26.電波猫の山仕事
暁光が細く小屋の中に伸びた。
鼻先が暖まり、瞼の裏の血色が透けて見える。
背後で、もぞもぞと寝返りを打つ音がする。
ルイオディウは寝付きは良いが、寝起きが悪い。陽が昇った位ではなかなか目を覚まさず。鳥どもが小煩く飛ぶ頃になってもまだ寝ている。
毛皮の中に身を包んではいるものの、寝ている間にコロコロと転がるためか、癖のある黒髪に土間の砂が付いて、朝日の中で白っぽく見える。
狸か狼か、一冬で随分と汚れてしまった毛皮の上で四肢を伸ばす。ルイオディウたちと暮らす様になってから、すっかりと昼型になってしまった。今日も今日とて塒の回りを巡りながら、何か食い物を探しておかねば。昨日の成果は昨日の内に食い尽くしてしまったし、とりあえずルイオディウと娘の朝飯分くらいは彼が起き出す前に集めに行くとしようか。
小屋の入り口近くに置かれた籠に、魔力膜で形成した帯を通して担ぎ上げる。大きさは私の体躯の倍近いが、背骨に巻き付けるように持ち上げれば、意外に邪魔にならぬものだ。
さて、何処に行こうか。昨日は東の方で筍ばかりを採って来たし、今日は南の方でミズバショウやゼンマイ辺りを狙うとしようか。
人の食い物にも随分と詳しくなった。以前ならこんな物を背負うなど考えもせずに、鼠なり土竜なり、自分の食い物だけを追っていただろうに。
所帯染みてきたなぁ、と思わず過った考えを頭を振って追い出した。
1時間程であろうか、ルイオディウの小屋から南に足を延ばし、溶岩の末端崖に広がる池沼を回った。溢れ出る湧水は雪解け水と変わらぬほど冷たく、そのためか此処だけ季節が遅れているのか、蕗の薹などもいくつか採れた。
背中に感じる重みから、今日の所は充分だろうと判断して踵を返す。
視界に映る溶岩。その一部が切り落とされたように緻密な断面を見せていた。
ああ、これは。
思わず、懐かしさに惹かれて近寄っていく。
もう半年も前になるか、ルイオディウに持っていく模型の材にした溶岩を切り出したのが、丁度この辺りであった。
雪水に洗われても、そこはまるで今し方切り取られたように、艶やかな黒色をしていた。溶岩の上面に繁茂する苔が、断面に垂れ下がって、ぽつりぽつりと水滴を落としている。その鮮やかな緑と、濡れて尚黒々とした溶岩が、朝日の中で鮮やかに見えた。
あの時に作った模型は、今もまだルイオディウの小屋に置いてある。ルイオディウがそれらを飾るためだけに、枝を組み合わせて、小屋の少し高いところに棚を作ったのだ。正面から見れば、右側だけが少し下がっていて、そのためか、風雨で小屋が揺すられる度に、少しずつ、片側に寄っていく。最近では三体の模型と一文字が家族の様に寄り添っている。
狸と狐と狼。それにルイオディウにはまだ教えていないが、虎の一文字は互いに身を寄せ合って、同じく寄せ集めの私達を見下ろしている。
ふと、面白さが込み上げてきた。
猫も笑う。
人とは違い、声は出さぬ。身を捩りもせぬ。
ただ、いつもより目を細めて、喉の奥をコロコロとさせながら、しばらくそこに立っていた。
少し重くなった籠を背負ってルイオディウの小屋に戻る。山菜の上にまだ暖かい狸が乗っているのは私の朝飯だ。喉元の傷から、少しばかり血が垂れて、ミズバショウの緑を赤く縁取っている。なに、この程度なら洗えば落ちるであろうよ。
春の訪れとともに、ルイオディウの小屋の周りの木々も葉を繁らせている。冬場の殺風景さもそれなりに趣があったが、木々をすり抜ける木漏れ日のなかに、粗末な小屋が立っているというのも、なかなか良い。これで、小屋から楽しげな声でも聞こえてくれば、細やかながらも、幸せを感じられる良い意匠になるだろう。暇を見付けたら、また細工物でも作ってみようか。小さな小屋と、ルイオディウ、娘、それに可愛らしい猫も一緒に並べたら、ルイオディウはどんな顔をするだろうか。娘の看護に疲れた彼に、一瞬でも笑みが浮かぶのなら、それも悪くは無い。
小屋の間口が見える距離まで近付いた時であった。なにやら妙に騒がしい。既に日は高くなりつつあるが、常であればルイオディウはまだ寝ている頃合いである。運が良ければ、寝癖まみれの髪に砂粒を付けて、ノソノソと川に降りては水を汲んでいるが、その程度だ。
そもそも一人で何を騒ぐと言うのか。小屋の中にまた油虫の一匹でも迷い込んだのであろうか。
急ぐでもなく、ノソノソと近付いて行くと、血相を変えたルイオディウが小屋から飛び出した。
周囲を見渡し、私を認めると、彼らしくない大声を張り上げた。
「トラ!娘が目を覚ました!」




