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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
36/128

36.電波猫と魔力の使い方

 日の光とは不思議なものだ、と思う。頭の中がいっぱいになるほど考え詰めていても、太陽の熱に暖められた砂地をゴロゴロと転がり、全身に日光を浴びていると、全てが些細な事のように思えてくる。

 繰り返す波の音が、髭を揺らす風が、あたかも脳内の汚れを洗い流すような気がした。

 結局の所、いつの間にか機嫌の直った春陽と一緒になって、砂浜のあっちこっちを転がり回った。湿った着物を着ていた春陽は勿論、私の体も砂まみれ、潮の混じった風に洗われて塩塗れである。何だか不思議に面白くなった。

 春陽を相手にアレをせよ、コレはしては成らんなどと、どの口が言えようか。私とて、日々をバタバタと過ごしていることに相違はない。きっと、私よりも賢い者などいくらでもいよう。その者たちは私を滑稽がって面白がるだろう。だが、いま春陽の傍にいてやれるのは、そのような者たちでは無い。

「トラー、風が気持ちいいね」

 さっきまでの不機嫌な面は何だったのか。寂しそうな顔は何だったのか。砂浜に足を投げ出し、僅かに反らした上体を後ろ手で支えて、海を見ている。その表情は、いまこの瞬間を素直に楽しむ童のそれだ。

 彼女の僅かな所作の一つ一つが、私をこんなにも惑わせる事に、彼女自身は気付いているのだろうか。

 いや、きっと気付いていない。

 気付いていて欲しくないと、思った。私の顔色など気にせず、過去の因習にも囚われず、心地よいものを楽しみ、悲しみを嘆き、真っ直ぐに生きて欲しい。きっとアイツもそれを願うだろう。

 諦めがついた。

 私は私に出来ることをしよう。無理をしても空回るだけなのだ。

 そんなことを思いながら、そうだな今日は良い天気だ、と自分でも予期せぬ程に素直な言葉が口から転び出た。


 甕の中身を見る。

 海水を継ぎ足すこと、数度。甕の底には白っぽい結晶が張り付き、水面にも白い輪のように塩が浮き出ている。沸き立つ水は微かに白み、恐らく塩化マグネシウム当たりが濃縮しているのでは無かろうか。

 更に薪を足す。甕の高さは30cmほど、これにいっぱいになるほどには塩を用意しておきたい。

 手持ち無沙汰は変わらんが、春陽に聞いておきたいこともある。機嫌も直ったようだし、ちょうど良い頃合いか。


「春陽。春陽は魔力が使える様だか自覚はあるか?」

 浜辺に座る春陽に声を掛ける。

「魔力?トラが使っているやつのこと?」

「うむ、私が使っているよく分からん力のことだ」

 私の言葉に春陽はケラケラと笑う。

「トラによく分からないものを、私が使えるわけないよー」

 まるで脳天気にそう言っている。やはり、覚醒した時のことはまるで覚えていないのだろうか。

 周囲を見渡す。私の背後に囲炉裏と甕があるが、その他にものは無い。今ならば春陽が無茶をしても被害は無い、と判断する。

「春陽。お前は魔力を使える。私はお前が魔力を操っていたところを見た。恐らく忘れているだけなのだ」

 使えたら便利とは思わんか、と春陽を唆す。

「そうだね!私もトラみたいに空を飛びたい!」

 乗り気になった様だ。

「では、少し練習をしよう。幸いここは広くて何も無いから、練習にはもってこいだ」

 よしっ、と威勢のよい掛け声とともに春陽が身を起こす。私に正対して、気合いは十分である。なにやら手足をバタバタさせて、格好を付けている。

「私はなにをしたら良いの?」

 しばらく体を動かしても、それらしい気配が無かったのだろうか。私に問い掛ける。

「いまから私が春陽に掛けた鍵を外す。何が起きるか、私も分からぬ。絶対に、ぜっーたいに慌てるな」

 十分に念押しする。大きく頷く春陽の姿に何故か不安を覚える。

 春陽に繋いだ魔力糸を操作する。その正中に座す、魔晶石を覆う魔力膜を解除する。

 即座に私の前面に魔力膜を展開。何が起きても必ず止める、と意気込んで張ったそれは、しかして何の衝撃も受け止めないでいた。


 春陽が困惑する。

「トラ、何も起きないけど」

「うむ、まあ、予想の範囲内だ。ちょっとまて」

 魔力膜による防御はそのまま、春陽の魔晶石に極少ない魔力を流す。魔晶石をバイパスして、春陽の体内に魔力を循環させる。

「いま、春陽の体に魔力が流れている。何か感じるものはあるか?」

 私の感覚器からは、薄い紫色の魔力が春陽の血流とともに全身を巡る様が見える。問題は。

「よく分からない」

 春陽がそれを感じられていないことだ。

 一度、春陽に流す魔力を切る。


「恐らく、春陽のなかの魔力の核が安定しているのだろうな」

 良かった、と思って良いのだろう。少なくとも朝起きてみたら、小屋が吹き飛んでいた、などと言うことはなさそうである。


「もう一度やってみよう」

 ういっ、と春陽が返事をする。その魔晶石に再度、魔力を流す。

「春陽、自分の体を見てみろ。紫色の靄の様なものは見えるか?」

 春陽が頭をキョロキョロと振って体を見渡す。何の意味があるのか、手足をバタバタと振る。しかし。

「何も見えないけど………」

 心なしかションボリとしている。

 もう一度、春陽に流す魔力を切る。

「分かった。では、これは見えるか?」

 私の尻尾を魔力膜で拡張、それを春陽の前でフリフリと振る。春陽が馬鹿にするな、と頬を脹らませる。

「トラの尻尾でしょー、いつも見てるじゃん!」

「尻尾は何色に見えている?」

 不平を並べる春陽を遮るように、問い返す。

 私が巫山戯ている訳では無いと伝わったのか、春陽はマジマジと私の尾を見る。その瞳が僅かに紫色を帯びる。

「灰色、だけど紫色の。なんだろこれ、見たことない変な靄が掛かってる」

 得心いった。春陽は魔力が殆ど見えていない。春陽の瞳に魔力の濃集を確認して、尾の魔力膜を切る。

「さっきまでの私の尻尾はどのように見えていた?」

 春陽は小首を傾げる。なぜそんな事を聞くのだろうか、といった様子だ。

「トラの尻尾がビヨーンって伸びて、そのあとちっちゃくなった」

「色はどうだった?」

「いつものトラの色だよ、灰色と黒の縞縞だった、でもじーっと見てたらちょっと紫に見えた」

 私を灰色と言ったことは、一先ず、聞き逃そう。私は白い猫である。灰色に見えるのは春陽の目玉が曇っているからである。

 しかし、面白い。

 つまり、魔力を知覚しないものには、魔力膜の部分にも本体の光学的特徴が認識されるという事であろうか。

「よし、春陽。お前に魔力の才能はない。諦めよう」

 晴れ晴れとした心地とともに宣言した私に対して、春陽は大暴れで抗議したのであった。


 太陽が登り切った。

 昼である。

 春陽の腹がなった。

 塩も十分な量が出来ている。

 もうそろそろ帰ってもよい頃合いである。

 問題は。


「もう一回、もう一回やって!」

 春陽がムキになってしまった事だけだ。

 仕方ない。

 春陽の目に魔力を流す。その前で魔力尾を振る。

「紫に見えてる!」

 もはや聞かずとも答えてくれる。元気いっぱいである。

「では、魔力を切るぞ」

 うい、と答える春陽を確認して、瞳の魔力を切る。

「まだ、紫に見えてる!」

 春陽の瞳が紫色に輝く。しかしその光は揺れて、如何にも不安定である。

 ぐぐぐっ、と全身に力を込めて、私の尾を凝視している。

 それを視界の傍らに収めながら、囲炉裏の甕に海水を継ぎ足す。十分な量は出来ているが、他にやることも無い。春陽が飽きるまで、塩作りを続行することとした。既に甕の2つは満たされているので、これがいっぱいになれば、本当にやることが無くなる。その頃までには諦めて欲しいものである。

 そもそもである。私の場合はどうであったか。百年近く蛇殿の魔力に晒されて、それでようやっと魔力を知覚出来るようになったのだ。蛇殿の知覚にタダ乗りしていたため、正確にいつから、とは分からないが、そう一朝一夕で出来るようになるものとも思えない。

 覚醒したばかりの春陽の暴走は、魔晶石を呑み込んだ反動のようなものだったのだろうか。意識も取り戻し、落ち着いた今となっては、魔力の操作を教える意義も薄いのかも知れない。それよりも、人として生きる術を教えた方が、余程真っ当というものかもしない。

 石を砕き、或いは削る事で石器を作り。土をこねて土器を作り、自らの足で獣を追う。その様な在り方の方が、ゆくゆく先に里に戻った際にも周りに馴染めるのでは無いだろうか。

 悪戯のつもりで尾に籠める魔力を減らす。私の視界では、紫の輝きが薄くなったように見える。しかし。

「見えなくなったー」

 春陽は残念そうに報告する。

 籠める魔力を減らす、つまり魔力密度を薄くすると、その存在すら気付けなくなるらしい。 

 少し合点がいった。アイツの最後、春陽に近寄っていったのは、まるで春陽の回りで急に竜巻が起きたように見えたからかも知れぬ。それから身を挺して庇ったのか。

 馬鹿などと思って済まなかった、と心の中で謝る。

 もう一回、もう一回とせがむ春陽に付き合いながら、そんな事を考えていた。


 春陽の特訓が始まって3時間が経った。既に昼過ぎである。

 春陽も流石に疲れたのか、それとも飽きたのか、元気が無くなってきた。

 さて、どうするか。最初は塩を作り終わったら小屋に帰って、昼飯を食うつもりであった。しかし、いまから戻れば昼飯と言うには遅くなりそうである。折角、海に来たことであるし、火種もある。ならば。

「春陽。今日の昼飯は魚にしないか?」

 春陽に問う。

 惰性で尻尾を見詰めていた春陽が、ついに飽きたのか、砂浜に横になる。

「魚ってなに?」

 腹ばいになって近くにいた子蟹に視線を送っている。髪についた砂が陽光に照らされてサラサラと光る。

「お前は魚を知らんのか。海や川に住んでいる生き物のことだ」

 ふーん、と心あらずな返事である。思い出したように、それは美味しいのか、と聞いてくる。

「美味しいぞ、私は大好きだ」

 美味しい、という言葉が琴線に触れたのか、その瞳に興味の光が灯る。どうやら乗り気の様だし、私も久しぶりに魚が食べたい。

 早速、と尾を伸ばす。

 海中に電磁探査。視界に映る魚影と探査結果を基に、一気に5匹ばかりを尾で貫く。

 それらを浜辺に引き上げて、さて、串焼きにするための串でも作るか、と振り返った所である。

 打ち上げられた、魚を見た春陽が叫ぶ。

「トラ!海神様の餌を採ってはダメ!」

 何の事であろうか。

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