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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
61/128

61.電波猫と神代の巫女

 秋の祭りから既に二月が経とうとしていた。


 紅葉した木々は、日に日に強くなる木枯らしに葉を落とし、遠く南に見える山の頂は、白く冠雪している。朝晩の冷え込みも、いよいよ深く、早朝などは吐息に白さを認めることも多くなった。

 玄関先。霜の降りた地面に足を落とすと、霜柱が幾本も手折られ、カサリと乾いた音がした。僅かな窪みに薄氷が張っている。春陽がそれらを喜んで踏み割るので、私は春陽の楽しみを奪わぬように迂回して納屋に行く。

 二階建ての納屋の一階。敢えて戸を付けていないその一階には、随分と草臥れた藤の籠が置いてある。それに魔力帯を通して背負う。床材の溶岩の冷たさを肉球で感じながら、家を後にした。

 薄い、しかし長い雲が掛かる朝だ。

 まだ雪が降ることは無いが、それでも幹と枝だけを残した木々と、秋雨で半ば腐った落ち葉が、否応なしに冬の訪れを感じさせる。それらの中から、ドングリ、とりわけブナの実を選んで籠の中に入れていく。家の辺りから採取を始めたのが祭りの少し前。今では腐ってしまったり、獣に食われてしまったモノも多いけれど、精細な感覚器からの反応を確と解析すれば、落ち葉の中に、或いは枝の隅に残ったそれらは思いがけず多いものだ。小一時間程も歩き回れば、籠の中は一杯になる。

 踵を返して家に向かう。右往左往していることの証明か、真っ直ぐに行き着けば、家は然程の距離も無い。納屋の隣、燻製室の最上段に生乾きの採取物をならべる。

 さて、昼餉までにもう一往復と納屋の先で欠伸を一つ。背骨を伸ばすとビキビキと音がする。軟骨がすり減り始めたかな、と訝しむのも束の間。音を聞きつけて来た訳でもあるまいが、家の戸口に春陽がのっそりと姿を現した。寝ぼけ眼をこすりあげながら、こちらにおはようと声を掛ける。


 魔力尾を展開。

 魔力密度を限りなく薄めたそれで、春陽の側頭部を狙う。

 手加減なく振り切る。

 途端、目を見開いた春陽が鵺の様な身のこなしでそれを避ける。

 先程の眠気を浮かべた表情を何処に置いてきたのか、爛々と瞳を光らせてこちらを睨め付ける。


「おはよう。魔力制御は随分と慣れた様だな」


 春陽の瞳に紫色の光。四肢の要所に魔力を籠めたのか、紫色の燐光が朝日の中にも鮮やかに映る。慣性制御も熟れたものだ。

 思わず嘆息する。

 次撃が無いことを悟った春陽が緊張を解く。

 大儀そうに仁王立ちになる。そのまま大仰に溜め息を付く。

「………どっかの誰かさんが昼夜を問わずに教えてくれるからねー。いい加減慣れるよ」

 否、これは天賦の才というヤツであろう。私がその域に達するまでにどれ程の時間と労力が掛かったか。それを思えば羨望すら覚える。

 とは言え、弟子の成長を喜ばぬ師はいない。

 調子に乗って貰って怪我をするといけないので、あまり口にしないだけだ。

「今日はどうするのだ?また罠猟か?」

 私の言葉に春陽は、うーん、と考える素振り。

「何となくだけど、今日は入ってないような気がする………」

 その言葉に、そうか、と返す。

 春陽は感覚派である。天才肌と言い換えても良いかも知れない。私の様に一つ一つ理屈立てて推測する訳では無いので、漠然とした表現が多い。

 春陽の感覚。恐らくだか、僅かな痕跡や気配の様なモノを総合的に探知しているのでは無いかと思っている。一つ一つの反応は意識するにも満たない、微弱な気配。私であればノイズとして切り捨てるそれらを、春陽は知覚して、それらに基づいて判断している。そう言う事なのでは無いだろうか。

 とは言え、天才の感性を凡夫が理解出来ようはずもなし。本人すら、どうしてそうなるのか分からぬモノに、私が勝手に理屈を付けているだけだ。

 しかし、先の魔力制御といい、その感覚の鋭敏さは他の追随を許さない。その春陽が今日の猟果は無いと言うのだ、その通りなのだろう。

「ではとりあえず、朝飯にしようか」

 空の籠を納屋に置いて、家の中に。

 春陽の横を通り過ぎる。

 その瞬間、雷撃の様な蹴り。

 ぴょん、と一跳ねしてその足先に乗る。

 膝を魔力帯で固めてやれば、伸びきった足を引き戻す事も出来ずに春陽が呻く。

「………まだまだだのう」

 悔しそうな春陽に、牙を見せ付けるように微笑んで、今度こそ家に入った。


 最近の春陽は競争が好きだ。

 駒遊びをしていた夏の頃から、その片鱗は見え隠れしていた。様々な意味で日々成長する春陽である。一日寝ればそれだけでも背が伸びる。採取物の見極め、獣獲りに関する経験、最近では魔力、と出来る事が多くなった。良くは分からぬが、里の男達よりよほど頼りになるのでは無いだろうか、と思うこともしばしばである。

 春陽自身もそれを自覚してきている。手足が伸びればそれを試してみたいと思うのは至極、自然なこと。故に、毎日の随に比武めいたやり取りもあれば、駒を炉端に置いて遊びに興じる事もある。

 一種の反抗期、と言えなくも無いのかも知れない。他に相手がいないので、じゃれ合うのは専ら私だが、時折、わざわざ罠を使わずに猟をしているのも、自分の力を試しているのだろうと見ている。このままの速度で成長されたなら、その内、猫鍋にされるかも知れない。

 さて、そんな春陽であるので、ちょっと心を擽ってやると簡単に乗ってくる。寒い日に一人でドングリを探すのは辛い。そこで春陽に、日が沈むまでにどちらが多く集められるか競争しようと持ちかけた。


 そして、つい先程、日が西の森の中に沈んでいった。

 納屋の前に積み上げられたドングリの山は二つ。どちらが多いか、一目では分からない。

 どんなものだ、と春陽は如何にも得意気である。さり気なく、とはいっても春陽なりにであるが、やれ私の山から伸びる影の方が長くないかなぁ、などと主張する。積み方が異なるので、見方に依っては春陽の山の方が高く見える。その位置に陣取って、やっぱり私の山の方が高いよねぇ、と言っている。

「そうだな。春陽の方が沢山集めたな」

 そう言ってやると、如何にも嬉しそうに両腕を挙げた。それでも納まらぬのか、バタバタと地団太を踏む様に足をジタバタさせて踊っている。

 それを尻目に、燻製室の扉を開く。途端に香る桜の匂い。魔力帯で最上段に積んでいくが、何せ量が多い。とても一段では収まらない。いつもは大型の獣を乾している段から、幾つか獲物を降ろして場所を空ける。空いた場所に何とか収納し終わる。

 降ろした獲物を見る。数日前に狩ってきた鹿が丸ごと二頭分。私と春陽だけで消費するには多すぎる。そこでハタと気付いた。

「………明日は朔の日か」

 零した言葉に春陽が反応する。

「そうだね!」

 更に機嫌が良くなる。ではこの鹿はとりあえず炉端にでも置いて置こう。鹿を魔力帯で抱え上げながら、春陽が昨日、獲ってきた狸を降ろす。今日の晩飯はこれで良いだろう。最下段で燻る薪に幾つか乾いた枝を追加して、燻製室の扉を閉めた。

「春陽。晩飯にしよう。もう寒くなるから、早めに家に入りなさい」

 まだ踊っている春陽にそう声を掛けて、家に入った。


 朔の日が特別な意味を持ったのは、一月前からである。

 その端緒は二月前の朔の日、つまりは先の祭りの日である。

 あの祭りの前に、若葉は祭りを朔の日に行うと私に伝えた。そして、次の祭りをいつにするのか、明確には決まっていない。里の者であれば自明であろう。祭りは秋と春に行うと、皆が知っている。私もそれくらいは知っている。が、敢えて知らないフリをしてみたのが丁度、一月前である。

 積層した魔力膜に獲物を山ほど巻き付け、背には春陽を乗せて、朔の日の昼前に里を訪れた。

 慌てて出てきた若葉は、周囲の者に押し出される様に私の前に立った。


 喉の奥がコロコロ鳴る。

 普段から泰然としている若葉の狼狽ぶりは、今になっても思い出し笑いの種である。


 約定に従って獲物を持ってきた、そう告げると若葉は、対価が無いと答えた。そんな事は承知の上である。碑を建てようにも、魔晶石を集めるにも、一月は短かすぎる。とりわけ、先の祭りで獲れた獲物からは、私が全ての魔晶石を抜き取っている。人の手のみで魔力に操られた獣、ワディエツヤ ドゥイグを狩るのは至難であろう。が、しかし、である。

 敢えて威嚇するように吼える。

 余りの声量に、里の子供が泣き出す。それをあやそうとする母達も、恐怖を顔面に貼り付けて蒼白になっている。その様子を見ると、分かっていても心が痛む。

 里の者が十分に怯えたところで春陽の出番である。恭しく、私の背から降りる。事前に教えた文句を諳んじて私を窘める。その様子を皆に見せ付ける。

 神を諫めるあの娘は何だ、と動揺が広がる。

 それが収まる前に、春陽は若葉の前に立って、昂然と言い放つ。

「では、宴を。山神たるトラを祀りなさい」

 何処までも慇懃に、神々しさすら纏わせて、そう宣言した。


 そこからは、蜘蛛の子を散らす様だった。

 狩りに出ている男衆を呼び戻しに走る者、私の持ってきた獲物を捌く為に道具を取りに戻る者、未だに何が起きているのか分からずに立ち尽くす者。それぞれ反応は様々であったが、とりあえず一時間程で宴、要は屋外で行う食事会であるが、の準備が出来た。

 里の中央に据えられた巨石の上で待っていた私と春陽の前に、これでもか、と食事が運ばれる。それを見ていた春陽が小声で問い掛ける。

「………ねぇ、まだ食べたらダメかな」

「ダメだ。何度も練習しただろう。今日の春陽は神様よりも偉いのだ、お行儀良くしていないと格好が付かん」

 そうだよねー、と分かっているのかいないのか、返事には気が抜けている。今日のために拵えた白い衣装の袖を引っ張っては、こんなにゴテゴテしてたら動きにくいよねー、などと言っている。

 緊張しているのだろうな、と思う。

 一年ぶりの帰郷で湧き立つ歓びと、幼子が背負うには重すぎる役どころ。いくらマセていても春陽は齢十にも満たぬ子供である。それでも。

「上手くいけば、春菜と夏海にも会える。今は少し我慢しろ」

 そう言えば春陽は口元を固く結んで、堂々と顔を上げた。

 それは、神代の巫女の姿に相違ない。


 その後、集まってきた里の者と食事をし、まだ昼過ぎにも関わらず、これ程に遅くなっては巫女を山に帰せない、どこか宿は無いかと、我ながらわざとらしく問う。夏海がまたしても笑みを隠しきれない演技で、自宅に春陽を招く。そのまま春陽を置いて、私は帰った。

 翌朝、春陽を迎えに行くと、見るからにウズウズとしている。嬉しくて仕方がないのだろう。ボロが出る前にサッサと家に帰ることとする。

 里が見えなくなると、堰を切ったように話し出す。昨夜は春菜とこんな話をした、夏海が高い高いをして、大きくなったと言ってくれた、などなど。余りに嬉しそうなので、私も釣られて心が浮き立つ。

「トラ!ありがとう!トラは本当に約束を守ってくれたね!」

 そう言ってくれたことを、私がどんなに誇りに思っているか、春陽はきっと知らない。


 それが一月前、そして今まさに同じ光景が目前にあった。前と違い、毛皮が敷かれた巨石の上で宴の準備を待つ。傍らには石と木を組み合わせて作られた椅子が置いてある。大仰な程に毛皮で飾られたそこに座る春陽は、先月の時よりも慣れた様子である。

 堂に入っている、と言えばいいのか。

 裏事情を知っている私でさえも、何か神々しさを感じる程である。天はこの娘に何物を与えたのか、呆れるほどの天禀である。

 昨日、春陽と獲った大量のドングリと、私が仕留めた獲物の数々。その一部が食事として饗される。それらを粛々と平らげると、夏海が宿の申し出をする。こちらも相変わらずの大根役者である。演技の才は春菜譲りなのかも知れない。


 明日の朝に迎えに来る旨を伝えて、家に向かって走り出す。

 背に重みを感じない事を、少し淋しく思いながら。

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