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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
22/122

22.電波猫と契約

 暗闇に微かに寝息が響いている。

 辺りに飛ばした電波の戻り値は、ルイオディウの睡眠深度が決して深くはないことを示している。山野と言って差し支えないこの場所では、家の中であっても安全を保証するのものではないと、そういう事だろうか。


 足音を殺して戸外に出る。凍てついた風に一撫でされて、思わず背中の毛が逆立った。

 雲一つない空には零れる程の星が光っている。流れ、或いは瞬いていくそれらは、かつての家で見たものと区別がつかない。

 もしも星に詳しければ、この場所がどこかが分かったのだろうか。ふと浮かんだ考えに、思わず自嘲めいた笑みが浮かんだ。場所が分かったところで、文化も人もまるで異なる世界にあって、それで何になるというのか。ましてや、この身に巣くう魔力を御する手段が無ければ、元の生活になど到底、戻れまい。

 それに、脳裏に沈んでいく家の姿が浮かぶ。やはり郷愁の念が沸かないのは、あの暁の海で、家の最期を看取ったことが大きいのだろう。

 ほう、と吐き出した白い息が風に流される。それとともに、僅かな感傷は消えていった。


 月は既に地平の彼方に沈み、星々の光のみが林を薄く照らしている。陰影がぼやけた、淡い闇の中を歩いて行く。目指す先は遠くは無い。夜闇に飛ばした魔力探査が確かな反射を返してくる。それはこの林の中にあって、未だ墜ちた星の如く輝いている。

 1時間も歩いてはいないだろう。繁る木々を迂回しながらも、それ程の距離は無い。下生えが薄いのは、ルイオディウがこの辺りで山菜の類を取っているからかも知れない。彼と出会った去年の秋。あの夜に堀の如く刻まれた溝は、冬の間の圧雪のためか、僅かな窪みが残っているのみだった。

 そこから少し離れた場所に、あの夜に抜き取った魔晶石が落ちていた。

 星明かりを反射して、淡く紫に光る魔晶石。

 大きさは人の拳一つ程だろうか、これ程の大きさになるまでにどれ程の屍を積み上げたのか、我が事ながらも悍ましい。だが。


「よう、またあったな」


 そう呼ぶ声がした。それが、我が身の内から出たものだと、悟る。

 未だ自らの身の大部分を占める魔力膜。その一部が私の制御を離れて稼働している。

 諦観が、私の意識を占める。識っている、この身の殆どは焼け爛れ、魔力の補助が無ければ、崩れゆくのみの張りぼてであることも。あの紫色の月の下、彼が口にした契約の一言の重みも全て。

 故に私はここに導かれたのだと。

 故にこそ、私は私/俺と対話を試みるしか無いのだと。


「今宵の星は美しい、そうは思わないか」


 口火を切ったのは彼だった。改めて頭上を見上げる。月は既に落ちて、夜灯の無いこの原野には、零れる程の星が満ちている。星々と、数えるほども出来ない、眩い光の群れ。かつての家で幾度となく目にしたそれは、この陸地に置いては、幻想の類ですらあるだろう。

 晩冬の澄み切った空に、ほら、一条の星が流れた。


「美しいな」


 相手の意図すら知れぬまま、ただ、己の思いを伝える。駆け引きすら入り込む余地がない問答は何を意味するのか、その裏を考え込む自分を自覚する。


「トラ、俺は願いがある」


 幾許か、夜空を見上げた後に、そう彼は言った。


「その願いは俺だけではたどり着けぬ。これまでの数億という年月で俺はそれを思い知った」


 星が流れた。夜空に一条の軌跡を描いて。それは永く天窮から地平へとたなびく、長い軌跡だった。


「俺の願いにはお前が必要だ」


 流れる星を見送って、彼の猫は言った 

 或いは、それは猫の形をした神だったかも知れぬ。


「我らは、あの星々の一つに帰りたいのだ」


 質量を伴うほどの哀切が、その声には充ちていた。


「………私にロケットを作れ、と言うのならお門違いだよ」


 微かな笑い声。それは幻聴の類であろう。我が身に宿る魔晶石からの波動が、我の感性において笑いと解釈されたのみだ。しかしそれでも。


「察しが良いな。我らは砕け、この星に散らばった。この程度の破片では星空に帰ることなど夢のまた夢。ゆえにこそ、我らがお前に望むのは一つきりだ」


 我が身に宿る魔晶石が拍動する。


「我らを空に送って欲しい」


 馬鹿げた提案と打ち棄てるには、それは余りにも切実な形をしていた。

 是非も無い。私は魔力無しでは立つことすら侭ならない。そのような私に対等に契約を持ちかける、その真摯さに、爽快さすら感じた。

 そして私は識っている。その契約の形を。

 私は右前足を墜ちた魔晶石に翳す。


 紫色の光柱が空を穿ち、そして我が身に収束した。



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