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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
59/128

59.電波猫は詐欺を働く

 静寂が耳を打った。

 視界を埋める獣の群れ。そこから命が抜き取られた瞬間、獣たちの発していた呼吸音が、心音が消えた。余りに多くの生命の息遣いが抜け落ちて、物言わぬ骸だけが残された。

 半ばまで堰き止められた河から、サラサラと水の流れる音がする。それが知覚された時に初めて、失われた命が発していた音の大きさを知る。


 骸の原。

 その中に立ち尽くす人々が、草原に生える疎らな木々の様に見える。

 呆然とする彼等に目をやり、語り掛ける。

「獣たちの命を無駄にするな。早く運ぶなり、解体するなりしなくては、河に流される」

 魔力尾を展開する。河を堰き止めている死骸を堤防の上に移動させる。慎重に置いた積もりであったが、量が多すぎる。一瞬、浮遊する死骸に空が覆われ、地表に大きな影を作る。着地の際には地響きの様な音が響いた。

 腹の底を揺らすような低音が、川底で反響しあう。巨人が手を拍った様な重い音。


 その音が契機となった。

 呆然と立ち尽くしていた人々が正気に戻る。

 常にはない、傷の少ない獲物の数々。瞳が理性の光を取り戻す。そして、それが欲に、或いは歓喜に染まっていく。

 それでいい。

 投石で撲殺された訳では無く、魔晶石を抜き取られた遺骸たちは、その損傷が限りなく少ない。獲れる肉も、皮も、これまでとは比較にならないだろう。そうで無くとも、この量である。少なく見積もっても、先の祭りの三倍は下らない。

 約定は果たした。そう、確信する。

 問題は。


 我が身から伸びる魔力糸の一本から魔力の拍動を感じる。それは春陽に紐付けた魔力糸。そこから魔力が逆流してくる。異常だ、何かが起きている。

 焦燥が脳裏を冒す。その先で何が起きているのか、今すぐにでも駆け出して確かめたい。

 しかし、ここで違えれば獣たちの命が無駄になる。それは、里の人々から、私達も含めたワディエツヤ ドゥイグ達への見方が変化しない事を意味する。これだけの骸の山を築いておいて、それは赦されない。誰でも無い、私が私を赦さない。


 奥歯を噛み締める。小さく、ギリリと歯が軋む。


 焦りを気取られぬ様に、泰然と石室の上に立ち上がる。全身に魔力膜を鎧う。肥大する体躯。河床を埋め付くほどの巨躯。視点が堤防を超える。遙か頭上から、神の様に人々を睨めつける。

「約定はここに果たされた。相違ないか?」

 体躯の膨張に伴って、同じく伸びた声帯から低い、低い声を出す。それは雷声となって人々を貫く。余りの声量に河原の浮き石が揺れ動く。

 目前の猟果に目を奪われていた彼等の顔が、再び、硬く強張る。紛れもない畏怖、それは限りなく恐怖に近い。


 それでいい。だって私は化け物なのだから。


 恐怖に塗れて硬直する人々を見下ろす。その中に、若葉の姿を探す。

 見付けた。

 普段の厳めしい表情を何処に忘れてきたのか。恭しげに頭を下げてはいるが、内心は含み笑いを抑えているのだろう。怯える周囲との差は歴然だ。

 細い魔力尾で、肩を柔らかく叩く。気付いた若葉が顔を上げると、その視線が此方の視線とかち合った。気取られぬ様に小さく、しかし確かに頷く。聡い若葉には、それだけで伝わる。

「御神の恵みに感謝を申し上げます」

 周囲の視線が若葉に集まる。ありがたい。

 正に、神と対話する巫女の様に若葉は続ける。

「願わくば、次なる春にも我らに慈悲を賜らん事を、畏み畏み申し上げる」

 若葉の隣に立った男が、呆と惚ける。やがて、彼の脳が若葉の言葉を咀嚼する。ゆっくりと、驚きが表情を塗り替えていく。

 それをじっと見る。焦れるような間を空ける。まだだ、今起きている事の意味を、もっと強調するためには、まだ。

 海神とは違う。私が対話が可能な化け物であることを、もっと強く印象付けなくてはならないのだ。対話できる、取引できる。つまり、前触れなしに暴走することのない、そんな都合の良い化け物を演じなくてはならない。

 然うしなくては、春陽を里に戻せない。私の描く道筋には、そんな都合の良い化け物である私が、どうしても必要なのだ。

 男が此方を見る。否や。男だけでは無い。皆々が若葉から私に視線を移す。これ程の威容を見せる神に、図々しくも願いを重ねる若葉に、私がどう対応するのか、それを注視する。

 機が満ちた。


「………碑を建てよ。これまでの贄に、そしてそなたらの血肉となる獣たちを慰めるために。そして贄を、そなたらが狩る獣の心中に宿る石を、私に捧げよ。さすれば、これからも私はそなたらの傍らに立とう」

 厳かさを装って、そう返答する。重すぎず、軽すぎない対価を要求する。どさくさ紛れに、傍らに立とう、などと言ってしまった。むしろ、それは此方のお願いである。それも喉から手が出るほどに渇望する。

 まぁ、いいか。格好が付けば何でも良いのだ。もういい加減、神様ごっこも恥ずかしくなってきた。事情を知っている者、つまりは若葉、春菜、夏海の三人が、なにやら笑いを堪える様な顔をしている。特に夏海が大根役者である。俯いているが、肩が震えている。

 たぶん、私の思惑が伝わったのだな、と思う。これからも神様ごっこを続けるなら、もう少し演技を磨かなければならないかも知れない。いや、いっそ化けの皮を剥いでしまって、里の中央の大岩の上で腹を出して寝てやろうか、お前達の恐れているモノの正体など、こんなモノだと嘲るように。

 益体も無い事を考えている間に、若葉が承知した旨を告げる。なにやら小難しい比喩や謙遜を交えて、それらしく取り繕ってくれたが、聞き流してしまった。また今度、その演技力の秘訣を聴きに行こう。

 厳かに頷いて、頤を上げる。

 秋の昼。高い青空の果てに届くように咆哮する。特に意味は無い。何となく了解したという事が伝われば良いのだ。

 人々が感動している様子が見える。若葉に尊敬の念が集まる。

 それを見届けて、ではさよなら、と言わんばかりに立ち去る。

 若葉が一層、深く頭を下げて見送ってくれる。

 それを見た人々が、一拍遅れて頭を下げる。


 内心で詫びる。すまない、これは貴方たちの素朴さに付け込んだ詐欺だ、と。



 ともあれ、約束は守った。祭りでやるべき事はやった。

 全身の魔力膜を解除。張りぼての様な巨躯は邪魔なだけだ。余剰となった魔力を駆動系にぶち込んで最大速度で森を駆ける。

 最早、体表を護る魔力膜が無ければ、空気抵抗で圧死しかねない速度。巨木であろうと、岩であろうと、全てに孔を穿ちつつ直線的に家を目指す。

 魔力糸から伝わる拍動が、少し弱まる。何が起きているのか。焦る気持ちをそのままに、私は駆ける。

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