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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
45/128

45.電波猫の散歩

 自分の意気地のなさに向き合うまでに積み上げた猟果を胃の腑に納める。太陽は燦々と頭上に座して、若葉の放つ精気に高く光柱を建てる。鬱蒼とした山中にあって、それらの光の柱の一本一本が、地に突き刺さる恵となるのか、日の当たる部分だけ立ち草が旺盛に繁っている。

 それらをボンヤリと眺めながら、口にした鼠の背骨を噛み砕いた。

 頬骨越しに響く乾いた音。口中に広がる泥臭さが混じった血の味。その塩味を骨肉と共に飲み下す。

 すこし高くなった太陽に目をやりながら、春陽と、その親たちを思う。


 納得している、と思う。

 同時に、思う、とは酷く身勝手な言い草だとも思った。

 私が余計な手出しをしなければ、あの秋に春陽は死んでいたはずだ。そうすれば、彼等の再会は無かった。それらをすべて反故にして、こうして彼らを引き合わせた。それは私にとって善行に区分できる。

 それでも恐い。

 私と彼等の良識が、認識が、或いは決定的な所で食い違っているのではないか、それを目前に突きつけられるのではないか。

 私は、彼等にとって、堪えようのない異物なのでは無いか。

 それらの問いを突き付けられることが、この上なく恐ろしい。


 もし今この時に、春陽の親が、春陽を殺していたら、どうであろうか。それは彼等の因習の中の善である。それでも、私はそれを良しとは出来ない。

 私は、この期に及んでも彼らを私の知る人であるのかを疑っているのだ。

 自身の考えに怖気がする。

 彼等の思考が、行動が、我の知るそれらから違えたとき、私はどうするのだろうか。

 彼等の一切を獣と見做して狩り獲れば、或いはこの迷いは晴れるのか。

 試金石としては、春陽との生活はあまりにも輝いていた。

 あのあどけない笑顔を、闊達な仕草を、このような奇妙な獣を家族として扱ってくれる優しさを。

 それらの総てを掛け金としても、私は彼の人らを試さずにはいられない。

 私が、守るべきものか否か、その確信を得るために、私は春陽を贄としている。

 鬱屈した悔悟と、暗い正義感が胸中で交錯する。

 私の愚行に何ら関わりなく、晴れ渡った空からは、夏の陽気が森に満ちていた。


 とぼとぼと、家路を辿る。

 小屋に近付くにつれて、自然と感覚が研ぎ澄まされる。小鳥たちの嬌声も、木々葉擦れも、遠く色褪せていく。自分の呼吸音、肉球が砂を踏みしめるザリザリとした足音が妙に近く、耳朶を叩く。

 樹林の隙間から、小屋が視界に入る。

 その間口に、仁王立ちをした春陽。

 両の足で地面を踏みしめて、腰の辺りに当てた手を支点に、すこし反るような立ち姿。

 私の気配を察していたのか、射るような視線を向けている。


 口の中でくぐもった音がした。

 明確な形をとる前の、それが滑り落ちるよりも早く、春陽の大声が響く。

「トラーーー!!!おそーい!!!」


 駆けだした。

 背の低い若草を蹴り飛ばすようにして、春陽に向けて。

 春陽の胸に頭突きをかますようにして、その体躯に飛び付く。

 鼻先を春陽に押しつける。鼻腔に春陽の匂いが広がる。

 すこし埃っぽい、若草と太陽の匂い。

 面食らった春陽が、私を両腕で抱える。

 偉そうに取り繕っていた表情が困惑で上塗りされる。

「………トラ?どうしたの?」

 覗き込むように頤を下げた春陽から顔を隠すように、深く抱きつく。

 何でもない、何でも無いのだ、と繰り返しながら、春陽の暖かさを感じていた。

 馬鹿みたいだと思った。勝手に心配して、勝手に安堵して、勝手に想像した悲しい結末の反動で、こんなに春陽を愛おしく思うなんて。

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