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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
41/128

41.電波猫と春陽の駒遊び

 切り出した木板を、春陽と一緒になって見詰める。春陽が、板の上に置かれた木片を掴んで動かす。ふーむ、と声に出して考える。わざとらしく見えぬ程度の間を置いて、前脚で駒を進める。

 しばし、考えに耽った春陽が狼を模した木片を動かす。群れから飛び出したその一匹の目前に、倒した鹿の模型を差し出す。鹿を視界に入れた狼は、更に群れから離れる。その先には、槍を構えた人の模型。


 春陽が駒を投げつけて叫ぶ。

「トラのバカーーー!!!」

 走り去っていく背中に、今日の飯当番は春陽だぞ、と声を掛けた。

 

 駒遊びである。

 暑い中で、ただ暑い、暑いと言うのにも飽きてきた頃の事だ。使う当てのない木材から、板やらなんやらを切り出したのは私である。涼しい日陰でゴソゴソと熊や鹿、狼の木彫りを彫って暇を潰していた所を、春陽に見付かったのだ。

 私が彫った玩具で、やれ鹿を襲う熊の真似事であるとか、或いは自分で探してきた枝の類を組み合わせて家を作り、それを狼に襲わせて壊してみたりと、勝手に遊び始めた。

 そうなると、私も興が載ってきて、家の模型やら、遠くに見える山の模型やらと、色々な物を彫りだした。


 再三であるが、春陽は賢い。


 最初は、寸劇の様に模型を動かすだけであった。しかしその内、鹿が群れるのは狼に襲われぬ為であり、そうであるなら群れた鹿は狼より強いであろう、とか、狼の一匹は熊よりも弱いが、狼が3匹と熊では判らぬ、などと言い出した。

 そういう事なら、人は罠を使うであろうし、夜になれば猛禽の類も勇ましい、と相手にしたのが端緒である。

 改造と増築を繰り返して、あたかも周辺の立体地図と化した板の上で、昼夜を交代しながら、狩る側、狩られず逃げる側に分かれた駒遊びに発展するまで、一月ほどであった。

 ルールはコロコロと変わるが、変更と言うよりも、より詳細かつ複雑になっていくので、その場、その場で最適解は異なる。春陽は何故か狼がお気に入りで、狩る側をやりたがる。

 昼の内は森の奥に引っ込む春陽の狼をやり過ごす。コツコツと罠に掛けた鹿を餌にして、狼をおびき出し、哀れな毛皮に変える人間、と言うのが最近の私の基本戦略である。狩る側も狩られる側も、場合によっては逆転するのだ、と近頃になって付け加えたルールであるが、これが春陽の闘争心に火を付けたらしい。

 小賢しい人間を、群れで囲んで食い殺そうとする狼を、スルリと抜けるように、私が駒を動かし、深追いした所で罠に気付いた春陽が、怒って駒を投げつけた。

 更に言うなら私はバカでは無い。春陽の考えが足りぬので負けるのである。つまり春陽の方がバカである。


 夢中になって遊んでいるうちに、日暮れ近くになっている事も増えてきた。暑い盛りを、そうと感じずに過ごせるので、それなりに気に入っている。

 稀に、狩りに出掛けようとするところを春陽に捕まって、飯も食わずに遊び呆けては、腹を空かせた春陽に泣かれる事もあることが、玉に瑕であろうか。

 

 それにしても。と、春陽の去った後に残された盤面を見る。森の分布、高低差、獲物の逃走経路。まだまだ粗の目立つ所はあるが、地形を理解し、自陣の能力に適した方法を考えて動かしている。

 板戸を挟んで、居間の方から山菜を刻む音がする。湯の沸く音と、それに何かを入れる音。乾いた食器を並べる、コトリとした小さな音。パタパタと玄関に向かったのは、塩の入った甕を取りに行ったのか。

 全てを私に頼っていた頃とは、比べものにならぬ。迷いのない動きだった。


 縁側から、外に目を向ける。

 大きな夕陽と、彼方に見える入道雲。塒に帰る鳥の群れが、暗くなりつつある空に黒い影となって見える。涼しさを感じる風に、夜の訪れを覚える。

 庭先に並べた丸太は、よく乾き、夕闇の中にひっそりと佇んでいる。

 ご飯が出来たよ、と室内から春陽の声が聞こえる。今行く、と返してから、再び盤面に目を落とす。

 頃合いかも知れぬ、とそう思った。



 翌朝。

 春陽が起きるより早く、森に出る。

 不運な狼を狩り獲り、小屋に戻る。

 玄関前で獲物を捌く。肉を乾燥棚に、皮は甕に漬け込む。

 手早く処理を済ませると、小屋の屋根に上る。登り始めた朝日の中で、小屋を中心とした半径100mに探査を掛ける。

 植生、地形、或いは獣の動きまで、種々の情報を脳髄の簡易催眠に投げ込む。それらが立体的な像を結ぶ前に、丸太の前に移動する。

 魔力爪を励起。

 バックグラウンドから随時、返ってくる情報を元に、周辺の立体地図を切り出していく。



「おはよう」

 どれ程そうしていたのか。気が付けば、春陽が起き出してきた。丸太の前に座り込んでいた私に、背後から声を掛ける。

「何しているの?」

 周囲に散らばった木屑。小屋の囲炉裏を凌ぐ巨大な木板。春陽が疑問に思うのも当然であろう。

「これは地図だ」

 板の中央、100分の1のスケールに合わせられた森の中に空き地がある。その中央に、こじんまりとした小屋が建っている。木々の一本に至るまで、忠実に再現された森の分布、細かな標高差、最寄りの小川から、東を流れる大きな河川まで、凡そ生活圏内にあるものの詳細を表した立体地図である。

「へー」

 そう言ってしげしげと眺める。

 眺めるには飽き足らず、手を伸ばして小屋を触る。指先で屋根の輪郭をなぞり、すごく良く出来ているね、と零す。

「屋根を掴んで持ち上げてみよ」

 私の言葉に春陽が驚く。まさかそんな、と小さく呟きながら、恐る恐る小屋の屋根を持ち上げる。音も無く、小屋の屋根が外れると、その中には囲炉裏はおろか、甕の1つに至るまで、精巧に作られた模型が現れる。


 春陽の顔に驚きが浮かぶ。

 そうだ、その顔が見たかったのだ。

 内心で喝采する。

 一人悦に入る私に気付いているのか、いないのか。暫しの間、恐る恐ると模型を触っていた春陽が、口を開く。

「………トラ、そんなに暇だったの?」

 どこか申し訳なさそうなその口調に、私はいたく傷付いたのだった。


 別に怒ってなどいない。そう何度も言っているにも関わらず、春陽は鬱陶しかった。

 朝飯を食べているときも、水を汲みに行くときも、なにやらこちらの機嫌を阿るような、気遣わしげな視線を送ってくる。何度となく機嫌を確かめられる度に、怒ってなどいない、とそう返している。

「絶対に怒ってるよ。耳も尻尾も立ってるし」

 ボソリと春陽が呟く。

 聞かなかったことにする。耳と尻尾をいつもの位置に戻す。意識的に。

 別に気にしてなどいない。縮尺に気を遣い、それぞれの部品を最小単位まで分解出来るようにした力作であっても、物の長さに頓着しない原始人には理解できない、それだけの事である。

 さて、飯も食った。早朝から狩りに出たため、他にする事もない。準備は万全と言えた。


 春陽を模型の前に呼び出す。

「春陽。小屋を作り直そうと思うのだ」

 それだけで、模型の意味を理解したのか、春陽が、ああ、と頷く。

 私の目を見て、真っ直ぐに。

「私、家の近くに便所が欲しい」

 と、言った。

 うむ、と頷く。

「便所なら、家の中に作ってしまうという手もあるぞ」

 小屋の傍に小さな建屋の模型を置く。

「でも、家の中だと臭いがしない?」

 置かれた模型と小屋の模型を指差しつつ、春陽が言う。

「それは、例えば此処の川から水を引いて、便所の下に水を流し続ければ、臭いもしないだろう。それに毎日、水を汲みに行く必要も無くなる」

 川から小屋までの間に、水路を模した枝を置く。

 それを見た春陽が、なる程、と頷く。詰まったりしないかな、と疑問を呈する。確かに、それは想定外であった。暫し、流量を計算する。

「………水路の深さを1m以上取って、取水口に笊か何かを置く。そうすれば、枯れ葉の類も取り除けるし、計算上は詰まることは無い、と思う」

 うーん、と春陽が唸る。

「でもそうすると、今度は水を汲むのに不便じゃ無いかな」


 やんややんや。


 話の内容はともかくとして、春陽とあれよこれよと計画を練ることが楽しかった。

 見込み通りと言うべきか、春陽の指摘は尤もであるし、様々に提示される仮定を自分の生活に落とし込んで想像することも出来る。

 駒遊びと違って、隠し事を前提にしていないから、分からなければ直ぐに質問する。その積極性も好ましかった。

 気が付けば昼飯も片手間に、日暮れ近くまで延々と話し続けてしまった。

 夕陽に照らされる中、漸く完成形が見えてきた。

 そこで一時、正気に戻った。

 

 そこにあったのは城である。

 理論上、最初に肉片を置いておけば、無限に獣が獲れる外壁と内襖。取水にも便所にも使える水路は、もはや堀と言っても遜色ない。冬の冷え込みに備えて、床下にはオンドルが張り巡らされ、その熱源には薪置き場近くに竃が据えられた。夏の暑さに対応するために切り離した専用の台所は、石板の開閉によって暖気に、排煙にと、排気の流路を変えるという。部屋の数は優に10を越え、それぞれの部屋に光が行き渡る様に、敢えて外廊下で繋いだ平屋建てが並ぶ。母屋の屋根は相当に高く、囲炉裏を稼働させれば、優に半年は食うに困らぬ程の食料を燻すことが出来る。むしろ、これは住居ではなく燻製室である。それを指摘して、また模型を動かす。


 やんややんや。


 結局、完成形を見ずに日が落ちた。

 続きは明日と、二人で居間に入り、泥の様に眠った。使いすぎた頭が熱を帯びて、疲れているのに寝付きがすこぶる悪かった。


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