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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
25/128

25.電波猫と春

 起きる。糞をひる。娘と、その看護に付きっきりになったルイオディウ、そして自身の食い物を探して山野を歩く。夕べに戻って皆で食事をとり、まだ意識を取り戻さぬ娘の姿に落胆しつつ床につく。そんな日々が過ぎた。


 既に春も盛りを迎え、陽が中天に掛かる頃には暑さすら感じる季節となった。霞がかって見える青空ではあるが、そこに浮かぶ雲の形も、細い層雲から厚ぼったい形に変わっていっている。山野に目を向ければ、輝くような緑が山々を彩り、そこらここらで響く野鳥の囀りが、長閑に木霊する。

 若葉を付けて、日が遮られる山野の中、焚き付けに使うという枯れ枝と共に、まだ何とか食べられそうな若芽を採っていく。零れるような新緑の蕾が、褐色の籠の中に落ちていく。尾から伸びた魔力膜は既に、九尾を数える。それらが半ば自動的に獲物を見つけては集めていく。

 下生えに、冬を越した若芽が芽吹いている。それは笹であり、或いは橅であり、何処から運ばれたものか、杉や梅、雑多な新芽が落ち葉の腐った黒土から芽吹いている。黒の上に、まだ薄い緑がぽつぽつと、撒いたように見えていた。これらの若芽が実に難物で、雨の後などは一斉に伸びるため、ようやっと覚えた道筋も、容易く藪に埋もれて見失う。村の近くなど、人の行き来が多ければ、それでも自然と踏み固められた道筋が出るのだろうが、私如きが踏みしめるだけでは、それも適わない。

 ましてや、採集物を詰めている籠が難物だった。ルイオディウに向かって飛ばした魔力探索を辿って帰ろうとしても、この籠が藪に絡まって身動きが取れなくなる。そんな事も儘にあるのだ。結局、ズリズリと引き摺った籠の跡を辿って、来た道を大回りして塒に帰る、そんなことばかりを繰り返している。


 ほぅ、とため息が漏れた。

 侭ならないとはこの事だろうか。


 いっそ、食えない木々など魔力爪で薙ぎ倒し、見通しを良くしてやろうと、何度思ったことか。それでもこれらの一本一本が、やれ焚き付けに丁度よい、秋の茅葺きにはこれが必要なのだと、とかくルイオディウが小煩い。

 否や、これらの全てが何かの形で生活に取り込まれていると言うべきか。

 ロクに道もない生活では、歩いて行ける距離に多様な植生があると言うことが、そのまま生活を担保する。それを何とかしたいと思うのであれば、道を通し、塒からの距離に応じて植生を選択していくしかない。樹種選択、そこに辿り着くにも、課題は多い。少なくとも、もう少し余剰な労働力と、何より時間が無くては。

 いっそのこと、一足飛びに農耕を初めてしまうというのはどうだろうか。自分の思考が飛躍している事を自覚しつつも、その考えに飛びつきそうになるのは、これで何度目だったろうか。その度に脳裏に過るのは、春先の残雪を濡らす泥水だった。あのように氾濫する河川の傍で、農耕は現実的だろうか。治水に掛ける労力はどれ程になるだろうか。その労働力は何処から。

 いつしか思考は空転する。

 農耕と一口に言っても何を育てると言うのか。まさか、皆で笹を育てて、筍ばかりを喰うわけにも行くまいて。

 理想としては、連作障害がなく、十分なカロリーが摂取できて、それなりに育てやすい。出来れば収量が見込めて、保存も利く、そんな植物。

 そんなものがあればなぁ。


 …………………………



「そんな植物はないか?」

 夕餉の時である。壺のような形をした土器に湯を張って、その中にドカドカと収穫物を入れていく。出汁取りのためか、乾し肉を二三切れほど入れて、後は粗塩を加えただけの簡素な料理だった。

 枯れ木が囲炉裏の中で静かに燃えている。時々、パチリと音がして、微かに火の粉が散るのは、この所の晴天にも関わらず、まだ湿気っていたためか。

「そんなものがあれば、苦労はしてないだろう」

 不格好な匙を鍋に突っ込みつつ、ルイオディウが気怠げに答える。

 実際に疲れているのだろう、と思う。娘とはいえ人一人を世話するのは容易では無い。食事もそうであるし、下の世話もある。ただでさえ、硬い寝床に寝かしているためか、体のあちこちに床擦れが出来ていて痛々しい。それでもそれを慮ってか、ルイオディウはこまめに体勢を変えさせていることも知っていた。

 目を覚まさぬ、ということも一因であろう。何をしても反応が無いと言うことは、何もしなくとも良いともとれる反面、何をしても充分では無いとも言える。故に、手を抜こうとすれば、何処までも手を抜ける事に、何処までも手を尽くしてしまう、そういう事であろう。その背後にあるものが、同じルイオディウとしての憐憫であるのか、それ以上の何かがあるのかは、私からは伺い知ることは出来なかった。ただひたすらに、懸命に娘の世話をするルイオディウの姿が、何か輝かしいもののように、私の目には映るのだった。

 「しかし、今のように日々の糧を探し回るのみでは、いづれ悪天が訪れれば、皆が飢え死んでしおう」

 ルイオディウは鍋をかき混ぜる手も止めぬ。一瞥すらなく、答える。

 「それこそが生きる、ということではないのか」

 充分に煮立った鍋を火から下ろす。地面が露わになった床の上、黒ずんだ砂の上に鍋が置かれる。それを匙で一搔きしてから、これまた野趣溢れる椀に移す。

 自分でも言葉が足りぬと思ったのか、椀の縁に口を付けながら、ルイオディウは言葉を継いだ。

 「………俺にはお前ほどの学はないから、良くは分からぬ。思い付きで良ければ、だが」

 ずずり、と音を立てて肉の脂の浮いた汁を啜る。

 「長雨が、或いは旱天が続けば草木は枯れる。それを餌にしていた獣も去る。我らはそれを追って、塒を変える。そのようなものでは無いのか?」

 そう、一息に言って椀を空ける。鍋からまた一椀分をよそったと思えば、一口分を自らの口に含み、良く咀嚼してから、傍らに眠る娘の口腔に流し込んだ。

 娘の口の端から、つい、と汁が垂れる。

 薪火に照らされて火色に映える一筋が、艶めかしく反射した。

 「この土地への執着はない、ということか?」

 どうだろうな、と口の中で唱えるように呟いた後に、娘の口に更に食事を流し込む。火に照らされて、黄昏色に染まる娘の喉が、ゆっくりと上下する。それを確認したルイオディウが長く安堵の吐息を漏らす。もう一口、もう一口と、遂には椀の中身を全て与えると、濡れた口角を拭って話し始めた。

 「俺が昔、里の爺に聞いた話では、遠い昔に我らは遙か北の地からこの地に渡って来たそうだ。その頃には海すらも凍り付き、山ほどもある氷の上を、獣も人も往来していたらしい。それを考えれば、我らはずっと前の父祖の代から、獣を追って住処を変え続けているのだろう。いまここに、こうしているのは、この地が程々に住みやすい以外の理由は無いように思うがな」

 ただ。と彼は続ける。

 「里の爺も言っていたが、旅は過酷だ。いまのように子もいれば、歩けぬ老人もいるとなっては、おいそれと動くことは難しいだろう」

 彼は立ち上がると、小屋の隅に置いてある水瓶に近付いた。先ほどまで使っていた椀で水を汲み取ると、また囲炉裏の傍にどっかりと座り込んだ。椀から、舐めるように水を啜る。

 「だからお前の言うように、幼子が飢えず、爺婆が身を捨てに山に入らずに済むようになれば、良いとは思う」

 ほう、と諦観と疲労が滲んだ吐息を漏らす。そうなればいい、という思いとともに、先人達もそう思い、そして諦めてきたのだと、その姿は語るようだった。ふと、前の祭りを思い出す。厳しい冬の終わり、一人のルイオディウを差し出す代わりに、民が飢えを凌ぎ、春を寿ぐ。それはもしかすれば、私と似た誰かの考えだったのかも知れなかった。

 生温く、そして少し息苦しい春の空気が小屋に入り込んだ。私はルイオディウの傍をすり抜けて、娘の傍らに腰を下ろす。食事の後に、彼女の中を覗くのが、ここ最近の日課だった。

 魔力探査を通して見た娘の体の中は、凪いだ水面の様だった。体内で魔力が血流を介して静かに循環している。それは、疲弊し、或いは損傷した箇所を補っている。一時のように暴走の気配が無いのは、ルイオディウの与える食事が、この体の維持に充分だからだろうか。心なしか、身に宿る魔力の総力が増えている。これは良いことなのだろうか、判断の付かない事柄に小首を傾げながら、探査を電磁気に切り換える。

 消化器、循環器、呼吸器、それらの全てに僅かな損傷が認められる。しかし重篤だった消化器系も、魔力膜の保護もあり、なんとか機能しているように見える。

 一見すれば、少し程度の重い病人に思える。では、何故にこの様に長く昏睡しているのか。

 背中にルイオディウの視線を感じる。やはり容態が気になるのだろうか。とは言え、私にもこれ以上のことは分からないのだ。

 「………落ち着いているよ。きっとじきに目を覚ますだろう」

 こちらに背を向けたまま、ルイオディウは椀の中の水を飲み干した。そのまま低く、そうか、とだけ返す。

 幾度となく繰り返したやり取り。お互いに嘘は付いていない。隠していることもない。それでも尚、それは空々しく響くのだった。

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