはそう言うものだと、私は思っている。それぞれに旅立っていった我が子らの活躍に喜ぶことはあっても、それはあくまで彼等彼女等の誉れである。
春陽もそうなる、のだろう。自分で描いた青写真の通りになりつつある。それでも、記憶の中、ギャン泣きしていた春陽とそれに振り回されていた自分を時折、思い出しては、嬉しさと淋しさが混淆した名状し難い心地になる。
フワリと、額に春陽の手が降りてきた。そのまま柔らかく撫でられる。
「………ねぇ、いま何を考えていたの?」
その声音が大人びたこと、額に感じる掌が大きくなったこと。そんな事を考えていたんだ、と素直に返す。
「………トラは本当に意地悪で嘘付きだよね、素直に淋しいって言えばいいのに」
何たる言い草か。仮にも育ての親、の様なモノである私を値踏みするなど許し難い。仕返しに春陽の椀から肉の一切れを掻っ払って咬み千切る。
「自分の獲物を守れない子供に心配されるほど、老いぼれてはいないよ」
私は、春陽はいつものように怒り出すことを期待していた。しかし、どうだと見詰めた先にあったのは、慈母のように柔らかく微笑む春陽だった。
「今度ね、連れてきたい友達がいるんだ」
斜陽に茜に染まる玄関。戸口に手をかけながら、春陽はそう言った。横顔が斜めに射し込む陽光に照らされる。室内の暗さと相まって、明るい空に浮かぶ影絵のような春陽の、その表情は読み取れない。
平坦な、或いは努めて平坦を装った声音の裏側は、今の私には見透かせない。
「そうか、連れてくると良い。鹿の一頭でも用意しておこう」
心が粟立つようなのに、私の声も露とすら揺れてはいない。いつからだろうか、こんな風に春陽の本心を見透かせなくなって、逆に春陽が私を見透かす様になったのは。辛うじて拮抗していると、そう思っているのも、もしかすれば私だけなのかも知れない。
じゃあ、また来るね、と一言、言い残して春陽は去って行った。土産にと渡した猪の乾し肉を背中の籠いっぱいに、それでも乱れぬしっかりとした足取りで。
妙である。
それに気付いたのは、春陽が帰ってきた翌日である。
春陽が帰ってきて、また里に戻る度、何となくモヤモヤとした淋しさに苛まれるのは何時ものことになってしまった。
それにしても、昨日の春陽は何時にも無く大人びて見えた、まるで春菜を見ているようだった。
それに、去り際に言っていた友達とは、どういうことであろうか。建前としてではあるが、春陽は山神に仕える巫女である。基本的に里の者と私が会うことは無い、と言うことになっている。実際は春陽に新作の服を持って行くついでに夏海や春菜に会ったり、若葉の所を訪ねては彼女の孫の子守りなどもしているが、それは猫の姿でしているので、神様を演じる時のように魔力膜を纏いはしない。
そんな状況で、里から離れた私の家まで友達を連れてくる、変である。なにせ、里からここまで来るのは容易ではない。私や春陽の様に魔力を用いて、木々の梢を跳ねるように来るか、川沿いを回った後に、あの河岸段丘の崖を乗り越えるか、視界が埋まるほどの蚊に襲われつつ、森の中を歩いてくるか、大別すればその三つしか方法がない。
春陽の友達、恐らくは唯人であろう。そんな者が、簡単に来られる所では無いのだ。それこそ野営を覚悟するほどでなくては。
春陽が抱えてくるのだろうか、と考えて頭を振る。そんなことをすれば春陽が餓死しかねない。魔力は、彼等が認めた者以外には法外な代償を吹っかける。それでも耐えきれる強者のみが、彼等の望みを叶えられるのだと言わんばかりである。自分のみならともかく、春陽の持つ魔定石の大きさでは、それ程の代償を支払いきれない。それも覚悟の上で連れてくる、そう言うことだろうか。ともすれば、死ぬかも知れぬ危険を冒しても、私に会わせたい人物がいるのか。ごく普通に私が里に行ったときに会えば良いものを、危険を冒してまでここに連れてくる。
それはどんな者だ。
迷走する思考。彷徨った視線が庭先で悶える蝉の一匹を認める。束の間の逢瀬の後、彼等はああして死ぬ。子を残せたのか、残せたとして、何匹がまた次の世代に命を繋いでくれるのか、それを確かめる事も出来ずに、骸となって捕食者の腹を満たす。命を燃やして恋に生きる、と嘯くものすらいた程に、それは鮮烈な生の在り方だ。
そこで、ハタと思い付く。
もしや、春陽の言う私に会わせたい友達とは、春陽の番なのでは無いのか。
少しまて、と自分に言い聞かせる。勝手に動き出した思考領域の一部が春陽の年齢を推定する。待て待て、と言い聞かせることも徒労に終わって、結果が弾き出される。
齢は13。生殖可能年齢に差し掛かっている、人は個体差が大きな種族なので断定は出来ないが、里の中でも一際、栄養状態の良い春陽である。発情期が訪れていてもおかしくは無い。待てまて。
続けて、昨日の春陽から感知した種々の探査結果が再解析される。結果は。
待て。と思考を打ち切った。
視界の隅に現れる演算結果を無視して破棄。同系統の演算に永久に不許可のハンコを押して脳髄に押し返す。
人とは、発情期が来ても直ぐに繁殖する生き物では無い。皇国では、生涯にわたって誰とも番わないものだっていた。人とはそういうモノのはずである。それでも脳裏に浮かぶ考え。
あの春陽が、嫁に行く。子を産む。
何故か、魔定石の一部に反応。
それはアイツから受け継いだ欠片。
そうだよな。私だってきっと同じ気持ちだ。この感情になんと名付ければ良いのか、それすら分からないのに、アイツと同じ気持ちだと言うことだけは確信できた。




