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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
44/128

44.電波猫。それと一組の家族

 夏海と春菜。一組の夫婦を背に載せて、春陽の待つ小屋に走る。

 たぶんまだ寝ているだろうな、とも思う。二人を連れて行くことは、春陽には伝えていない。

 あれだけ熱を入れて改築の計画を練っていたというのに、ここ数日の間、なにも進展が無いことに春陽が残念がっていることは知っていた。しかし、若葉の望み次第では、どう転ぶか判らない事で、糠喜びさせることはしたくなかった。

 それが漸く動き出す。しかも、この二人は恐らく。


 四肢を撓めて跳躍する。

 森の緑が、その随に見えるまだ明けきらぬ空の藍が、恐ろしい速度で後方に飛んでいく。

 私の背に掴まる二人が恐怖に戦く。

 既に生物が出して良い速度を超えて疾走している。繁茂した下生えを嫌って、木々の枝から枝へ、跳躍を重ねるものだから、上下の揺さぶりも大きい。

 夏海、夫が背負った籠の中身がガチャガチャと音を立てる。何を持ってきたのかは知らないが、割れ物が壊れていないことを祈るばかりだ。

 背に視線を送る。引き締まった体躯とアイツに良く似た矮軀。夜闇にも似た黒髪黒瞳。日に焼けた肌には皺が刻まれ、四肢のあちこちには傷痕が色濃く残る。若い、とは言えまい。白が混じった頭髪は、彼が壮年の域に入り込んでいることを示しているようだ。

 片方、若菜はずいぶんと若い。ともすれば少女と見間違う容姿。日に焼けてすこし赤味を帯びた黒髪と、夫と同じく深く黒い瞳。細い手足を懸命に使って私にしがみ付く。その若菜の腰を支える様に、夏海が腕を回している。


 漸く、太陽が山々から昇った。明るい朝日に照らされて、視界が晴れる。半ば跳ぶ様に移動する傍らに、緩やかに蛇行する河が見える。背の二人が眩しさに目を細める。その目尻に刻まれた皺の深さは、夫婦でよく似ていた。

 水鳥か、様々な色合いの鳥達が川瀬に集まってのんびりと浮かんでいる。空に浮かぶ雲は目に感じる程に速く流れていく。それでも広く、青く見える空。今日も暑くなりそうだった。


 小屋に着く頃には、二人とも疲れ果てているように見えた。

 申し訳なく思いながら、小屋に探査を掛ける。春陽はまたしても掛布を蹴飛ばして寝こけているようだった。

「二人とも、荒い移動になって済まない。同居人が目覚める前に戻りたくて、つい、急いてしまった」

 私は地面に座り込んだ二人に詫びる。春の終わりに刈り払った地面は、夏の暑さに灼かれたのか、背の低い草の生える草地になっている。客人の衣を汚す無礼は犯さずに済んだようだった。

 同居人、の言葉に二人が僅かに反応する。顔を伏せたまま、互いに目配せした。

「同居人は春陽と言う。これは私の極個人的なお願いなのだが、ここに居る間だけでも、彼女のことは春陽と、そう呼んでやってはくれないだろうか」

 そう言って、小屋に向き直る。背後の二人から、押し殺した嗚咽が漏れる。

 ゆっくりと、小屋の戸を開ける。背後を見ないようにしながら、3人分の朝食の支度に取り掛かった。


 音を立てぬ様に、ゆっくりと戸を開け放つ。まだ低い位置に、顔を覗かせたばかりの朝日が部屋の中を輝かせる。囲炉裏には薪がくべられ、仄かに野趣溢れる香味を立ち上らせる。

 春陽の横顔が明るく照らされる。光を嫌う様に、寝返りを打って体を丸める。こうして見れば、どちらが猫か分からぬ。

 未だに玄関前に佇む二人に歩み寄る。

「私とした事が、自分の分の朝飯を用意し忘れた。これから獲ってくる。戻って来たら作業を始めたいので、先に飯を食べておいてくれ。食器の類は、春陽が場所を知っている」

 二人が何かを言おうと口を開く。それを待たずに走り去った。

 

 森の中を闇雲に駆ける。

 魔力膜を纏わずに動けば、下草が体に絡み付く。

 力任せに引き千切って、目に付いた鼠を狩り獲っていく。

 深い森の中、木々の隙間から朝日が見える。

 二人を小屋に置き去りにしてどれ程経ったのか。

 頃合いだろうか、と思う。

 根拠なく、まだだと決めつけて、更に森を彷徨う。

 人を置き去りに、獣の有り様を充たすように。ただ在りし日の「家」での振る舞いを真似る。


 それでも、浮かび上がる考え。


 春陽を連れ去った、異様な獣。

 近頃になって里に現れた異質な獣。

 それらを結び付けて、尚、それを追う夫婦。

 妻の名は春菜と言った。

 いつか聞いた春陽の母と同じ名前。


 動かし続けていた四肢が重い。

 木の幹に凭り掛かるように、座り込む。

 丸めた体に頭を突っ込む。

 梢から木漏れ日が降り注ぐ。


 恐らくは、あの夫婦は春陽の親であろう。

 彼等の再会を邪魔する気はない。

 それに。


 私の変えてしまった里の在り方。

 それを象徴するような場面に立ち会う勇気も、今の私には無いのだ。


 僅かに見える空は青く晴れ渡り、太陽が明るかった。


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