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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
32/128

32.電波猫と春陽

 探知から漏れた、あるいは余りの矮小さに見逃された蔦を纏めて魔力爪で薙ぎ払う。

 鬱蒼とした森の中に出来た空白の中心に立つ。

 想念は鎌、積層した魔力膜により肥大した体躯よりもさらに長く、薄い刃を形成する。

 旋回。

 葉擦れにも似た音の後、苔生した巨木が傾ぐ。

 半径20mの範囲にあった全てが倒れ伏す。

 報復のように迫る倒木を厚く張った魔力膜で受け流す。

 積み木を崩した様な有様のそこに、陽光が差し込む。

 住処を奪われた鳥が、羽虫が一斉に飛び立ち、騒々しい嬌声を放つ。

 幻想的とさえ言える光景のはずだった。

 背にした春陽の泣き声がなければ。


 もうかれこれ30分は泣いていた。

 人の子とは誰しもこの様に泣くのであろうか。

 そもそもどうして此程泣くのであろうか。

 欲を言えば、次の塒は慎重に定めたかった。

 春陽を里に帰すなら、里に近い方が良いであろうし、いっそ他の里を探すという手もあったはずだ。

 だが。


「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ」


 こんなモノを連れていては考える事など不可能だと思う。

 とりあえず、拘束を解いて地面に横たえる。

 下生えを刈り取ったばかりの地面はじっとりと濡れている。

 そこに寝かされる春陽。

 回る。回る。

 両手足をバタバタと振り回しながら、首の根元辺りを軸に、独楽のように回る。

 ただでさえ薄汚れていた着物があっいう間に泥だらけになる。

 着物だけではない。手足を始め、跳ね返った土塊が顔も髪も、着物の中にも溜まっていく。

 あっという間に、泥人形のような有様になる。


「ゲホッ、ゲホッ。グエッ。ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ」


 遂に口の中まで侵入した泥の塊に咽せては、更に音量が上がる。

 尾から魔力膜を伸ばして、春陽を持ち上げる。

 ゆらゆらと揺すってやるが、まるで効果がない。

 もう仕方ないと諦める、こととする。


 とりあえず、朝飯、否やもう昼食か。兎に角、何かを食べさせなくてはいけない、ような気がする。

 何を喰わせれば良いのだろうか。傍らに置いた籠を見る。山菜と乾し肉、あとは既に固くなった狸。アイツは、生のモノは食べなかったから、きっと人と言うのは何かしら加熱したモノを食べる必要があるのだろう。しかし、アイツが使っていた土器の類は春陽が壊してしまった。

 周りを見渡す。

 散乱した倒木。薪に困ることはないだろう。食器の類も、作れる自信がある。そうとなれば、あとは鍋が必要なのか。火に掛けるなら、木を削り出して作る訳にもいかない。いや、何も煮る必要はないのか、とりあえず炙るなり何なりしてやれば。

 

「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ」


 空中を漂いながら四肢を振り回して暴れている。顔のみでなく全身が真っ赤になっているのが、汚れていても分かる。これは大丈夫なのだろうか、泣きすぎて死んだりしないだろうか。

 涙もボロボロと落ちていて、正に滂沱といった有様である。ここまで水分を失えば脱水も心配になる。生水を与えて良いものだろうか、いや、アイツもなるべく湯を飲んでいた。

 そうすると、やはりなにか耐火性の高い鍋のような物が必要だろう。

 直ぐに用意できて、火に掛けても良い材となると、石であろう。しかし近いところに石の類はない。溶岩まで行くか、いや、かなり北に来てしまった。先の祭りの際に河原に落ちていた巨石を思い出す。あれは上流の溶岩かなにかに見えた。アレならば、ここからそう遠くは無い。

 春陽を背中に巻き付けて、進路を東に。川に向かって跳ぶ。飛び出してから気が付いた。


 高い。


 電磁探査の戻り値は河床まで40m。


 死ぬ。


 意識的に交戦回路をトリガー。

 この状態からの生存条件を演算。

 魔力膜の出力による衝撃緩和。春陽の生存率がコンマを切る。却下。

 アンカーによる慣性制御。やはり春陽の生存率がコンマを切る。却下。

 効率を度外視して、春陽を計算に入れた、最適解を模索する。

 春陽の生存率のみに着目して、一番安全な提案を即時に採択。


 魔力膜による巨大な翼を展開する。

 体躯に揚力が働く。

 飛んでいる。

 背中の春陽が泣き止む。キョロキョロと辺りを見渡す。


 青空の向こうに冠雪している山々。

 鬱蒼とした森が、遠く苔か何かのように見える。

 遠く、河口の向こうに海が見える。

 河が、海が、陽光を反射して煌めく。

 海の手前、海岸段丘の上に玩具のように見える集落。

 春陽に伝えたかった。アレがお前の故郷だと。


 空気抵抗で剥がれ落ちていく魔力膜を、その都度、再構成。

 紫の燐光が、長くたなびきながら私たちを追ってくる。

 馬鹿みたいな魔力の大盤振る舞い。


 春陽が笑う。何が面白いのかケラケラと笑う。

 釣られて私も笑う。ただ目を細めて喉の奥で笑う。

 あんなに溢れていた涙は、いつの間にか止まっていた。


 降下角度を調整しながら河床を目指す。

 位置エネルギーがそのまま運動エネルギーに化けて、恐ろしい速度で滑空する。

 魔力膜の翼をはためかせて減速する。

 最後には河床の砂礫を盛大に巻き上げながら着陸した。

 土煙が巻き起こる。

 春陽がキャッキャッと笑う。

「もう一回、もう一回やって!」

 春陽が話し掛けてくる。

 驚いた。

 春陽が話していることも、こんな弾ける様な笑顔を見せてくれる事も。

「ケホッ、ゴホッ、ゴホッ」

 余りに大きく口を開けた為か、砂埃に咽せている。

 翼をはためかせて砂埃を払う。パラパラと音を立てて小石が吹き飛ばされ、視界が晴れる。

 白々とした大小様々な河川礫が目に入る。


 濡れた地面を思い出す。あのような処では火付きも良くないだろう。ならば鍋のほかに、出来れば囲炉裏を組みたい。

 結局、春陽が3人は寝転べるような巨石を選ぶ。

「ねえ、もう一回やって」

 春陽が私の背中を叩く。

「そうだな、ご飯を食べたら考えよう」

 今がいい、とねだる春陽を無視して、巨石に魔力膜の帯を巻き付ける。

 足先から魔力爪を展開。地面を固く踏みしめて持ち上げる。

 余りの重さに膝が折れそうになる。先程の滑空といい、今日だけでどれだけの魔力を消費しているか、空恐ろしくなる。

 紫色の瞳をした猫が呆れている気がする。

 心の中で謝って、先程飛び降りた崖を登る。

 草を刈り取る魔力も惜しい。目前に薄い魔力膜を張って、藪の中を駆け上がる。

「すごい!草が避けてくみたい!」

 背中で春陽が歓声を上げる。

 喜んで貰えて何よりだ。どうかそのまま上機嫌でいて欲しい。


 先程切り拓いた空き地に戻ってくる。モノの10分も経っていないと言うのに、疲労感が途方もない。

 巨石を降ろすと、生乾きの地面にズブリと沈む。正確には分からんが、数十tは軽く超えている様な気がする。

 その横に春陽を降ろすと、全身の魔力膜を解除した。

「ちっちゃくなった!」

 再度の歓声。喜んで貰えて何よりである。

 巨石を観察する。春陽のはしゃぐ声を音源に音響探査を掛ける。内部に微小な亀裂はあるが、基本的には塊状で均質な様だ。

 組み立てる囲炉裏と鍋の形状を計算して、最適な切断面を計算する。無理をした甲斐があった。鍋と囲炉裏は勿論、水瓶や小屋の基礎を切り出すことも出来そうだ。

 尾の先に魔力膜を展開。薄く長い刃で切り取って行く。黒々とした緻密な内部が露わになる。砂にまみれた白い表面とは異なる、無垢透明な斜長石の斑晶が日の光の下で輝いた。

 並行して、小屋の構造を計算。とりあえず囲炉裏のある居間。入口は二重にして冬の寒さにも対応させる。そうなると居間の周囲にも、断熱の為に廊下が欲しい。便所は必要だろうか。いや、下手に作って春陽が便所穴に落ちても困る。とりあえず増築出来るように、余裕を持たせるに留める。

 強度計算が終わった所で、魔力膜でもう3本の尻尾を形成する。切り出した礎石をつかみ上げ、移動させ、水瓶と鍋を形成し、春陽をつかみ上げて宙で揺らしてやる。

「ほーら、春陽はいま、飛んでいるぞ」

 春陽がキャッキャッと笑う。

 礎石の配置と囲炉裏の組み立てが終わった。鍋と水瓶も出来た。

 再度の音響探査。鍋にも水瓶にも亀裂は見付からない。

 春陽を宙に掲げたまま、水瓶と食料を入れた籠を引っ掴む。

 近くの小川に向かって移動する。

 春陽でも歩いて行ける範囲に小川があることは最初に確認していたが、この様子ではしばらく独りにすることは危険だ。転んで溺れるのでは無いかとヤキモキするよりは、いちいち連れ回した方が、まだマシと言うものである。

 小川までの道のりを魔力爪で藪を払いつつ進む。

 春陽が揺られる事に飽きてきたのか、口を尖らせる。左右だけでなく、上下に揺すってやると、新鮮味があるのか、またキャッキャッとはしゃぐ。


 小川に着いた。

 川砂が厚く堆積している上を、春陽の膝くらいの高さまで、透明な水が流れている。

 とりあえず水瓶に水を汲む。それを傍らに置いて、春陽を降ろす。

「春陽、体を洗おう」

 視点が低くなったことがお気に召さないのか、不満げに頬を膨らます。

「いや」

 一刀両断である。

 しかし、全身泥だらけであるし、アイツの返り血も付いている。そもそも昏睡していた数ヶ月間の汚れもある。

 妥協はしない。

 魔力膜で尾を形成。その数は10を超える。

 問答無用で春陽の服を脱がし、川に浸ける。無理矢理が癇に触ったのか、四肢を振り回して暴れる。

「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ」

 咆哮。付近から鳥が飛び出す。

 いい加減、私も慣れてきた。聞こえないフリをして全身をくまなく洗う。見る見るうちに川の水が濁る。

 余分に出力した尾を使って、籠の中の食料を洗って行く。アイツの返り血が、水面を僅かに染めて流れていく。最後に籠も丸洗いしている頃には、春陽も随分綺麗になった。

 まだ泣き叫んでいる春陽を宙に持ち上げて、ゆらゆらと揺らして水気を切る。春陽の着物も洗いたかったが、替えがない。仕方なく、バサバサと振って泥を落とす。

 嫌がる春陽に無理矢理、服を着せる。いやだぁぁぁ、と、またしても咆哮。無視である。

 効果があるかは不明であるが、宙に浮かせて、ご機嫌をとる。


 水瓶と籠を掴んで、小屋の建設予定地に戻る。

 水瓶から鍋に水を移す。たまたま近くにあった倒木を細切れにする。乾いていている所だけを選びとって囲炉裏に投げ込む。その間も春陽は宙吊り状態である。因みにご機嫌は斜めな様で、絶叫している。

 囲炉裏に投げ込んだ薪を包むように魔力膜を形成。その内に、更に一枚の魔力膜を作る。二枚の魔力膜で交差を作り、魔力膜の内側に陰圧を作り出す。薪から水分が抜けて、魔力膜の内側が白く曇る。乾燥により、薪に亀裂が走る。ビキリという乾いた音。

 魔力膜を解除。今度は薪の表面に長い筒状の魔力膜を形成。その内側に、もう一枚の魔力膜を作り出す。内側の魔力膜を外側の魔力膜で作った筒の底に打ち付ける様に全力で圧縮、魔力膜で包まれていた薪が発火する。

 発火した薪を内側に押し込みながら、巨石の残りで五徳を切り出す。焚き火の上に五徳を重ねて、その上に水を張った鍋を置く。


 何も無いところから火を熾した事に驚いたのか、春陽が目を丸くしている。

 気になるのか、と問い掛けるとあからさまに顔を背けた。先程の水浴びは、随分と彼女の機嫌を損ねたようだ。

 さて、どうしようか。

 成り行きではあるが、基礎を作ってしまったからには、生半可な小屋は作りたくない。建材には事欠かないものの、乾ききっていない木材を使えば、後の破損に繋がる。真空引きによって無理矢理乾燥させれば、先程の薪のように割れかねない。後で作り直すことにして、とりあえず今はその場しのぎで組むことにするか。

 完成予想図を頭に思い浮かべる。周囲に散乱した倒木の中から、部材ごとに樹種を選択する。魔力膜を展開し、尾を無数に形成する。必要分を当てつけて、倒木の樹皮を剥がす。数週間も転がして置けば少しは乾くであろう。

 とりあえず今夜の寝床を組む為に、適当な木を切り出す。長くても数ヶ月の間もてばよい、杉の木で組んでしまっても良いだろう。

 音も無く木がバラけていく。その様を春陽が不思議そうに見ている。

 礎石の上に柱を建て、梁を渡していく。細く伸ばした魔力爪で接合部を削り取り、または切り出して、組み上げる。切り出した板を組んで屋根を普請し、或いは梁に刻んだ溝に填めて壁とする。

 組み上げた小屋をみる。囲炉裏で火が赤々と燃えているが、如何せん暗い。魔力膜を細く伸ばし、刃とする。壁の上半分に透かしを入れるように、刃で溝を切っていく。日の光が入り込んで、少しは明るくなった。

 ゴポリ、と湯の沸く音がした。

 山菜と乾し肉を適当に切り、鍋の中にぶち込む。

 暴れている春陽を小屋の居間に据える。

 またしても独楽のように回り始める。しかし今回は仮拵えとはいえ床の上、着物も体が汚れる心配はない。立ち上がる気配のない春陽を視界に収めつつ、転がった端材で食器を拵える。とりあえず椀と大小を揃えた匙があれば良かろう。

 杉の木に注意がいく。が、思い直して樫の木を選択する。こちらもあっさりと作り終える。それらの食器と、水瓶、籠、あとは薪を少々玄関に放り込んで、戸を閉めた。

 途端に香る杉の匂い。生木を切り出した為か、かなり鼻につく。思い直して、壁の一部と玄関を開け放つ。ついでと言ってはなんだか、壁として固定していた板と梁に、溝を切って、板戸のように開閉出来るように細工する。開閉は楽な方が良い。雨が降り始めたら、閉めれば良いだろう。開け放たれた廊下、否や縁側と言うべきか、から陽光が入ってきて、室内が一気に明るくなる。

 鍋をみる。白濁した汁に黄金色の脂が浮いているのが見える。味の方は分からぬが、山菜の類もくたりとしている。煮え切ったようだった。

 尾の先で大きな匙を握り、作りたての椀に盛ってやる。それに小さい方の匙を突っ込んで囲炉裏の傍においた。

「春陽、ご飯を食べよう」

 流石に疲れたのか、床を転げ回ることは諦めて、部屋の隅でふて寝している春陽に声をかける。反応は無い。しかし、それが狸寝入りであることは、電磁探査の結果から明らかだった。

「喉も乾いただろう。こっちに来て一緒に食べよう」

 トコトコと春陽に近付く、泥が落ちて柔らかそうな頬が露わになっている。それを前脚でつつく。

 産毛の浮かんだ頬に肉球が柔らかく沈む。頬の奥に小さな奥歯を感じる。ふにふにと、リズム良く押してみる。

 くすぐったくなってきたのか、春陽がはにかむ。調子に乗ってさらにつつく。

 春陽が急に身を起こして、私を捕まえる。

 抱き締められる。

「ねぇ、なんて名前?」

 春陽の高い体温が体毛越しに伝わってくる。アイツは最後にこれを感じられたのだろうか、と思う。

「私の名前はトラだ」

 トラ、トラ、と春陽は繰り返す。ゴロゴロと床を転がる。抱かれたままの私の視界が回転する。鼻の奥が、春陽の匂いと、床材の杉の匂いで一杯になる。

「トラ、お腹すいた」

 ぱっ、と私を放り投げる。空中で身を捻って着地。

「ご飯が出来ている。食べよう」

 二人で炉端に座って食べ始める。彼女は湯気立つ鍋を、私は皮を剥いだ狸を食べる。

 本当は三人で食べるつもりだった食事だった。私は泣く。普通の猫のように、ただ目を細めて、耳と尻尾を寝かせて、静かに泣く。

 

 涙は流さなかった。


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