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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
40/128

40.電波猫と夏

 春陽と炉端で昼飯を食う。

 囲炉裏は暖房器具であり、調理器具でもあり、照明器具でもある。極めて合理的で無駄の無い機構である。

 冬であれば。


 暑いのだ。

 鍋を火に掛けようと、薪を足せば、部屋中に暖気が広がる。そうで無くとも、炎の照り返しで、まるで炙られるような心地になる。戸の全てを開け放しても、風の無い日には、小屋中が暖められて、それが抜けるという事が無い。

 春陽が顔を真っ赤にして鍋の中身を掻き込み。直ぐさま灰を掛けて火を消す。

 用も無いのに草履を引っ掛けては、小屋の北側の影の中に移動する。涼んでいる積もりであろう。私の置いた覚えのない太枝を置いて、椅子の代わりに腰掛けている。

 それでも耐えきれなくなったのか、小川の方に歩いて行く。大方、水浴びでもするつもりであろう。日に何回ほど行っているのか。数えることも億劫である。


 それはそうとして、この暑気はなかなか手強い。肉の類も直ぐに痛む。私は多少、腐った物を食っても、消化器系を魔力で強化してやれば問題ないが、春陽はそうはいかない。湿気も多いので、乾燥させる事も難しい。


 北側の縁側、板張りの廊下に寝そべって涼を得つつ思案する。日持ちのする食料が少ないので、頻繁に狩りに出掛け無くてはならぬ。家の増築やら、畑の整備やら、やりたいことは色々とあるのだが、そう言った事に割く時間が中々取りにくい。

 そもそも。と、日陰の中で転がる。冷たい床が気持ち良い。

 そもそも、こう暑くては、何をしようという気も起こらぬものである。

 ミンミン、ジンジンと蝉が五月蝿い中、日暮れまでゴロゴロとしていた。



「トラ様は、贅沢なお悩みをお持ちですね」

 口調こそ丁寧であるが、心底、呆れ返ったという声音で、若葉はそう言った。若葉の性根も大分、分かってきた。巌の様な居住まいから、仄かに怒気が立ち上がっている。様な気がする。

 いつもなら別れ際に渡している土産の山鳥を、そっと若葉の前に移動させる。若葉はそれを一瞥して、こんなことでは騙されませんよ、と言わんばかりに私と真っ直ぐに目を合わせる。

「今の季節、獣の動きは速く、里のものは肉を口にするなど中々ありません。余った肉の処理など考えたこともありませぬ」

 そもそも、と若葉は説教する。人は私のようにホイホイと狩りが出来ぬ。生半可に傷つけた獣は、次からは里に近付かなくなる。罠に掛かった獣に止めを刺すのも、一歩違えれば命に関わる。人々は豊富な草の類で命を繋ぐ。稀に手に入る肉は、その幸運に感謝して皆で分け合いながら、食すると言う。

 穏やかであるが、そうであるからこそ恐ろしい。何より、長い。腹が減って苛々としているのであろうか。神妙に若葉の説教を受けるフリをしつつ、周囲に探査をばら撒く。

 森の中、比較的近いところに鹿を感知する。3頭ほどの小さな群れ。耳を立て、こちらを窺っている。

 魔力尾を伸ばす。鹿の背後から、その首を落とす。魔力尾を帯に変形させて、捕まえる。獲物が藪に当たってガサガサと音を立てる。藪中に窪みを残しつつ、こちらに引きずる。

 夜陰の影から、急に響いた音に若葉が身を竦ませる。

 ズリズリと、頭の無い鹿が姿を現す。

 断ち切られた頸から血が流れ出して、栗色の毛皮が赤く染まる。

 若葉が、押し殺した悲鳴を上げる。

 その目前に鹿を並べる。


「これはあれだ。お主の娘、最近になって身籠もったであろう。祝いといっては何だが、精を付けるとよい」

 その後も、もにょもにょと言い訳めいた事を口ずさもうとする私を、若葉の大きなため息が遮った。

「…………お心遣い、誠にありがとうございます。しかし、私がお伝えしたいのは、その様な事では無く………」

 懇々と、懇々と、諭される。

 最早、手立てはない。

 ただひたすらに、耳を倒し、尻尾を丸めて、若葉の気が済むまで、お説教を受ける。

 改めて思う。春陽もそうであるが、この里の女は気が強い。そうで無ければ生きられぬのか、それともたまたま若葉と春陽がそうなのかは分からん。若葉も若い頃は相当なお転婆であったに違いない。旦那も苦労したであろう。顔も知らぬ若葉の夫に同情する。


 未だに説教を続ける若葉に、それを伝える勇気は無かった。



 酷い目にあった。

 あまりの言い草であろうという自覚はある。それでも酷い目にあったと、そう言いたくなるほど、若葉は恐ろしかった。

 結局、仕留めた鹿から流れ出た血溜まりに、蝿が寄ってくるまで、若葉の説教は続いた。

 一人では運べぬから、里の者を呼んでくると、歩いて行った若葉に、挨拶もせずに別れた。いや、逃げ出したと言った方が正しいかも知れぬ。

 もうそろそろ、里に入る度に擬態する意味もないのかも知れぬ。週に数度もの頻度で、山鳥を持ち帰る若葉。その度に何かしら言い訳をしていたが、最近では単に拾った、と言っているのを私は知っている。

 先の祭りで私を抱いていたのも若葉であるし、里の者も馬鹿ばかりでは無い。見慣れた子狼を目にする度に、若葉の居所を指さす者も、最近では多い。

 それでも。


 首のない鹿を見た若葉に浮かんだ、紛れもない畏れ。

 それは、拒絶と地続きの感情であることも、よく分かっているつもりだ。


 走る気も失せて、歩き慣れた川縁を歩く。

 相も変わらず、空を埋める星の海。

 その光を浴びながら、春陽のいる小屋まで時間を掛けて歩いた。

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