27.電波猫と娘
嵐で洗われたかの如き惨状だった。
床に敷かれていた毛皮の類は悉く壁や間口に散乱し、或いは押しつけられ、剥き出しの土が露わになっていた。今朝まで堆く溜まっていた囲炉裏の灰は正しく灰燼の如く吹き散らされ、土色であった壁は薄らと灰に染まり、小屋中が軒並み灰色に塗りつぶされている。ルイオディウの手にしていた、造りの粗い匙が、椀が、或いは水差しが、粉々に砕かれ、僅かに原形を留める破片の幾つかが、壁にめり込んで張り付いている。
紫の燐光が渦巻く室内。細い木枝を組んだだけだった天井には穴が空き、そこから注ぎ込む陽光が、埃と砂の舞い上がる中へ、光の柱となって突き刺さっていた。
壁に埋もれた、水差しの欠片。その先端に掛かった透かし彫りの溶岩片。それが、私の作った模型の一部と認めたとき、脳裏に氷柱を差し込まれた様な心地がした。
幼い激情が、手足を繰るより先。
私の目が捉えたのは、泣きじゃくる娘子だった。
半ば意識の埒外で形成されていた魔力膜の形を強引に変える。
鎌から帯へ、半ばまで具象化していた魔力の形を変える事への反発が、私の脳髄に冷めた痛みを齎す。
形成した帯は4本。それらは娘の四肢を拘束すべく、鎌首を擡げて。
颶風。
吹き飛ぶように視点が変わる。
夥しいエラーと共に交戦回路に火が入る。
違う。移動したのは視点ではなく、私自身。
加速された思考の中で、感覚器が5m先に巨木を探知。軸足に横方向の捻りを加えて四半転。
樹皮に爪痕を残しながら、慣性を殺しきる。
燦々たる日差しの中、舞い散る若葉が異常な軌道を描く。
自らの尾を食む蛇の如き螺旋。
無数に浮かぶ、密度すら感じる風の具象。
恐ろしいのは、そのどれもが私の感覚器では探知しきれぬこと。
視覚のみがそれを捉えている中で、頭の中の冷めた部分が訴える。
アレは人の定義に納まらぬ、生け捕りなど考えるな。今すぐ殺せ。
浮かんだ考えを即座に却下。
無意識下に投げ込んで蓋をする。
考えを止めるな。目を閉じるな。
疑問は多い。
何故、目を覚ました。魔力を扱えるのは。涙の意味は。何故、暴れる。
圧縮され、渦巻く空気の塊が私を狙う。
躱す。
背後で生木のへし折れる音。
砂埃と葉の挙動以外に、それを知覚する術がない。
このままではいずれは挽肉にされる。
視界の隅にルイオディウ。
私に向かう風塊の一部が軌道を変えて彼を追う。
吼える。
声帯を強化した咆哮。
一斉に鳥が飛び立ち。半壊した小屋が揺れる。
風塊が爆ぜる。
無数の細刃となって地面を抉る。
ルイオディウが駆ける。
その頬が、手足が、斬りつけられたかのように裂けてゆく。
それでも止まらない。何も感じていないかのように真っ直ぐに。
小屋が軋む。
内側に向けて捻れるように撓んでゆく。
小屋を中心に風が集まる。
両脚に魔力をぶち込んで跳躍。
遂に屋根が落ち、木片が土塊が、全てが巻き込まれていく。
人など容易に呑み込む風塊が、ルイオディウに向けて放たれる。
割り込む。
積層した魔力膜が削り取られていく。
拡張した四肢で風塊を捻じ伏せる。
抑えきれぬ風刃が、私を、ルイオディウを、娘自身すらも斬り苛む。
その一欠片と共に、遙か後方に吹き飛ばれる。
回転していく視界の中で、娘を抱きしめる彼が見えた。




