表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
18/128

18.電波猫と祭り

 夢だ。

 夢を見ている。

 懐かしい、海風と、埃と、鉄錆の匂い。


 ………ぃたかよ、トラ公がまたスコアを更新したらしいぜ………


 …いつ頃だったか、たぶん「家」に来てすぐの頃だ…


 使い古しの毛布は、ずいぶん薄くなって、こびり付いている私の抜け毛の方が厚いのではと思ってしまう


 ………ぃ課のやつらが、……たぜ………


 低い駆動音。「家」のどこにいても聞こえてくる。それに乗って、愛すべき同居人たちが、また益体のない話をしている。


 ………ぉ、あいつ……隠してやがる………

 ………ぁ、ハチハチ……ろ…チェッカー……うする………


 …懐かしい。続きも思い出せる。「チェッカーをだまくらかすのがホントの入隊試験だって、お袋は教えてくれなかったのか」、だ。あいつはいつもそう言って…


 四肢を丸めて寝ているはずなのに誰かの足が背中に当たっている。

 汚いな、と思っているのに、その微かな体温が暖かくて、つい体を預けてしまう。


 誰かが瓶を開ける音、酌み交わされる杯の、澄んだ高音。次第に大きくなる話し声に彼等は気付いていないのか


 ほら、足音がする。こちらを目がけて真っ直ぐに。

 ドアが開かれる。


「諸君、白豚共の魚雷で焼き鮭になる前に、竜骨潜りで土左衛門になりたいヤツがいるらしいな」


 慌ただしく居住まいを正す音。背に当たっていた体温が遠ざかっていく。

 バッシンバッシンと音がして。何を言ってんだか分からない声がして、最後にはいつも歌わされてる。


 ………秀麗無比なーる……よー………


 …銅鑼声が響く、あいつらと来たら、音感とかいうヤツをお袋の股の間に忘れてきたようなヤツしかいないから…


 寝かせておくれ、あと少しで私も仕事なんだ。そう思っているのに彼等の声を聴くのが楽しくて、何時までも微睡みの縁で立ち止まってしまう。


 …そんないつかあった日の記憶…



 ………………………

 ……ぁ……さま………

 …とら……さ…………


 「トラ様」


 びっくりした。

 びっくりして目を開けたらすぐ前に巌のお化けがいた。地面がどこにあるのか分からなくて闇雲に体を動かしていたら尻尾が口に飛び込んできた。なんだこれとりあえず前脚で押さえ付けて後ろ脚でゲシゲシ蹴る。お化けがこちらを覗き込んでいる。背中をさすられているのに気が付いた。悪い気がしないので放置。尻尾から泥の味がするのはなんで。

 背中の手が腰骨を撫でる。接触刺激で交戦回路の一部がミスファイアされて、全方位に射程無制限の索敵。アホみたいな量の情報が飛び込んできて、目の前がエラーで埋まる。目がチカチカして、頭にハンマーで小突かれたような痛みが走る。


 起きた。


 意識下に戻ってきた索敵系の主導権をぶん回して、アクティブな回線を片っ端からキルしていく。エラーを無意識下に放り込んで、そこで目の前の巌と至近で目が合った。


 違う、これは若葉の枯葉だ。

 いや、年老いた若葉で。

 否や、寝ていたのだ。


 戸口から差し込む日が高い。

 昼だ。祭りなのだ。


「………もう皆は集まっているのか?」


 若葉は私は何も見てませんよ、といった顔で首肯してくれた。

 気遣いが出来る大人は素晴らしい。

 例えそれが意味の無いものであったとしても。


 若葉の家の前。広場と呼ぶには殺風景なそこに人が集まってきていた。何歩か進んだ所で、踏まれるといけませんから、と若葉が耳打ちする。するりと柔らかい腹に手を伸ばすと、そのまま抱き上げられた。

 にゃーん

 飼い猫よろしく一声鳴いてみせれば、若葉は微かに笑ってくれた。


 早朝の曇天はどこに行ったのか、空には雲一つなく、日に当たる額がジリジリと暑い。

 風が出ているので、少し肌寒いが、横腹から伝わる若葉の体温がそれを暖める。

 緩い円を描くように住人が集まってきていた。若葉は疎らに立つ人々の間をするりと抜けて、その中心近くに移動する。

 中央には、住人達が運んだものだろうか、巨石が置いてある。暗い褐色に薄く白い筋が見える。溶岩では無い。淡く、表面が毛羽立つような白さが見て取れる。古い泥岩か、砂岩だろう。層理に沿って割ったためだろうか、平たい形をしていた。

 その岩に少女が腰掛けている。酷く痩せた姿。ここに集まるものと同じく粗末な着物。少女の傍らに一人の男が立っている。男が何かを囁いて、少女に拳大程の何かを渡す。少女はそれを受け取ると、緩慢な動きでそれを口に運んだ。それを満足そうに男は見る。少女がそれを全て平らげたのを見遣ると、男は懐に手を入れ、今度は小石ほどの何かを、少女に渡した。


「あれは橅の実を砕いて焼いたものです。これから歩きますから、昼食でしょう」


 若葉の声は風が吹き流してくれたのか、怪訝に思うものは周りにいない。では、あれは保存食であろうか、その次に渡したものは何であろうか。その問いを口に出すより早く、周りの者たちが動き出す。

 若葉の周りにも人が集まる。代わる代わる話し掛けては、戯い気のない話に興じている。直裁に口に出すものはいないが、近く、孫を亡くした彼女を気遣っているのが見て取れた。

 何時しか、数十人の集団となって、山野を歩いていた。昨日の私が辿ってきた道を逆行するように、尾根を伝う。途中で、川辺に降りていく。河川堤防を越えた。それまでの黒土と異なり、丸みを帯びた溶岩の礫が露わになる。上流では火山の下の地層が露出しているのだろうか、礫を埋める細かい砂粒は黄色味を帯びていた。あれは古い砂層のものであろうか。

 凹凸のある河川敷を事無げに進んでいく。歩き慣れた道行であるのだろう、人々は悪い足場を踏み越えていく。ただ、進む速度は自然と鈍り、集団は次第に密になっていく。あとどれ程だろうか。若葉に問いたいが、なかなかその機会が無い。

 どれ程歩いたであろうか、いつしか開けた場所に出ていた。河川の蛇行する、丁度内側に入っているのか、細かな砂の積もる蛇行州の上であった。人々が歩みを緩める。ここが目的の場所か。見れば、砂地の上に似つかわしくない巨石が積み重なっている。歪な造形は人の手によるものではないだろう。隙間を縫えば人一人が入れる程の空間があることが察せられた。

 少女が一人、進み出て、その巨石の合間に入っていく。男たちが数人、後を追った。

 人々が離れていく。足下から拳大程の石を拾い上げながら。

 祭りでは狩りを行うと聞いた。あの石はそれに使うのだろうか。何か剣呑な雰囲気を感じて、後ろ毛が逆立った。まだ形をとっていない不安のような物を、若葉に問い掛けようとした時である。

「あの巨石を我々は石室と呼んでおります。伝え聞くところによれば、遥か過去にこの場所に流れ着いたと。以来、祭りはこの場所で行う事としているのです」

 機先を制された。と思った。訥々と語る若葉を遮ることも出来ずに、気付けば若葉を含めた人々は河川堤防の上に立っていた。


 焦燥感が身を焼いた。


「あの娘は」 


 どうなるのだ。と問い掛けるのを遮って若葉は語る。


「ルイオディウ、我々はあのような者と、あの石をそう呼んでおります」

 反射的に魔力探査を掛けた。反応は2つ。娘の手に持つ石、そしてその体躯の正中に。


 思考が加速する。

 集落の入口、彼等の健康状態、私の狩猟能力、周辺の食料資源と、人々のその構成。

 反射的に無理だ、と思った。

 この年を、若い男たちは越せるであろう。女も幾人かは。だかその次はどうか。次の冬を越すための労力が絶対に欠乏すると、どこかで計算する自分がいる。何のための計算か、その意図すら明確で無いままに。


 僅かに離れた所では、男たちが巨石を動かし、石室の隙間を埋めていく。


 諦め切れない私があった。それを冷ややかに見つめる自分も。彼等は知らないだけだ。彼等の総てを充足させる方法に。にも関わらず、髭の一本も動かせない。

 あの娘には食事が与えられていた。村の広場、衆目の内に。餓死者が出るような状況で。何故に私はそれを見逃したのか。それに異を唱えることも無く見つめていた彼等。堤防の上、細い体躯に似合わぬ、いっぱいの石を抱え、来たる食事を待つ彼等。

 

 待て、と言えば良いのか。


 石室に群がっていた男共が足早に移動する。高さ3m程の堤防を下生え伝いに駆け上がる。強張った頬、固く結ばれた唇。乾燥によるものか、端から一筋の血が溢れる。


 命は尊いと、集団のために個人を犠牲にすることなど赦されないと、そう吼えれば良いのだろうか。


 男達の目に安堵が浮かぶ。その裏側に薄黒い炎が見える。あれは原初の願望。生きる者なら誰しもがもつ、ただ生きたいと、そう願うものの輝きだ。


 醒めた自分が言う。ここで演説一発、それで彼等は止まるだろうか。より良い方法はほかにもある。あの少女を贄とせずとも、皆が生き残る術はある。


 だから、それを我が齎すまで飢えに苦しみ、ただ死ね、と。


 僅かに除く隙間、娘が小石を呑み込む様が見えた。


 紫色の靄が立つ。

 娘の体から、常人の眼をもってさえ明瞭に。

 同時に嵐の如く吹き荒れる魔力波。

 意味を持たない、ただ打ち付けるような魔力の暴流。


 一拍の静寂。


 打ち寄せる波が岸壁に反射するようだった。

 我々を囲む森、そこに棲まう数多の獣が一斉に呼応する。

 狼が、熊が、総じて森に棲む獣達が。

 口角に泡を浮かべ、奔流する魔力に瞳を染めて、石室に殺到する。

 岩肌に爪牙が突き立てられる。淡い薄紫が巌を削る。


 足りない、と私はそう思う。

 

 人々が石を投擲する。

 傍らを、化け物じみた大熊が駆けようとも、眉根すら動かさない。

 自らが揮う暴力に、陶酔する。

 泥濘を撲つような、腐った大木をへし折るような。

 低い、低い音が浅い川底で反響している。

 


 水音が、遠い。

 呼吸が、遠い。

 傍らで投石を続ける、巌のような彼の人が、遠い。


 何もかもが遠い。

 掌から砂粒が零れていくのを、ただ見つめているような心待ちだった。

 

 ………よう、またあったな………


 脳裏から語り掛けるものがいる。

 あの娘の魔力に中てられたのは、獣どもだけでは無かったようだ。

 否か、私もまた賢しらに振る舞うだけの獣。

 

 ………これで分かったろう、喰うも喰われるも総ては条理の裡ということが………


 黙れ


………狩り獲るがいい、獣が人を喰うように、人が獣を喰うように、或いは………


 人が人を喰うように


 呼吸を三つ分。交差した思考に呼応して交戦回路が解答を投げ渡す。


 老婆の腕に足先を引っ掛けて中空に身を投げる。展開された魔力の鎌は、老婆の髪先を掠めて虚空を切る。一つ。


 簡易催眠に火が入った。受け身を取ろうとすると同時に、自身の小脳に至る血管を魔力膜で堰き止める。ブラックアウトする視界。背に伝わる衝撃。爪先から伸びた魔力爪が、森の木々をなぎ倒す。二つ。


 魔力膜を解除。鼓動と共に戻る視界。そして。


 自分でも容易には弄れない機構だ。

 簡易催眠ではなく、脳髄に直接書き込まれたような深い暗示。

 人類への非殺傷を初めとする、数少ない、しかしそれぞれが自死すらも呑み込む禁忌。

 それは、意識下で見れば鉄格子のようだった。

 そこに、最近付け足した一本。

 「私」しか見えない文字で絶対に触るな、と殴り書きしてある。

 呼吸三つ分、この一本を起動するための時間だ。


 視界が色を失った。


 額から延びる電波髭。

 そこから逆流した電磁波が、我が身の魔晶石を灼く。

 物理的に接触している肉がケロイドになる程の最大出力。

 常時展開していた総ての魔力膜が解除される。

 魔力膜を前提とした拍動に、毛細血管が破裂していく。

 

 ………「思い知ったか。誰がこの体の主か教えてやる」………


 捨て台詞を吐いて、そこで意識が薄れていく。

 呼吸三つ分。私がこれを起動するための時間。そして。


………俺が、あの場の総てを狩り獲るために必要な時間………


 若葉がこちらを見遣る。

 切れた口腔から血を吐き出す。

 このまま捨て置いてくれ、と言い残したつもりだったが、それを確かめる間もなく、意識が飛んだ。


 自死すらも呑み込む禁忌。

 それを起動した時、もう戻って来られる保証はどこにも無い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ