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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
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4.電波猫と嵐

 蛇殿の様子がおかしい。巣の中にあってももぞもぞとしていて一向に寝る気配がない。かと思えば狩りに出掛けると言ってはいつもの何倍もの獲物を食い漁っている。

 伊達に100年もの時を過ごしてはいない、私は蛇殿の不調に気づいてから何度無く問いただした。腹を壊したのではないか、妙な物を食ったのではないか、とつぶさに問うてみても、返ってくるのは気のない返事ばかりである。

 この頃になると蛇殿との会話も幾分かの慣れが出てきた。食った側、食われた側の関係ではあるものの、二心同体、寝るときから糞をひるとき時まで一緒となれば、それなりに愛着は湧く物である。

 そのように親交を深めた蛇殿の不調である。その生態への興味は未だ尽きぬものの、それよりもやはり心配が勝る。あまり急かすのも何かと思って、機嫌の良い時を淡々と待ち構えて、私は勝負に出たのだった。


 「蛇殿、やはり最近の貴殿は変である。私にいえぬと言うなら、仕方が無いが、兎角何かの不調であれば、なにか手があるやもかも知れぬ。一人で悩むより二人で考えた方が妙案も思い付くのではないだろうか?」


 私としては乾坤一擲の一言であったが、返事は予想外のものであった。


 「猫よ、それは杞憂というもの。ここしばらくの我の行いは、近くに来たる交わいのためのもの。悩みと云えば、その時のお前の処遇よ」


 交わいか、そうか。発情期なら仕方あるまい。


 「そうか、大事ないならよい。しかし、私の処遇とは何の事か?」


 「我らは交わいが終われば死ぬ。それにお前を付き合わせるのは気が進まぬ。ただ、このように食った物を長く飼ったことがないのでな。どうすれば良いのかを考えていたのだ」


 「それこそ今更であろうよ、私は蛇殿の胃の腑に落ちた時に死んでおったのだ、それが少し延びたと思って諦めよう」


 私がそう言うと、蛇殿からの返信に若干のノイズが入る。なんであろうか。


 「……猫よ、これこそ今更だが、お前の諦めの良さは異常だ。もう少し、自愛せよ。それに、我らの交わいを見られることも、我は気が進まぬ」


 照れである。なんということか、齢幾百にも及ぶ蛇殿が照れ故に奇行をくりかえし、我にもそれを伝えずいたというのだ。

 阿呆か、と私は思った。

 思わず魔力波が乱れてノイズが散った。仮にも捕食者である蛇殿が、いまさら私に何を遠慮することがあるというのか、というか糞をひるよりも交わいは恥ずべき事なのか。

 それが気に触れるといならば、さっさと私を消化すれば良いだけのことではないか。

 しかし、羞恥は羞恥である。そうあれかし、とあるものならば、そうなのであろう。


 「蛇殿の考えは分かった。なに、放ってくれるならば、それもありがたい。久方ぶりに自分の足で歩くのも悪くないとは思っているよ」


 自切ともなれば、いつもの魔力膜はどうするのかという内心の心配も無駄に終わり、それはなんともアッサリと終わってしまった。元々蛇殿の首あたりにフワフワとしていた私は周囲の肉ごと半球状に切り取られ、海中を漂った。私のいた部分はあれよという間に肉が盛り上がり、数瞬の後にはつるりとした皮膚までも復元されている。


「では、さらばだ猫よ。これよりこの地は荒れる。妙な気は起こさず、疾く陸を目指すことだ」


 そう、最後に告げて、蛇殿は巣のある場所よりさらに深い海底に潜っていき、二度と戻りはしなかった。


 さて、さっさと陸を目指せと言われたからと、諾々と言うことを聞く私ではない。まだ体の周りを覆っている蛇殿の体の一部をふよふよと引っ掻き、蛇殿の潜っていった辺りを探索する。

 如何せん、速度に差があり過ぎる故か、それとも日も届かぬ深海故か、蛇殿を見つけることは出来ぬけれど、大体の場所に見当を付けて、フワフワと漂ってその時を待つ。


 2~3日ほど経っただろうか、いよいよ嵐の本体がやって来たのか、海の底まで荒れに荒れ、波のうねりに抗い難くなってきた。

 普段なら砂粒の1つも動かない海底に、薄らともやのように砂が舞っている。それはやがて大きな流れとなり、遠目にも巨大な砂のうねりが蛇のように海底を這っていく。

 いや、目では見えないから電波の反射を拾っているのだけど、反射波のノイズが大きくなっていく様は、あたかも砂嵐のようだった。

 巨大な礫も含んだ砂のうねりは蛇殿の沈んでいった谷をも埋め尽くしていく。

 やがて、流れが止まり、浮遊していた砂のすべてが落ちる頃には、海底の渓谷はすべて埋まり、ただ滑らかな砂地が広がっていた。


 

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