29.電波猫と最後のルイオディウ
右後ろ足が土を噛む。
爪は出さぬまま、慣性に任せて身を撓める。
反時計回りにルイオディウの四肢が伸びる。
糸で操られる人形が、乱暴な操者にそうされるように。
四肢が接地する。
魔力爪を突き立てる。補強された筋繊維を限界まで駆動させて跳ねる。
同時に、娘とルイオディウの間を狙って魔力膜を伸ばす。
伸びきった四肢が、音を立てて断裂する。
もがれた四肢の根元から、血色の霧が立つ。
娘の横顔に返り血が斑を描く。
伸びた魔力膜が娘とルイオディウを引き剥がす。
針の如き魔力爪が娘の正中を射抜く。
強引に魔晶石から制御を奪い取る。
既に具象化した颶風がルイオディウの中心に向かって収縮する。
捩じ切れた四肢も、飛散した血液も、未だ漂う緑葉も。
全てを巻き込んで、赤黒色の球を成す。
娘の魔晶石を核に、脳に至る血管を一息分だけ堰き止める。
糸の切れた人形のように、倒れ伏す。
その背に魔力膜で拡張した尾を伸ばし、柔らかく受け止める。
制御を失った球が落下する。
ベシャリ、と粘ついた音と共に、地面に赤い円を描く。
遅れて、内在されていた空気が行き場を求めて吹き荒れる。
新緑の林も、崩れ落ちた小屋も、置き捨てにされていた今日の朝食も、全てが赤く塗り潰される。
吹き荒れる血風の中で、私と娘を囲んだ魔力膜。
その内側だけが、陽光に照らされて白々としていた。
…………………………
……………………
……………
断裂した筋繊維が魔力膜によって復元される。
目元には涙の跡、頬には血化粧を施した娘は、それでも、今まで見たどの寝姿よりも、落ち着いて見える。
よろよろと、モタつく四肢で立ち上がる。
ルイオディウの血溜まりの中心、深い紫に染まった魔晶石が私を呼ぶ。
一歩踏み出す。肉球が血で濡れる。
交戦回路に凍結されていた脳髄に、思考が明け渡される。
一歩踏み出す。跳ねた血液が毛を彩る。
視界を埋めるエラー。無雑作に破棄。
一歩踏み出す。白い地面から丁度、猫一匹分。そこに彼の魔晶石が落ちている。
戦闘記録の中から、ルイオディウの最後が再生される。
何かを叫ぶルイオディウ。耳元で轟と渦巻く風、娘の泣き声。ルイオディウの声は聞き取れない。ただ、大きく開いた口が、可笑しな程に穏やかな表情が、鮮明に蘇る。
身を屈める。魔晶石を口に咥える。
牙に魔力を通わせれば、それは雪の如く消える。
飢餓がない。呪詛もない。ただ、寂寞とした暖かさがあった。
無意識下での演算結果。映像記録からの音声解析。
再生される。
「俺の妹の春陽だ。後を頼む」
丁度、猫一匹分。私の手から零れ落ちた、命までの距離だった。




