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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
60/128

60.電波猫と春陽と魔力

「ああああああぁぁぁ!!!」


 まだ、家は見えない。それでも、木々が風に打たれる音を貫いて、春陽の叫びが聞こえる。

 四肢がもげかけない程の疾走。それでも焦れる様な粘ついた時間。

 視界に、家が、石牢が映る。

 石牢から紫色の靄が立つ。紛れもない、春陽の魔力。


 靄は揺らめく。椀から立ち上がる湯気が風に煽られる様に。

 違う。私は知っている。魔力波は物理的な影響を殆ど受けない。

 ならば、あの揺らぎは発生源、春陽からの出力をそのままに表していると見るより他ない。靄の形が変わる度に、春陽に繋いだ魔力糸からの魔力が拍動する。なるほど、この拍動の理由は知れた。しかし、あの様に不安定な魔力波、これまで見たことが無い。何よりこの苦しみ様は何だ。

「春陽!トラだ。何が起きた!?」

 返答を待つのももどかしい。展開した魔力尾で力任せに石牢を解体する。その中に居たのは。

「トラぁ、暑いよぉー」

 暑い暑いと叫んでいる、何故か全裸になった春陽だった。


 毒気を抜かれた、と言えば良いのだろうか。

 異常な事態であるのは間違いない。しかし。

「あー、気持ちいいー」

 などと、嘆息しつつ水汲み場で頭から水を浴びる春陽を見ていると、どうも緊迫感がない。吐水口の上、乾いた地面に伏せつつ春陽に探査を掛ける。相も変わらず不安定な魔力放出が続いている。本人の言の通りと言うべきか、普段より体温が高い。しかし、それ以外には特に異常はない。

 異常はない、何故か自身の出した結果を疑う。既に秋も深いこの時期に、ともすれば身を切るほどの冷水を浴びて、異常が無い。異常が無いことが、むしろ異常である。

 春陽は暑いと言った。しかしその体温は、確かに平時よりは高いと言いつつも、発熱と呼ぶには及ばない。それならば、やはり魔力の放出が問題なのか。

 探査を魔力に絞る。

 春陽の魔晶石から魔力が放出されている。常ならば、血流により体内を循環する魔力が、全身から滲み出る様に湧き上がっている。心拍に合わせて魔晶石もまた拍動し、その度に春陽から立ち上がる魔力放出も増減している。

 暴走、ではないような気がする。

 魔晶石は不安定に瞬いている。それでもその色は淡い紫色で、纏う魔力は不定型ながらも魔晶石を核としていることには変わりない。

 暑い。熱を感じると言うことか。

 遙か昔、蛇殿と初めて会った時のことを思い出す。あの時、魔力を感知できなかった私は、彼の魔力放出を熱的なノイズとして検出していた。

 記憶が芋づる式に呼び覚まされる。蛇殿と別れてそれ程たたない時分、魔力波を打ち込み続けた水滴に上がった湯気。

 では、今の春陽は魔力を熱として知覚しつつあると言うことなのだろうか。その上で制御出来ない魔力が、生体機能に連動して不安定に放出されているとすれば、辻褄は合う、のだろうか。

 憶測に憶測を重ねるような不安定な推論だが、確かめてみる価値はあるような気がした。少なくとも、春陽の意識がしっかりとしている内は、強引に制御を奪い取らなくとも対処可能と見た。それにしても。


「………春陽。いくら何でもこの時期の水浴びにしては長すぎではないか。風邪をひいてしまうぞ」

 もうかれこれ、30分程になる。

 戯れに足先で水に触れてみる。

 パシャリ。

 後悔した。

 驚く程に冷たい。しかも肉球の間の毛が濡れて不快である。

 人間というのはどうして、こんなモノで体を洗いたがるのか。もう何百回と問い直しているが、いまもってしても謎である。

 

 それでも暑い、暑いと喚く春陽を諭して、沐浴場から引き上げる。とりあえず何か着なさい、と服を着せる。アレも嫌、コレも嫌と言う内に妥協点を見出す。木枯らし吹くこの季節に半袖の夏服である。何故か頭痛がする。

「………春陽。とりあえず少し落ち着きなさい」

 半ば無理矢理に服を着せた事が気に入らないのか、或いは暑さがそれ程までに耐え難いのか、春陽はご立腹である。具体的には板張りの床の上をゴロゴロと転がり、少しでも涼しい所を探し続けている。床が温まってくると別の場所にコロコロと転がっていく。数分毎にゴロゴロと移動する上、暑い暑いと騒ぎ続けるので、とても落ち着いて話を出来そうにはない。それでも、少しは落ち着いてくれないと困る。

 春陽の様子には異常がない、事も無いが、少なくとも意識がしっかりしている事に、少し調子に乗っている自覚はある。ともすれば、春陽が魔力を制御する切欠になるかも知れないとすら思い始めていた。

 魔力の制御に肝要であるのは、何はなくとも意識である、と私は思う。魔力自体が持つ微弱な意識に具体的な方向性を示し、折り合いを付けて、利用する。それこそが魔力制御の本質だ。今の私の様に彼等の内に深く潜り込む事が必要とは思わないが、紫瞳の猫と契約を交わす以前の私の様に、ある程度の熱量と引き換えに利用することは出来ないだろうか。

 直感的には出来る、と思う。程度の違いこそあれワディエツヤ ドゥイグと呼ばれる獣達は彼等が生来持つ機能の増強に、魔力を用いている。彼等の全てが意識的にそれを用いている訳ではあるまい。恐らく、ある程度までは感覚的に制御する事が出来るはずだ。

 今の春陽は、暑さという形で魔力を認識している。半年ほど前に海岸で練習した時には無かった感覚である。それを契機と見て良いものか。ともあれ、まずは落ち着かせなければ話にもならぬ。

「春陽。私の尻尾は何色だ?」

 ゴロゴロと転がる春陽を魔力尾で拘束して、そう問い掛ける。身動きが取れない事に、春陽は反射的に抵抗し、一拍を置いて、私の尾を凝視する。

「………何これ。………紫色の、糸?中身は空っぽなの?」

 絶句する。

 何という精度の魔力探知。

 期待を上回る成果と言うほか無い。

「………春陽。それが魔力だ」

 掠れた声が出る。期待か、緊張か。急に乾いた喉で絞り出すように、そう伝える。

 こちらに視線を送る春陽の両眼は、紫色の燐光で彩られていた。

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