表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
30/122

30.電波猫と涙の代わり

 娘、否や、春陽を引き摺る。

 凄惨な血溜まりから、陽光の輝く中へ。

 脱力した体をズリズリと摺ると、粗末な着物が土で汚れる。

 先ほどまでの狂騒を微塵も感じさせない無垢な寝顔と相まって、外遊びに疲れた童のようにも見えた。

 木陰まで移動させる。目を覚ましても、眼前にはただ、閑かな林のみが映るように。


 崩れた小屋を漁る。

 屋根や壁の残骸を、それ以上は傷つけないように分けていく。

 土器の破片が見つかる。水瓶を手に、足を引き摺りながら川に降りていくルイオディウを思い出す。

 粗い造りの椀を見付ける。薄暗い小屋の中、静かに湯を飲むルイオディウを思い出す。

 狼の模型を見付ける。アレは何か、これは何かと質問責めに会い、辟易していたルイオディウを思い出す。

 透かし彫りの欠片を見付ける。呆れた、寝ぼけた、静かな。様々な声音で、私をトラと呼んだルイオディウを思い出す。

 

 灰塗れになった毛皮を見付ける。ルイオディウが寝床にしていたものだ。

 口に咥える。

 春陽の傍らに戻り、背中に敷いてやる。

 毛皮から、ルイオディウの匂いがする。

 

 涙が溢れ出た。


 アイツは馬鹿だと思った。

 速く走れないクセに、手足がもげても治せないクセに、春陽を抱き締めて、どうしようと思っていたのだ。


 私は泣く。

 きっと普通の猫は泣かないだろう。

 まるで人のように、涙を零して、仔猫のようにミャウミャウと泣く。


 もっとちゃんと話しておけば良かった。魔力膜を張れていたら、あんな血溜まりにならなくても済んだのかも知れないのに。

 人の子があんな風に暴れるなんて思わなかった。泣きグズる子供が振り回すには、魔力は大きすぎる力だった。


 悲しかった。彼がもういないことが、どうしようもなく悲しかった。

 「家」が沈んだ時よりも、ボースンに会えなくなったときよりも、蛇と別れてこの地に着いたときも。


 そのどれもが、今ほど悲しくは無かった。

 きっと私はおかしくなってしまったのだ。

 定命ならば誰だっていずれ死ぬ。

 形あるものはいずれは朽ちる。

 そんなことは知っている。

 知っているはずだった。


 守れると思っていた。

 あの小さな小屋で、そのうち自然に春陽が目を覚まして、ちょっとずつ生活を豊かにしていって。

 そんな事を勝手に期待していたんだ。

 

 涙が溢れて止まらない。

 泣き声もだんだん大きくなって、どうしようもない。

 

 背後で春陽が起きる気配がした。

 もうどうでも良かった。

 アイツに頼まれた。春陽のことを。

 でもそれを思い出すと、アイツの最後の顔も一緒に浮かんできて、更に悲しくなった。


 春陽がキョロキョロと辺りを見渡す。

 魔力の気配は感じない。

 泣き喚く私を見ている。背中に視線を感じる。


 いっそ私も挽肉にしてくれれば良いのに。

 そんなことを思って、でもそしたら春陽が一人になってしまって、きっとアイツが悲しむだろうと思って。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、いろんな気持ちが全部、涙になって出て行ってしまうようで。


 頭を撫でられた。

 傍らに春陽がいた。

 至近で見た春陽の瞳は、アイツによく似た黒色をしていた。

 アイツを殺したクセに、無垢な笑顔で私を撫でる。

 細めた目がアイツに似ていて、どうしようもなく悔しかった。

 

 抱き締められた。

 四肢をバタバタさせても逃げられない。

 こんなに嫌がっているのに、あどけなく笑っている。

 背中から春陽の温もりが伝わってきた。

 それは、どこかで感じた誰かの体温によく似ている。

 涙の分だけ空いてしまった隙間に、その暖かさが染み込んで、微睡むような心地になった。

 

 唐突に分かった。

 アイツがどうして春陽から逃げなかったのか。

 きっと、泣いている誰かを抱き締めることに、理由なんて要らないのだ。

 その誰かが、大切であればあるほど。

 自分の血を流しても。

 その涙の代わりに、何かを伝えてあげたいから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ