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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
17/128

17.電波猫と老婆

 曇天の中、東の空が白み始めた。

 サスペンドしてあった四肢を稼働状態に戻すと、薄く霜の降りた体毛が、軋んだ音を立てた。

 老婆にああ言った手前、今晩くらいは墓前を守る者が必要であろうと、墓所近くの樹上に塒を定めてみたが、結局、獣たちが再び戻ることは無かった。

 或いは、と自分の腕の根元に鼻を近づける。

 或いは、彼らの中でも最近現れた新たな捕食者について、既に気付いているのかも知れない。ここ最近の乱獲とも言える猟果を思い出すと、自分でもうんざりとした。

 すこし派手に動きすぎたかも知れない。魔力に突き動かされたままに刈り取った種々の動物たち。山野に放置したままであったが、アレをあの家族に与えていたとすれば。


 ずるり、と思考が暗い淵に堕ちていく。


 喰らう訳でもなく、ただ蹂躙された彼等と、彼等によって救えた命。

 脳裏に昨日の女の泣き声が蘇る。

 秋の終わりに死した獣は、夏まで殖えることは無い。

 厳しい食糧事情が彼等にそれを許さない。

 昨日、埋葬された子の歳は幾つほどであったろうか。それすらも判別出来ぬまで、痩せていた。飢えに苦しみ、文字通り命を削る年月を幾つ過ごしていたのか。

 彼の子に彼等の一片があれば、と思わざるを得なかった。


 知らずに噛み締めていた奥歯がギシリと鳴った。

 己が不明に陶酔することは簡単だった。しかし、それよりも為すべきことがあるであろう。後悔なんて、何時だって出来るのだから。

 

 樹上から墓所を見遣る。昨夜作られたばかりの墓は、闇夜に組んだとは思えぬほど整然として、真新しさが際立った。回りに並ぶ他の物は、墓石の幾つかが零れ落ち、或いは獣に掘り返された所を後になって直したのであろうか、不格好な窪みが見られるものも多い。

 それらに軽く頭を下げて、その場を去る。

 老婆に会いに行かねばならない。その際には手土産の一つも必要であろう。自身の腹を満たすためにも何かを狩らねばならぬ。

 しかし、それらを墓所から離れた所で致す程度には、私は死者に敬意を持っているつもりだった。


 墓所を離れて小一時間、土竜の数匹と、肥えた野兎の一匹を捕らえた所だった。

 山野に踏み跡を残しただけの道を誰かが歩いている。

 下生えの中に身を隠しつつ、土竜を齧る。土臭い肉の味が口中に広がる。

 前脚で押さえ付けていただけの野兎の首を、薄い魔力膜で裂いて絶命させると、付近からは一切の音が消えた。

 注意深く、足音の主を観察する。

 ようやく立ち上がった日の下で見えたのは、昨夜にも見た女の姿だった。

 手には、梅であろうか、白い花を捧げ持っている。

 数歩進むごとによろめくのは、足場のためか、それともその体力が残り少ないのか。

 昨日よりは幾分かマシな、それでも死者のそれとも似た土気色の顔色に、悲壮を浮かべて女は歩いて行く。

 なんとなく、見てはならぬ物を見た、と思った。

 女が墓の方に消えていくのを確認した後に、兎を残して獲物を胃の腑に押し込んだ。

 残った兎を、口に咥えて集落を目指して移動する。

 ばら撒いた電磁探査は、墓所の回りに女の他の生き物の不在を示していた。


 集落のある丘の上からは海岸がよく見えた。

 海岸段丘の上に作ったのだろう、砂浜と違い、黒土の地面の上に立つ家屋は10と少し。朝日の中を幾人かが歩き回っている。

 ルイオディウと二度目に会ったとき、獲物としてしかみていなかった事を思い出した。人々に見つからぬように身を潜めながら、昨日の老婆の臭跡を辿る。

 程なく、集落の中ほどにその一軒を見つけ出す。

 注意深く熱探知と電磁探査を展開する。集落を歩くのは女子供ばかりが10人ほど、あとの男どもは森に狩りにでも出ているのか、人気は少ない。

 家屋の中にいる人物が、昨夜の老婆であることを確かめて、小声で話しかける。


「媼殿、昨晩は失礼した。昨日お伝えしたお願いしたき事について、話がしたい」

 これは手土産だ、と空いたままの戸口から野兎を放り込んだ。

 中から低い、驚く声がした。


「………昨夜の山神様ですね。このような恵をお運び頂きありがとうございます」


 家屋の中で、老婆が居ずまいを正す気配がする。それを遮って言う。


「楽にしてくれて良い、昨日も言ったが私は神などでは無い。それにその兎も早く解体せねば食えぬだろう。話は片手間で良いから」


 程なく無言で待つ。諦めたように老婆が兎を解体し始めたことを確認して、私は尋ねる。


「………気になることがある。昨晩、貴女は娘が今日までに埋葬をせねば可哀想と、そう言ったと申されたな。普通、我が子が死んだとなれば、遺体が痛み始めるまで、手元に置きたいというのが人情では無かろうか?」


 壁越しに、石器が皮を裂く音がする。ルイオディウの物とは違うのは、老婆の力が弱いからか、それとも痛む場所を抑えるべく、繊細に事を進めているからか。


「………今日の昼には祭りが開かれます。祭りは多くの獣を獲りて行う物。人々もこれまでの我慢を発散するように多く食べますれば、飢えて死んだ子にそれを見せるのは酷であると、娘が申したのです」


「狩猟祭ということであろうか、如何にして獣を呼び寄せるつもりか?」


「………ルイオディウ、という物を使います。よろしければご覧になりますか。老い先短い私が孫の代わりに獣を拾ったとすれば、御身を伴っていても皆は不審に思いますまい」


 ルイオディウ、使う。なにか言葉遊びをしている気持ちになった。彼の名には、名前以上の意味があるのだろうか。それに確か、彼が名乗ったとき、ワディエツヤ ドゥイグとも言っていた筈だ、その意味をもう少し立ち入って聞いてみるべきだったろうか。

 考えに耽った私をよそに、老婆は兎の解体を終わらせたようだ。

 水を汲みに行って参ります、と一声残して、彼女は去って行った。


 老婆の戻る間、私の知るルイオディウの塒の方に向けて魔力探査を掛ける。戻り値は1、彼はここから16㎞の地点にいることが分かった。その位置が、彼の塒と同じであることに気付いて、あの盆暗はまだ寝ているのか、とやや呆れた。大方、この間残してきた獲物を干しているのかもしれんが、折角、日の出る時間なのだから野草の一つも取りに行けば良い物を。

 昼からの祭りの準備があるということだろうか、集落に戻る人影が増えてきた。寝曲がり竹や蕗の薹だろうか、幾つかの野草を手にした者もいれば、無手のまま、ただくたびれた様子で塒に戻るものもいる。その中にひっそりと紛れて、今朝方に見かけた女の姿を見た。


 やがて老婆が戻ってくると、水をいれた土器を火にかけ始めた。五徳の代わりか、熱に強い岩を上手く使って、火の上に器を固定する。


「山神様、もしよろしけば荒ら屋ではございますが、お入りになりませぬか?家族には私が森で拾ったと言えば不審がられる事も無いでしょう」


「トラだ。山神などと呼ばれるのは性に合わん。だがご厚情には感謝する。丁度、ここの暮らしを見てみたいと思っていたところだった」


 このようなご馳走をここの暮らしと思われたら困ります、コロコロと笑いながらも老婆は私を家に招き入れる。


「トラ様には、ここにお座り頂くのが良いでしょう」


 土間に引かれた毛皮の一角を指し示すと、そのまま調理に戻る。

 ようやく湯が沸いたとき、老婆は狭い家の中を歩き回り、別の器から何かを取り出して、土器の中にまぶしている。恐らくはなにかの保存食のような物なのだろう。

 不思議な造りの家であった。入口から人の下半身がすっぽりと埋まるほどまで掘り返し、出てきた土で壁を作っているのだろうか。恐らく、人では立ち上がることは窮屈で仕方ないだろう。地面から上がってくる冷気は、床に所狭しと並べてある毛皮によって、かなり和らげられている。部屋の真ん中に設えられた囲炉裏、と呼んで良いものか、とかく、石を並べて煮炊きが出来るようにしてあるようで、そこからの暖気が狭い家を暖めている。これも竪穴式住居と言うのだろうか、とボンヤリとそう思う。


「それで、トラ様のお願い、とはなんでございますか?」

 

 老婆の声に思わず室内の様子に見入っていた意識が引き戻された。


「いや、こうして家に招いてくれたお陰で、ほとんど叶ってしまった。私はここの者たちの生活を見てみたいと、そう思っていたのだ」


 そして出来れば、幼子が飢えて死ぬような生活を変えてやりたいのだ。後半の言葉は喉の途中で引っかかり、終ぞ外に漏れることは無かった。


「ならば尚のこと、トラ様には私の家の者として振る舞って頂きましょう。村の者にも狼の子供などを飼っているものが居ります。それに比べれば、トラ様は大変愛らしゅうございますから、誰も疑問に思わぬでしょう」


 火に掛けられた土器の中身を枝、いなや、あれは箸であろうか、でかき混ぜつつ、老婆は言う。何となくではあるが、楽しんでいる様子が伝わってきて、私は救われた様な気がした。恐らくは孫を失ったばかりの老婆の気持ちが一時でもなぐさめられるのであれば、このような容姿にも感謝せねばなるまい。


「感謝する。ではしばらく世話になる。私は未明頃から狩に出るのが日課だから、その時に貴女たちにもなにか持ってこよう。どのようなものを好まれるか?」


 問い掛けに思うところがあるのか、老婆は一瞬、口元を歪めた。しかし、次の瞬間には浅い笑みを浮かべながら答えた。


「でしたら、今日お持ちになった兎などは丁度良いでしょう。御身のお体にして大きすぎず、不審に思われることはありません。あとは山鳥の類であれば、家族も喜びます。土竜や鼠などは土臭く、我々では食するにも難儀いたします」


 土竜を獲ったことが何故バレたのか、と不思議思っていると、ここに土竜の髭が挟まっておいでですよ、と優しく左前足の間からソレを引き抜かれた。

 気恥ずかしい思いを気取られぬようにして、私は再度、彼女に問い掛ける。


「ご婦人の名前はなんというのか?」


「私は、そうですね。若い頃は若葉と呼ばれておりました。我らは子の産まれた頃に、起きたことで名を付けるのです。私の時は、丁度夏の初めに新芽の伸びる頃だったのでしょう」

 今ではそのように呼ばれることは少なくなり、ただ、オババ様と呼ばれることが多くなったと彼女は言った。

 話し込んでしまった間に、食事の支度が出来たようだった。狭い家の中には、兎の脂の匂いが満ちて、なんとも美味そうな香りがする。

 匂いに釣られた訳でもあるまいが、昨晩みた男女、夫婦と称した方が良いだろうか、夫婦が戻ってきた。

 火に掛けられた鍋を見て、目を丸くする。


 「まだ、祭りには早い時間と思ったがどうしたのだ?」


 男が戸口からそう問うと、若葉は私の方を見遣った。


「今朝、兎と喧嘩しているあの仔を見つけてね。石を投げたら丁度、兎が獲れたのですよ。よい獲物を授けてくれたので、少し飼ってみようかと、拾って来たのです。不思議に人慣れしていて、よい仔ですよ」


 若葉がこちらに、これでよいか、と視線を送ってくる。私は謝意を込めて浅く頷いた。

 夫婦は突然増えた家族に、困惑している様であったが、目の前に食事が盛られた器が並べられると、そんな疑念は忘れてしまったようだ。

 ガツガツと貪るように器をカラにすると、おかわりを催促している。

 その姿にかつての「家」の面々を思い出しながら。私は毛皮の上で丸くなる。

 雨風が凌げて、人の声を間近に聴ける場所で落ち着けるのは久しぶりだ。

 思っていたよりも随分あっけなく、私は眠りに落ちていった。

 

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